君に捧ぐ物語

第1話 君に捧ぐ物語

 いつか、いつの日か。

 君に贈ろう。

 ……君だけに捧げる物語を。


「ほら!起きてください!今日は小説を投稿するって宣言してたじゃないですか!」

「ん……眠い。あと5分」

 むにゃむにゃと布団へと潜り込む、寝癖だらけのこの男の人は、これでも私のマスターです。

「これで3回目ですよ!いい加減起きてください!起きないと、秘蔵ファイルの画像をばらま……」

「お、起きたから!それだけは勘弁!」


 作家のサポートをするために、パソコン、iPad、スマホに搭載された人工知能。それが私、リンドバーグ。


 マスターと出会ったのは約一年前。サポートAIを選ぶように言われて。マスターが「こいつが良い」と選んでくれて。なんだか心がふんわりあたたかくなるような気がした。

「よろしくな、リンドバーグ」

「はい。よろしくお願いします」


 口数は少ないマスターだけれど、いざ小説を書くと雄弁になる。楽しいも、嬉しいも、悲しいも。みんなマスターが教えてくれた。マスターが書く物語は、読んだ後に心がぽかぽかと、まるで陽だまりにいるみたいにあたたかくなる。


 けれど、私生活はダメダメだ。

「マスター!凄いじゃないですか!5000字も書けましたね。誤字だらけですけど」

「ん……」

「マ、マスター?」

 あれ?様子がおかしい。

「おやすみぃ……」

「机に突っ伏して寝ないでください!風邪引きます!」

 私がいないと、この人はダメなんだななんて思うと、なんだかくすぐったい気持ちになる。


 きっとこれが「好き」と言う感情なんだと思う。……けれど、私の気持ちが叶うことは決してない。マスターが愛おしげに私を見るけれど。私を通り越して「誰か」を見ている、そう感じた。

「マスター。私、誰かに似てるんですか?」

「ん……。俺の大好きなやつに似てる。……今は会えないけどな」

 そう言って寂しそうに、泣きそうに笑うから。抱きしめたくなる。私でない誰かを思ってそんな切ない顔をしないで。……ねぇ、泣かないで。私を見てください、マスター。そう思って手を伸ばしても、パソコンの画面に阻まれて、触れることすら叶わない。すぐ傍に居るのに。心も、体も……遠くにいるみたいだ。


 そのうち、マスターは、有名になる。たくさんの作品を読んできた私なら分かる。人の心を動かす、そんな力をマスターは持ってる。

 きっと、私なんか要らなくなって……忘れられてしまうのかな。


「見てくれ!!入賞したんだ!!この前応募した作品が選ばれたんだ!!」

 普段ボソボソと話し、覇気がないマスターも、この日ばかりははしゃいでした。

「よ、良かったじゃないですか。下手なりに数書いた甲斐がありましたね」

 なんでだろう。素直に喜べない。私を必要としなくなる日に一歩近づいた気がして、なんだか……寂しい。

「これもバーグのおかげだな!」

「……え?」

 マスターがふわっと笑う。心臓がうるさい。

「バーグが飴と鞭で応援してくれたおかげだ。ありがとう」

「そ、んな……マスターが頑張ったから、ですよ」

 涙の出ないはずの目から、雫がこぼれ落ちる。捨てられるんじゃないかと自分ばかりの私。私を思ってくれる、優しいマスター。なんだか自分が汚くて、惨めに思えてきた。

「な、泣くなよ!って、痛ぇ!」

 慌ててタオルを持ってきて、パソコン画面に激突するマスター。

「ふ、ふふ……」

「わ、笑うなよ!」

 ああ、もう。なんでも良いや。マスターに私が必要なくなるまで、一緒にいよう。


「やっぱり、似てるな……ウチの犬に」

「ふぇ!?」

 い、犬!?

「ここ、ペットダメだからさ。実家に預けてきたんだけどさ。俺の為に一生懸命な所とか、笑ったらすっげぇ可愛い所とか……似てるなって」

 ……はぁ。なんだ。元カノかと思ったのに、犬なんだ。ほっと安心する自分がいて、やっぱりマスターが好きなんだなぁと思う。


「この話さ、実はバーグにあげようと思った話で」

「?」

「誕生日おめでとう、バーグ。……って、誕生日知らねぇから、お前と出会った日なんだけどさ」

「……」



 いつか、いつの日か。

 私も、貴方に贈ろう。

 ……貴方だけに捧げる、物語を。





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