ツンベルギアの押し花と
ジェームズボンバークライシス
ん
その日は、湿度が高く不快指数がそれなりに高くなるような日だった。
僕は久しぶりに彼女と面会できると胸を弾ませていた。
厚い雲が僕の心でさえも湿らせる。
彼女は病室から見える黄色いツンベルギアが好きだった。
しかし彼女は病室から出ることを許されておらず、病室の窓から外を眺めるのが日課だった。
僕はiPhoneで撮影したツンベルギアの写真をコンビニで15枚ほどプリントアウトし、アルバムの中に入れた。
それを彼女に頼まれたのだ。
「いつも、ありがとね、たけちゃん」
「もうたけちゃんって呼ぶのやめてよ。もう大人だよ?」
「へへん、私の中ではずっとあの日のたけちゃんなの!」
「全く・・・」
僕は彼女の優しい笑みを見つめる。
そういえば最近彼女の腕がまた細くなった気がする。
手には常時点滴があり、トイレなどに行く時はナースコールを押す他ないらしい。
そんな大変な状況だって言うのに、彼女の微笑みは日に日に眩しくなって行く。
「たけちゃん」
僕の名前を呼ぶ。
「なに?さえちゃん」
「今日も空が曇ってるね。」
「ああ、ここ最近ずっとだよね。」
「生きているうちにまたお日様は見れるかな?」
「きっと見えるよ」
彼女の口数は日に日に少なくなって行く。
僕は無言の彼女の腕をただ握る。
「もし、太陽が照らないなら、僕が太陽になるだけだ。」
「たけちゃん」
「俺はずっとさえこの太陽でいたいから。」
「うん・・・」
彼女と出会ったのは高校1年生の頃だ。
彼女は可愛い癖に、態度がでかく他の男子から敬遠されていたが、僕は違った。
寧ろ態度がでかいくらいが丁度良いような気がしていた。
僕は小さい頃から虐められていたため、もはや、それは苦ではなかったし、パシリされることを喜ぶような子だった。
彼女が僕に対する第一声は「お前、缶コーヒー買ってこい」だった。
嫌がることなく、僕は缶コーヒーを買った。
多分凄く舐められていたんだろうし、それはそれで良かったのかもしれない。
だけど、彼女は呆れていた。
それは、どんな理不尽な言うことだって全て聞こうとしたからね。
「強くなろうよ、たけちゃん」と、彼女は僕に言う。
「僕は強くなんかなりたくないよ。
だって、強さを手にしたら人は傲慢になるんだ。スーパーマンが現実にいたら結局自己顕示欲を満たすための働きと脅しを行うんだ。
力は残酷だよ。」
「でも、本当の強さって優しさなんじゃないのかな?」
「え?」
「私があんたを鍛え直す!
今日の放課後から毎日うちに通いなさい!!」
僕はこれがどう言うことかわからなかった。
放課後、僕は彼女に連れられるがまま家に来た。
家は、200平米ほどの戸建てであり、かなり広かった。
彼女の家に入るが否や、彼女は僕の手を引っ張りある部屋に案内した。
「え?」
案内された部屋はまるでジムのような器具が揃っていた。
「パパのプライベートジム❤️」
バーベル、ルームランナー、サンドバッグレッグプレス、ダンベルなどありとあらゆる筋トレグッズが揃っていた。
「ジムに通うお金がもったいなくて揃えたの。
蒼井タケル!あなたは、今日から強くなるまでずっとここでトレーニングするのよ!」
意味がわからなかった。
「どうして?」
「決まってるじゃない。缶コーヒーのお礼」
やはり彼女は頭が足りないんじゃないだろうかと思ってしまった。
その日から僕は放課後筋トレの日々が続いた。
彼女はまるでサッカー部の顧問のように厳しかった。
しかし、そんな彼女は何か部活をやっているかと言われるとそうではない。
僕は勉強にフォーカスしたいから。
いやもちろん勉強は、やるけど本質的には、人と関わることが億劫でたまらないから帰宅部だ。
そんな僕にどうして彼女はこんなにも優しくしてくれるんだろうか。
こうして、1ヶ月トレーニングを続けていると、その日は、早くに仕事が終わった彼女の父親らしき人がトレーニング室に来た。
身長が185cmほどあり、肩幅は化け物のように広く肌が黒く、プロレスラーにいそうな容姿であった。
「お前、誰だ?」
偶然その時、さえちゃんは、いなかった。
「お前何、勝手に人んちで筋トレしてる?
