第1話



「ビーストが、以前にも増してフレンズを襲うようになってる…?」



博士、助手と共にホテルに駆けつけたかばんから告げられた知らせを、キュルルは首を傾げつつ反復した。

腕につけたラッキービーストの信号を頼りにここまで追ってきたらしい三人の表情は極めて深刻で、一気に増えた客数に最初は喜んでいたホテルで働くフレンズ達も、すっかり静かになっていた。


「海底火山や強力なセルリアンの増加と関係があるのかはわからない。…でも、最近パークの各地でフレンズ達がビースト達に襲われる頻度が多くなってるんだ」


ロビーのソファに腰掛けたかばんは、重い表情で腕を組んで語る。


「ちょっと待って。ビースト【達】って…ビーストって、私達を襲ってきたアイツだけじゃなかったの?」

「アイツはビーストの中でも特に活発で凶暴なので、よく被害報告や目撃報告を受けるのですが、他にも何人かいるのですよ」


カラカルの疑問に博士が答える。

続けて、助手が口を開いた。


「他のビースト達もあのアムールトラのビーストと同様に、パーク中をうろついているのです。しかし、アイツのように見境なく襲いかかってくることはあまり多くなく、威嚇程度に収まっていたのですが…」


助手はかばんに顔を向ける。

かばんは小さく頷いて、彼女に変わって説明を続けた。


「最近はあの子以外のビースト達も、フレンズを襲うようになってきてるんだ。すごく、気が立ってるみたいで…。もう何人ものフレンズ達が怪我をしたり、縄張りを荒らされたりしてる」

「そ、そんな…。――わたしたちとお話ししたみんなは、だいじょうぶなのかな…」


悲しげに眉を下げたサーバルが、キュルルとの旅の途中で出会ってきたフレンズ達を心配して呟く。

かばんは薄く微笑んで、そんなサーバルを見つめた。


「ゴリラさん達以外にも、たくさんのフレンズと出会ってきたんだね」

「ラッキービーストや我々のように空を飛べる者達に頼んで、フレンズ達には避難指示を出しているのです」

「なので、ここにも大勢フレンズ達が逃げてくると思うのです。――客が増えますが、大丈夫ですか?」


話に入れず、ただ呆然と会話を聞くだけになっていたハブ、オオミミギツネ、ブタの三人は、振り返った助手に急に声をかけられて、びくりと身を揺すった。


「ハ…?へ…?客が、増える…?客が増えるの?」

「このホテルに、お客さんが、たくさん…!?」

「ししし、支配人、どうしましょう…!お掃除いっぱい頑張らないと…!とっとりあえず入り口を綺麗にしてきます…!!」


狼狽える三人を尻目に見ながら、ずっと黙っていたキュルルはざわつく胸に少し手を当てて、かばんに訊ねた。


「――どうしてわざわざ、ぼくにそんな話を教えてくれたの?」


かばんは組んでいた腕を解くと、指を一本立てる。


「一つ目の理由は、あなた達がパーク中を旅している身だから。このまま旅を続けていると、ビースト達と接触する可能性が高くなるし、早く止めないと危険だと思ったんだ」


二つ目、とさらにもう一本指を立て、かばんは続ける。


「――あなたがヒトだから」

「えっ…?」


かばんの言葉の意味がわからず、キュルルは眉を顰める。

自分がヒトだから、なんだというのだ。


「昔、ヒトはビースト達をコントロールしようとしていたっていう話はしたよね。――どうもその時の嫌な記憶が残っているみたいで、ビーストは私たちみたいな【ヒト】を、他のけものよりも狙ってくることがわかったんだ」


キュルルの脳裏に、あのビーストの殺気立った表情が蘇る。

鋭い眼光、剥き出しの牙、フレンズ達と異なる凶悪さを纏った腕、喉の奥から轟く唸り声。

確かに自分を見るあのビーストの感情は、興奮と怒りに満ちていた。


「それ、めちゃくちゃ危ないじゃない、キュルル」

「そういうことなのです。なので、我々は警告に来たのですよ」

「感謝するといいのです」

「――…そっちから強要されると、感謝する気が失せるわね…」


渋い顔をして耳を垂らすカラカルに苦笑しつつ、かばんは三本目の指を立てた。


「そして三つ目。これは私の勝手なお願いなんだけど――もしあなたさえ良ければ、私達に手を貸してくれないかなって思って」

「……え?ぼく、が?」


急な話の展開に、キュルルはたじろぐ。

ヒトは狙われやすくて危険なはずじゃなかったのか。

あからさまに狼狽えているキュルルの様子に、博士は小さく息をついた。


「なにもビーストに立ち向かえと言っているわけではないのですよ。知恵を貸してほしいのです。海底火山の時のように」

「なのです。ヒトはかしこい生き物なので、お前がかばんに協力してくれれば、騒動の原因や解決策が見つかるかもしれないのです」


博士と助手の期待を孕んだ大きな目がキュルルを見つめる。

そのやりとりをずっと見守っていたリョコウバトも、にっこり微笑んでキュルルを見た。


「すごいですキュルルさん。人気者ですね」


三人から見つめられたキュルルは、なぜか居心地が悪くなって、思わず視線を皆から外してしまった。


「い、いや…ぼくは、そんな――」


そんなキュルルの様子を眺めていたかばんが、口を開きかけた時。


「支配にーん!お客さんが、いっぱい来られましたー!」


遠くから、ブタの甲高い声が響いてきて、会話は一旦そこで中断された。


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