第12話 インターン失格
「おっす佑大―!」
「おお、おっす昂輝」
いつものように混んでいる平日の食堂で、俺は小田と遭遇した。珍しく俺も小田も、サークルのたまり場でない二階の食堂に来ていた。階上にサークルのたまり場がある。
「どうしたんだい佑大、こんなところで」
「いや、こんなところって言っても食堂だろ。飯食いに来た」
そう言って笑う小田は、一丁前にスーツを着ていた。
「おいおい佑大~、これは何だぁ? これはぁ? 佑大に似合わずスーツなんか着ちゃってさぁ。ハロウィンはまだ先じゃないかい?」
「はは、そうだな。まだハロウィンは先だなぁ、確かに」
俺の軽口に乗っただけで、何をしているのかは言わない。
「それで、本当はどうしてスーツなんて着ているんだい? え、まさか何かそういう大事な日だったかい、今日は」
「あはは、違う違う、違うよ。インターン」
「インターン?」
「そうそう。今日インターンの面接行っててな。その帰り」
「インターンって就活の前段階みたいな、あれ? 会社の体験入社みたいな?」
「そそ」
こいつ、何してんだよ。
「あの佑大がぁ!? 嘘ぉ!? どうしてインターンなんて行ったんだい?」
「まあ、な……」
意味深に外を見る。
「俺らももう三回生だろ? 就活なんてもうとっくの昔に始まってるようなもんだし、四回生になってから焦っても遅いだろ?」
何をいまさら。何をいまさら、お前は言ってんだよ。
「それに、就活なんてどれだけ早く始めたって悪いことはないしさ。俺ら今まで遊びすぎてたんだよ」
お前も。お前もかよ。
「いやあ、俺今まで面接とか受けたことないからさ。すっげぇ緊張しちゃって。やっぱ実際に本番受ける前に一回でも面接の練習しときたいよなあ。大学にもそういう就活のこと支援してくれるとこあるって知ってたか、昂輝?」
「いや、別に……」
何を得意げになって就活就活言ってんだよ。お前は今まで講義にもまともに出ねぇで俺と同じように、同じことをして遊んでたじゃねぇか。何をいまさら分かったような面して真面目ぶってんだよ。気色悪いんだよ。今まで遊んできたくせに突然抜け駆けしようとしてんじゃねぇよ。お前は一生このままだろうがよ。
「やっぱ俺、講義ずっとさぼってきただろ? 代筆代筆ってさ。だから講義のこととか訊かれたとき、俺とっさに答えれなくてさ。この講義はどういうことをするものなの、とか訊かれたんだよな。まさかそんなこと訊かれると思わないだろ。本当、今まで俺はなんで真面目にやってこなかったんだろうな」
しんみりと、言う。言ってくる。俺を責めてるのか?
「俺は俺がやってきたことの罰を受けてんだよ。今までさんざ遊んで遊んで、嫌な事から逃げて、何も目標も持たずぶらぶら生きて来たから、その罰を今受けてるんだよ。企業の人にもすげぇ嫌そうな顔されたこともあったしな。講義受けてないから講義の内容は何も言えないし、企業の人が興味持った講義だって、俺には何のことかさっぱり分からん」
それでいいんだよ。それで、いいんだろうが。今更悟ったようなこと言ってんじゃねぇよ。講義なんて受ける価値ねぇんだよ。俺らは自由な大学生活を送るんだろうが。人生の夏休み送るんだろうが。そのただ中にクソつまんねぇ物持ち込んでくんじゃねぇよ。
「だから俺は、ちょっとでも俺がサボって来たものを取り戻すために、今必死こいてインターン行ったり講義受けたりしてるんだよ。まあ、ちゃんと受けてきた人間からしたら笑い物なんだろうし、俺も事実そう思うしな」
言って、笑う。嗤う。凡人が分かった様な事言ってんじゃねぇよ。俺らは今までも、これからも普通で中くらいの日常を送っていくんだろうが。お前も俺の味方だろうが。今更粋がったって仕方ねぇだろうが。
「ま、俺はそういう訳でちょっとサークルとか行けないかもしれないわ。んで、昂輝は何してるんだ、こんなところで」
「そうだね。僕は……」
今日も一日サークルに顔を出して、たまり場で一日中暇をつぶしていた。そんなことは、言えなかった。
「いや、ご飯を食べに来ただけさ。買い物帰りにね」
「そうかそうか。買い物行ってたんだな」
結局、サークルに顔を出していたことも言えず、かといって講義を受けていたなんてあからさまな嘘を言う事も出来ず、どっちでもない適当な嘘を吐いて、この場を取り繕った。
「昂輝はインターンとか行かないのか?」
料理を口に運びながら、小田はこともなげに言った。
「いやあ……」
箸を持つ手が震える。止めろ。俺の人生の夏休みの終わりを告げるファンファーレが、今まさに鳴りそうになっている。
「インターン、俺も講義とか代筆ばっかだったし渋い顔されること多いけどさ、やっぱ皆より就活先に経験できるし、実際の会社の中とかも知れるし、いいことだらけだと思うんだよな」
「そうだねえ、あはは……」
背筋をぴん、と伸ばしたまま、小田は言う。お前いつからそんな人間になったんだよ。俺はただ、曖昧な相槌を打つことしか出来ない。
「ま、昂輝もインターンとか興味あるなら行ってみるといいんじゃないか。なんなら俺がインターン行けたらそこに知人の紹介とかでしてやるからさ。あはは」
「あははは」
気持ち悪い。気色が悪い。吐き気がする。何を上から指図してんだよ。何を上から物申してんだよ。たかだかインターンに行ったくらいで何をいい気になってんだよ。就活に乗り遅れてる俺にアドバイスかよ。鬱陶しいんだよ、何様のつもりだよてめえ。
「じゃ、ごっそさん。昂輝今日は食うの遅えな。じゃあ、俺先あがるわ。帰って履歴書とか書きたいし」
「そうかそうか、じゃあまた、佑大」
「おう、じゃ」
手を上げると、小田は去って行った。
「……」
のびきったラーメン。すっかり冷えてマズくなった料理。俺はそんな塊を胃に流し込むので、精一杯だった。今まで同じ人間だと思っていた小田が先に人生の夏休みを抜けようとしている姿がひどく愚かしく、ひどく卑賎で稚拙に見えた。
俺は、いや、俺も、努力する人間が嫌いだ。それが故の拒否反応だったのかも、しれない。
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