第2話
「――キュルルさんやジャイアントパンダちゃんと一緒に直した、私達の縄張りの楽しい遊び場が荒らされてしまって……」
「私なんて気持ちよく走ってる所を邪魔されたのよ…!危うく怪我するところだったわ」
「ヘッ!プロングホーン様のおかげで、命拾いしたな!颯爽と駆けつけてくださったことに、感謝しろよ!」
「なんでアンタがそんな偉そうなのよ!」
キュルル達が旅の途中で知り合ったフレンズ達を始め、多くのフレンズ達が、縄張りでビーストと鉢合わせることを避けるため、ホテルに集まった。
あちこちから聞こえてくる会話に耳を傾けると、皆口々にビーストに対する憤りや恐怖を語っていた。
――彼女達の表情に、笑顔は、少なかった。
「うーん…みんな、なんだかこわい顔してるね」
「そりゃ何も悪いことしてないのに襲われたり、縄張り荒らされたりして、ニコニコ笑ってなんていられないわよ」
力なく耳を垂らして俯くサーバルと、頭を抱えるカラカル。
そんな二人の側にいながら、キュルルはかばんと博士達を眺めていた。
彼女達と会話をしているのは、じゃんぐるから逃げてきたゴリラたち。
ひとしきり話をし終え、かばんはキュルルに視線を向けた。
「ごめん、キュルルさん。待たせちゃったね」
「――おぉ、アンタ達も来てたんだね」
かばんの視線を追って、ゴリラたちもキュルルの存在に気付く。
キュルルは曖昧に笑って、返事を返した。
「ぼくは元々ここにいて…そしたら、かばんさんたちやみんながやって来たんだよ」
「我々はキュルルに協力を要請に来たのですよ」
博士の一言を聞いて、ゴリラの取り巻きのワニやヒョウたちがざわついた。
「――…たしかに、あの【かみずもう】なんて変わったことを考えたあの子なら、ビーストをこらしめる方法も思いつきそうですね…」
「ヒトは怖いというのは本当の話で…まだアタイ達に見せてないだけで、もしかしたらとんでもない能力を持っているかもしれないよ…」
なんだかとんでもない方向に考えが飛躍しているメガネカイマンとイリエワニの会話が耳に入り、キュルルは慌てて首を振った。
「ちょ、ちょっとぉ!ぼくはそんなんじゃないよ!」
「まぁ、隠れた能力があるんかどうかは知らんけど、ヒトが二人もおったら、それこそ動物を操ることだってできてまうかもしれへんし――いっちょやってくれへんかな!?」
「ほんま頼むわぁ…!あのビーストのやつら、めちゃくちゃするから許せへんねん!」
熱のこもった瞳と声で息巻くヒョウとクロヒョウに、キュルルはすっかり気圧される。
「い、いや、だから、ぼくは…」
気付けば、周りのフレンズ達も何人かこちらを見て何やら話していて。
自分の思いを説明したいのだが、うまくまとまらず、肝心な時に限ってこの口は言葉を紡いでくれない。
如何ともしがたい感覚に、キュルルは落ち着いていられず唾を呑む。
その空気に違和感を抱いたかのように、かばんがキュルルとヒョウ姉妹の間に割って入った。
「待って、みんな。まだ決まった話じゃないし、この子にもこの子の事情があるから。そもそも協力と言ってもそんな風に――」
刹那。
「……キャアアアアアアッ……!!!」
甲高い悲鳴がホテルの外から聞こえてきて、フレンズ達がどよめいた。
真っ先に反応したのは、サーバルだった。
「今の――カルガモ…!?」
「間違いないわ!もしかして、ビーストに!?」
色めき立つカラカルとサーバルは目を合わせると、ホテルの入り口に向かって駆け出す。
「…っ!」
ほぼ同時に、かばんも動く。博士と助手が、それに続く。
「…なんでっ…」
ぽつり、と声を漏らして、キュルルは皆の後を追った。
…
外に飛び出したサーバル達の目に入ったのは、海に浸かったこのホテルに渡るためのボートが止まっている桟橋付近で、倒れているカルガモと蹲っているアードウルフの姿。
