寿司屋バイトと貪食の怪物 ~新鮮ラブストーリー編~

可笑林

寿司屋バイトと貪食の怪物 ~新鮮ラブストーリー編~

「7番卓ハマチいちま~い!」


 そう言われて、僕は「はーい」と返事をした。


 棚に並んだタッパーからハマチの切り身を手に取って、それからお櫃に入った酢飯も手に取って、両手でぐいぐいと握る。


 ぱっと手を開けばお寿司の出来上がりだ。うん、我ながらいい出来だ。

 僕は頷いてから、お皿にお寿司を置いて、そして横を流れるレーンにお皿を乗せる。ばいばい。お寿司。


 僕は回転寿司屋でアルバイトしている。厨房担当なので、ずーっとお寿司を握っている。最初は難しかったけど、今ではもう一人前だ。とってもやりがいがあるし、なにより僕はお寿司が大好きだ。食べるだけじゃ足りなくなって、今は握ることにも熱中している。


 お昼時だから厨房は大忙しだ。握っても握ってもキリがない。


「イクラ二枚!」

「マグロ一枚!」

「タコ!」

「ツナマヨ!」

「タマゴ!」


 目がまわりそうだ。

 でもここで諦めてちゃだめだ。だってお寿司は回るから。厨房の外にはお客さんが待っているから。みんなお寿司を楽しみにしてるから。


 気合いを入れ直したそのとき、厨房にフロア担当の従業員さんが飛び込んできた。

 すごい表情だ。汗も滝のよう。


「あのお客さんです!!」


 従業員さんがそう言うと、厨房には悲鳴が響き渡った。

 そうか、あの人が来たのか。


🍣


 『あのお客さん』

 その人は突然やってくる。


 とにかくものすごい食欲が旺盛で、流れてくるお寿司を全部食べてしまうんだ。だからいっつもレーンの一番下流に座るんだけど、それでもその人は文句を言わない。だってなんでも食べるから。


 お店が空っぽになるまで、その人は帰らない。

 だからその人が来ると、お店はもう閉店だ。


 ホールの従業員さんたちによると、どうもそのお客さんは女の子みたいなんだけど、僕は厨房から出ないからその姿を見たことがない。


 でも、いいなあ。かっこいいなあ。


 僕はそのお客さんが来ると、いつも思う。


 僕はお寿司が大好きだ。いっぱい食べたいけど、いつも十皿も食べればお腹いっぱいになってしまう。好きなのに、お腹いっぱいだとそんなに好きじゃなくなってしまう。僕はそれが悲しかった。もっといっぱい食べられたらいいのに!


 いいなあ。うらやましいなあ。


 その女の子と、お寿司の話をしたいな。どんなネタが好きだとか、シャリの香りの効き比べとか、おいしいガリの食べ方とか。どのお魚にどの醤油が一番合うかとか。


 でも、だめ。僕はバイトで、彼女はお客さんだから。いつか僕がお客さんの時に、彼女もお店にいればいいのに。僕が上流に座って、彼女が下流に座って、二人で語り合いながらお寿司を食べる。夢みたいだなぁ。

  

「もう帰るぞ~!」


 厨房のリーダーがそう言った。


「どうせもう店じまいだ」


 いつもそうだ。あの人が来ると、みんな仕事を放り出して帰ってしまう。どうせ材料がなくなるまで帰れないから、勝手にお店を閉めちゃうんだ。


 しかもその人がお店に来ると、他のお客さんが怖がって帰ってしまう。


 ひどい!


 僕は憤っていた。あの人はただお寿司が好きなだけなのに! みんなお寿司が好きでこのお店に来るのに! 


「僕は帰りません! 最後までお寿司を握ります!」

「そうか。ならしかたないな。終わったらちゃんと店を閉めるんだぞ」

「はい!」


 そうして、お店には僕一人になってしまった。


🍣


 一人の厨房は大変だ。

 一人でご飯を炊いて、お酢と混ぜて、そして魚を捌く。

 その上お寿司を沢山握って、レーンに流さないといけない。


 それでも、僕は頑張る。レーンの向こうにはあの人がいるから。お寿司が大好きな、あの人がいるから。


 どのくらいの時間が経っただろう。すっかり夜になっていた。


 最後のお寿司は、マグロだった。


 僕はそのマグロをレーンに流すと、メモ用紙に『これが最後のお寿司です』と書いて、それもお皿に乗せて流した。


 これで、できることはした。いくらお寿司が好きだからって、お店に材料がなければ食べられない。これはもうしかたないのだ。


 達成感と共に空のお皿を洗っていると、やがて最後に何かが乗ったお皿が流れてきた。


 食べ残し? まさか! お皿には手紙が乗っていた。


 僕は不思議に思って手紙を手に取る。


『お寿司を作ってくれた人へ』


 一行目にはそう書いてあった。そして次の一行で手紙は終わっていた。


『あなたのお寿司が、とってもすし♡』


 僕は皿を洗うのも忘れて喜んだ。

 こんないいことがあるなんて! 頑張っていて本当によかった!


 ピンポーーン


 と厨房に呼び鈴が鳴る。


 そうか、僕がお会計をしなきゃ。お店には僕しかいないんだから。


 僕は手を洗って、厨房の扉まで歩いて行った。


 あの人に会ったら伝えるんだ。



「こんど一緒に、お寿司を食べませんか」

 って。

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