11.2 女

 今日も一希は座学一色の授業にしびれを切らしていた。自分なりに気をつかって数を大幅に減らしながらではあるが、土橋教官に質問を浴びせずにはいられない。しかし、返ってくる答えはやはり冴えなかった。


 それはそうと、隣の席の佐々木ささき。遅刻かと思いきや、ついに一日姿を現さなかった。彼と最も親しいと思われる溝口みぞぐちに聞いてみる。


「ねえ、今日、佐々木くんどうしたの?」


「ああ、あいつ辞めたんだよ」


「えっ!?」


「今から浪人して大学行くって」


「そう……なんだ」


「俺も考えちゃうなあ」


と、割り込んできたのは三上。


「ちょっと、三上君まで……なんで?」


「実はさ、教官の給料、小耳にはさんじゃったんだよね」


「うっそ! いくらいくら?」


 他の生徒たちもにわかに色めき立つ。


 一体どこで聞いたのやら、三上が小声で明かしたその年収は、確かに多いとは言い難い額だ。


「教官って楽そうでいいなあと思ってたけど、ちょっと考えちゃうよなあ」


 しみじみとうなずく顔が一つ、また一つ。


「え、じゃあ何、みんな割と早めに現場離れるつもりなの?」


 一希にそう問われ、顔を見合わせる男子たち。


「俺はまあ、長くても結婚するまでかな。だってさ、『行ってきまあす、死んだらごめん』ってわけいかないじゃん?」


と、溝口。


「ほんと、俺も独身のうちに稼いで、あとは指導に回ろうと思ってたんだよなあ」


「でも、この仕事じゃなくたって……事故とか病気とかはいくらでもありうるわけじゃない? 処理中の死亡事故なんて、交通事故よりよっぽど確率低いよ」


「ま、冴島はいいよな。結婚した後のキャリアなんて考えなくていいんだからさ」


「えっ? ちょっと……」


「そうだよ。女はせいぜい五、六年先まで考えてりゃ十分だもんな」


「そうそう、どうせ主婦になるわけだろ?」


「そんなこと……」


 一希は反論しかけたが、この国では確かに、結婚後も仕事を続ける女性はごくわずかなのが現状。子供が手を離れてからせいぜいパートに出る程度が普通だ。


 実際、一希自身もそんなに先のことまで考えているわけではない。まずは補助士になることが目標。その後は中級、上級への昇格。そこからは未知数だ。本気で処理士にまでなろうと思えるかどうかは、補助士への道とその後の昇格が順調かどうかにかかっている。


 人類の蛮行の後始末。自分の力をそれに注ぎたい気持ちに偽りはない。だが、母が職場で受け続けた不遇も見てきている。職種や仕事内容、勤務時間が同じでも、給与は男性より大幅に少なかった。母だけでなく、それが世の働く女性たちの標準だ。一希の資格取得や仕事の受注が性別によって阻まれないとは考えにくい。


 とはいえ、積極的に結婚しようとは思っていないのも事実。そもそもさほど幸福なものであるというイメージがないし、いざ不発弾処理などという色気のない職業にいてしまえば、結婚生活との両立など望むべくもない。それこそ、続けるかとつぐかの二択になるだろう。


 考え込んでしまった一希をよそに、男性陣は「女は得」という結論で一つにまとまったらしい。悔しいけれど、今の一希には言い返す材料がなかった。



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