そして、その近くで完全に退け腰になってしまって震えているロバと。
その正面に立ちふさがっている、アムールビーストの姿だった。
「――…あれ、擬傷じゃないわ…!!カルガモ、怪我してる…!アードウルフも!」
視力の良いカラカルが、倒れたカルガモ達の状態を真っ先に確認して、焦りの滲んだ声を漏らす。
「ロバ!」
悲鳴に近い声でサーバルが叫んだ。
その声は海岸の彼女にも届き、ロバは凍り付いていた体をビクリと動かして、こちらを見やった。
「サッ…サーバルちゃん!助けてぇ!!」
窮地に追い込まれたロバは、藁にもすがる思いで助けを求め、声をあげる。
しかし、その叫びはビーストの興奮を、刺激した。
「ヴヴアアアアアアアアァッ!!」
哮りをあげるビースト。
早く助けにいかねば、ロバが、カルガモが、アードウルフが危ない。しかし。
「ちょっと押さないで…!落ちちゃうから!」
心配して駆けつけたフレンズ達も、カラカルのその言葉で止まる。
あと一歩踏み出せば、足下は海だ。
三人を助けるには、この海を渡って海岸まで戻らなければならない。
「乗って!カラカル!」
サーバルが乗ったゴムボートにカラカルも飛び乗り、急いで二人は海岸へと向かう。
出遅れたキュルルは、目の前に広がる海に立ち止まるしかなかった。
「サーバル!カラカル!」
「アンタはそこにいなさい!」
カラカルが僅かに振り返って、叫んだ。
その間にもビーストはロバを強襲する。
凶悪な爪が、必死で逃げ惑うロバの腕を掠め、裂けた毛皮の下から血が滲んだ。
その様子を見た博士が、唸るように溢した。
「この辺りではビーストの目撃報告が少なかったからこのホテルを避難所に選んだというのに…!ついにこんな所まで現れるようになったのですか…!!」
悔しげに呟くその言葉を聞いて、キュルルはハッとした。
あのアムールビーストは、自分の旅の行く先々で、度々邂逅してきた。
まさか、もしかして――
(ぼくを、追ってきていた…!?だから、こんなところまで来ちゃったの…!?)
その可能性を捨てきることはできなかった。
だとすれば、三人が傷付いてしまった原因は少なからず自分にも――
早くなる鼓動。冷たくなる背筋。
一瞬、気が遠くなりかけたキュルルの頭上を。
「――」
かばんが、飛んだ。
否、彼女はヒトだ。空は飛べない。助手に抱えられ、運ばれている。
「急いで!助手さん!」
「無茶を言わないでほしいのです…!ワシミミズクはそんなに速くは飛べないのです!」
それでも、ボートに乗った二人を追い越し、かばんと助手は一直線に海岸へと飛んでいく。
「なんて無茶な真似を…!」
呆気にとられる博士の後ろで、フレンズ達が囁いた。
「動物を操れるっていう賢いヒトなら、きっとうまく助けてくれるよ…!」
「あっちの子は?あの子もヒトなの?」
「あの子にはその力がないのかな?」
「同じヒトでも、得意なことが違うのかも」
視線が、刺さる。
鼓動はさらに早まり、冷たくなっていた背筋が、今度はやけに熱くなる。
キュルルはギュッと拳を握ると、何かを言いかけている博士に詰め寄った。
「お前達、ヒトはそんなけものでは――」
「博士!ぼくもあそこにつれていって!」
「はぁ!?で、ですが――」
「…っ考えがあるんだ!だから、早く!」
――そんなものは、なかった。
ただ、ここで呆然と眺めていることは、できなかった。
自分も何か、しないといけない。
そう思っての、必死の頼みだった。
「――わかったのです…!しっかり掴まるのですよ!」
差し出された手を、がしりと握る。
その瞬間、足が地面を離れた。
「う、わ…!」
潮風が、頬を撫でていく。
キュルルと博士も、皆から遅れて海岸を目指した。
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