俺の目が黒いうちに消えろ
5・・・4・・・3・・・」
カウントダウンが始まった時には腰が抜けていた。
父親らしき人は僕の襟首を掴んだ。
「・・・1」
その時、さえちゃんが戻って来た。
「パパ!この人悪い人じゃないよ!
私の友達!」
「え?」
さえちゃんは、全てを話すと父親らしき人と僕は和解した。
何より今生きていることに何より感謝を捧げたい。
そして、その晩は彼女の家で食事をとった。
トレーニングがある程度終わると、さえちゃんは、僕を居間に案内してくれた。
父親特製ゆでささみポン酢和えと、ささみフライとささみ入りサラダと、ささみの親子丼だった。
まるでアスリートのような食事に僕は驚いた。
僕はついつい聞いてしまった。
「お父様は何かスポーツをやられておられるのでしょうか?」
「俺は元プロレスラーだよ。トロフィーあるだろ」
居間全体を見渡すといたるところに症状や、賞状があった。
「あ、そうそう、お前、あとで話があるんだが良いか?」
父親が僕に聞く。
「はい。」
僕は食後トレーニング室で父親と2人きりになった。
「お前頭良さそうだから、察してると思うんだけど。
さえこの母親のことに知ってるか?」
「・・・なんとなくは。」
さえちゃんの母親の写真がトレーニング室に綺麗な額に入れてあったのを僕は見た。
「さえこ、寂しがりやなんだ。
意外なのはお前みたいなヘナチョロな男を何で選んだかだが、今ならわかる気がする。」
僕は尋ねる。
「どうしてですか?」
「お前の瞳はまっすぐだ。
純粋な目をしてる。嘘偽りがない。
でもそれだけじゃない。
そんな気がするんだ。」
父親が言うこともよくわからなかった。
「あとよ、」
父親は僕にこの家の合鍵を渡した。
「トレーニング室、自由に使え。
あと、俺んちのものは、好きに使え。」
嬉しかった、人に信頼してもらえることがこんなにも嬉しいなんて。
僕はその優しさがただ暖かくて涙した。
「男の癖に泣いてんじゃねえよ。」
父親は僕の肩を叩いた。
そしてそれから2ヶ月ほど立つと、僕は明らかに筋肉が付いていた。
父親は僕にプロテインや筋肉アップのサプリであるHMBをくれた。
こうして、僕は舐められることはなくなっており自信がついた僕は筋トレがとても楽しくなっており、完全に筋トレ中毒状態だった。
しかし、最近さえちゃんが体調不良を起こす割合が高くなったように思える。
突然倒れたりするし、体調が本当に悪い日は早退したりとか。
でも、ベッドの上では元気で「私なんか見てないでトレーニングをしなさい!」と一喝される。
だから僕はトレーニングをどんな時でも続けた。
さらにこのルーチンな日々が続き半年が過ぎた。
その頃から彼女の父と一緒に食事をする時も、どんよりとした空気が流れていた。
ある日、僕は彼に言われた。
「大事な話があるんだ。」
その話を僕は聞きたくなかった。
だけど聞いてしまったからには事実を受け入れるしかなかった。
「さえ、あいつ、重い病気にかかってて、治ることねぇんだよ。」
「え?」
「少ない人生楽しませてやれよ。
そして、あいつ、お前に夢託したんだろう」
意味がわからなかった。それはいつも以上に。いや、わからないんじゃない、僕がその意味を知りたくなかったんだ。
「あいつ、小さい頃からボクサー目指してたんだよ。幼稚園の頃、虐められてたんだよ。
だけど、あいついじめる奴ら共、何の罪もない幼稚園の花壇の花全部抜いたんだよ。
そんで奴ら、全部さえに罪押し付けようってね。
でもよ、さえこ、本気でキレたんだよ。
それは、その花が俺の妻でありあいつの母である幸子の大好きな花黄色いツンベルギアだったから」
ツンベルギア、聞き覚えがある花の名前だった。
確かキツネノマゴ科の植物だ。
「そして、幸子が亡くなったのは5歳の頃。
それはずっと泣きっぱなしだったけど、あいつは、強くなった。
幸子の思い出、ツンベルギアの花畑に何回も何回も行ってその度に撮った写真が詰まったアルバムをめくるたびにあいつの心は日に日に強くなっていったんだ。
あいつ、そのいじめっ子全員倒したんだよ。
そして、あいつは、痛みを知ってるからかな、人を守れる本当の優しさ、強さを手にするためにボクサーを目指した。
だけど、10歳の頃、あれが見つかってしまった。」
父親は泣いていた。
「もう、治しようがない。
まだ症状が緩いが薬のおかげだ。
でもよう・・・。
叶えてやってくれ、その夢を。お前は虐められてきたんだろう?小さい頃から。
だったら人の痛みがわかるはずだ。
そして、本当の優しさがお前の胸にはある。
だからこそ強くなれる。なに、あいつが見込んだんだ。ぜってーなれるって俺は信じてる」
僕はこうして、パンチングトレーニングを繰り返す日々となった。
サンドバッグをただ殴る、悔しさや色んな感情をサンドバッグにぶつける。
筋肉を効率よくつけるための、かなりヘビーな食事も取るようになり、体重がトレーニング始めた頃は50キロだったのが、1年ほどで、75キロほどとなり、僕の両親も変わっていく僕に驚きを隠せなかった。
だけど、それとは、反比例して痩せていく彼女が不安だった。
だけど、僕が彼女にお見舞いしても、それを喜ばないことを最初のお見舞いで知った。
それよりも彼女の夢に僕が近づく方が彼女にとっての喜びらしい。
僕はその後ボクシング部入部の誘いを貰ったが誘いの言葉は全て断った。
男の戦いは常に孤高だ、それは心の戦いでさえも。
高校2年生の僕の夏休み、僕は町内のボクシング大会で、優勝した。
初めての戦いにしてはなかなかだった。
しかし、町内の大会には興味はなく、少なくとも県の戦いに勝つまでは安心はしていられず、父の強くなるたび厳しくなるトレーニングメニューをこなした。
さえこも、僕の試合を見て微笑んでくれた。
それが何より嬉しかった。
そして、それを糧にして生きてくれるなら僕はボクシングをやめる気にはなれない。
そんな中、さえこが体育の途中倒れた。
長期的な入院となった。
僕は、生きているさえこを何度もみたい、だからこそ僕は毎週末お見舞いに行った。
でも、必ずお見舞いに行ってるたびにトレーニングのことを聞かれる。
だからこそ、日に日に太くなる腕を見せるとさえちゃんに見せると必ず微笑んでくれる。
それだけを糧に俺は戦い続けた。
しかし、彼女の体調は日に日に悪くなっていくのがわかる。
本当はずっと一緒にいたい、だけど、ここで逃げたらさえこを裏切ることになる。
県大会で優勝するまでは、さえこに甘えるつもりはなかった。ここでさえこの夢を裏切ったらそれこそさえこに見せる顔がない。
確実に言えるのは僕はこんなところで逃げるような弱い男の肩書きは捨てたのだ。
こうして、高校3年生になる頃には体重100キロを超え、ヘビー級ボクサーとなっていた。
こうして、夏の大会に備え僕はただ筋トレを続ける。
しかし、もちろん僕だって自分のことばかり見ているわけではない。
余裕が少しでもある日は、彼女のリハビリを手伝ったりした。
その度に「勝つのよ、あなたは、もう弱くなんてない。
勝って世界中に名を轟かせるのよ!」と僕に何回も言った。
「当たり前だろ!」と僕は強気で答えた。
しかし、彼女が緊急手術を行ったり、症状の進行が目立ってきた。
そして、高校生活最後の秋、ボクシング県大会で優勝した。
もう、県内で横に出るものはいなかった。
これほどまでに愛の力が偉大だと僕は知った。
そして、僕は高校を卒業した。
彼女の症状は、さらに悪化しており、日に日に痩せていく日々となった。
8月に全国大会の予選を勝ち抜き、そして、9月今この病院に至るのだ。
「さえちゃん。」
厚めの雲が空を覆っている。
部屋の中の花瓶にはツンベルギアの花があるが彼女は僕が撮ったツンベルギアのアルバムを眺めた。
「なぁ、言おうと思ったんだけど、」
僕は彼女に告白しようとした。
すると彼女は察したのか
「もうお見舞いは、しなくて良いから」とアルバムをめくる手を止め僕に涙を見せた。
「え?」
「もう、私になんか会いに来ないで!」
彼女は涙で顔を濡らした。
「おい・・・ちょっと・・・」
「もう・・・私なんか・・・」
さえちゃんは、倒れた。
そして、緊急手術が行われ、僕は病院から追い出された。
僕はその日からトレーニングの質が落ちた気がする。
そして、父親も痩せていくのが感じる。
僕はトレーニングマシンを涙で濡らした。
「生きてくれ、頼む・・・。生きてくれよ!」
家の周りの黄色いツンベルギアが綺麗だった。
このツンベルギアは、父親と一緒に育て上げ、僕のトレーニング後に水をあげるのが習慣だったのだ。
しかし、最近曇りが続き、いつ根元が腐るかわからないので、生きているうちにツンベルギアの押し花をラミネートしたしおりを作った。
「頼む・・・」
そして、11月の全国大会に向け、トレーニングとお見舞いと、ツンベルギアの水やりの日々が続いた。
ツンベルギアの花が枯れる頃、さえこは、病室で眠っていた。
僕はしおりをさえちゃんのベッドのそばの小さな棚に置き、さえちゃんにさえちゃんとの色んな思い出を語った。
目を開けることを僕は望んでいた。
今にも潰れそうな胸を抑え、僕は病室をあとにした。
こうして、僕は必死の思いで県大会に出場した。
グランプリ戦の試合で1試合目は、余裕だったが、2試合目の敵は大きかった。
しかし、これも、でかいだけの木偶の坊で、みぞおちに強めのストレートをかければ、あとは、次々に技を繰り出せばよかった。
こうして、弱かった僕はとても強くなっており難なく、勝ち続けていったが、最終戦でかなり強い敵が現れた。
僕はそんな事も知らずただ戦っていた。
敵はアッパー使いの隆(たかし)と言い、妹の病気の手術代を稼ぐためだけにこの世界に来たらしい。
僕はその妹のために負けてやりたかったが、それは、隆だけでなく、一生懸命今を生きてるさえちゃんに対する侮辱だと思った。
僕は本気で隆と戦った。
しかし、彼のまるで熊のようなワンツーパンチと急所狙いのストレートがすごいスピードで繰り出される。
負けるわけにはいかない。
さえこだって、必死に生きた、俺も本気で勝つと本気で勝ってプロボクサーになると、決めたのだ。
今は、アマチュアだが、これに勝てばプロボクサーとしての道は開ける。負けるわけにはいかない!
俺は本気で生きる!さえこのぶんまで・・・。
試合は終わった。
僕は優勝して、完全なプロボクサーになった。
そして、その直後父親からさえこの訃報を聞いた。
泣き崩れて、何もできなくなった僕は、しばらく部屋から出ることは、なかったが、さえことの父親が僕の部屋に足を踏み入れた。
「おい、タケル、読んでおけ。」
僕は、父親から封筒を渡された。
その中には手紙と僕のさえちゃんのツーショット写真と、そして、黄色いスイートピーの押し花ラミネート加工したしおりが入っていた。
手紙には、こう書かれてあった。
「拝啓元弱虫ボクサーたけちゃん
この手紙を読んでる頃には私はいないかもしれない、だけどね、もうあなたは、夢が叶ったあとの私なの。
たけちゃん、あなたは、私の叶えられなかった夢を叶えてくれたの。
ツンベルギアの花言葉は美しい瞳。
あなたの瞳はとても美しかった。
だからこそ、たくせたのかな?私の夢。
あなたは、優しい心を持ってる。だからこそ本当の強さを手に入れられるって信じていた。
でもね、本当のところ私、あなたのことを愛してたの。
だけど、死んじゃうってわかってたから言えるわけないじゃん。
だからこそ私のやりたかったことをあなたに託したかった。
迷惑な女だと思って!でも、あなたには、それが出来ると思ったの。
・・・ごめんね。本当に。
だけど、最初はそんなつもりじゃなかったの。
あなたが虐められてるのを見るのが苦痛だったから。
だからあなたが強くなれば虐められることがなくなって、そんな期待をしてたの。
そして、あなたは、今じゃ日本のボクサーの中のボクサー。
全国アマチュア大会に優勝したんだから、プロになって世界に出てね!頼むよ!
長くなったけど、このしおりは、私が小さい頃に作った黄色いスイートピーのしおり。
ママと一緒に作ったの。
花言葉は思い出、私との思い出大事にしてくれるかな?
忘れないで欲しいからさ・・・
世界一のチャンピオン目指して頑張れよ!たけちゃん!」
手紙はそこで終わった。
僕は涙が止まらなかった。
僕は窓から手を出し、ぎゅっと拳を僕は厚い雲で覆われた空に向けた。
「俺がボクサー界の太陽になって厚い雲を吹き飛ばしてやる!!
待ってろ、世界!」
こうして、僕の世界チャンピオンに向けての戦いは始まった!
完
ツンベルギアの押し花と ジェームズボンバークライシス @JAMESBOMBER_C
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