56 疑念

 帰りの車で尋ねる。


「永井さん、長年のお友達なんですか?」


「ああ、まあそんなとこか。元はといえば親父が世話になった人でな」


 といっても、永井は、新藤の父である隆之介よりはだいぶ若そうだった。隆之介と新藤のちょうど間の世代だろうか。


「俺自身は実質、親父が死んでからの付き合いだから、六年……ぐらいか。出前の恩恵だけはその前から長らく受けてるけどな。俺が高校入った頃から親父が取り始めて、お陰でうちの栄養事情が飛躍的に改善された」


 思わず笑みを誘われる。どこか人好きのする空気を持った永井を見ていれば、食堂の店主と客という間柄が親しい友人関係へと発展したのであろうことは想像にかたくなかった。




 一度本物のストロッカの解体を課してからというもの、新藤は自分に来た持ち込みの仕事を必ず一希に手伝わせた。手伝うといっても、オルダの解体は一人で行った方が安全で効率も良いため、実際には受注した数のごく一部を一希が一人で解体することになる。


 新藤の月ごとの報酬明細にも、一希が解体した分が含まれるようになった。それに気付いた一希は、直接手に入るわけではないとはいえ、自分の作業が収入を生んでいるのだと誇らしくなった。


 しかし、喜びを感じたのはほんの一瞬。新藤が一希を実務に慣れさせるためだけにわざわざルールのグレーゾーンに踏み込んでやらせてくれているのだと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になる。


 しかも、そばで見ている新藤自身にとっては何のメリットもない上、一希に作業をさせる時は失敗のリスクも高いわけだから、自ら手を下す以上に命懸けなのだ。


 一方、一希の胸中ではナガイでの一件がまだ尾を引いていた。


 星野の冗談を許さなかった新藤。同性愛を笑いものにすることが良いとは一希ももちろん思わないが、この国ではまだまだよくあることだ。ましてや高校生。あれほど怒りをあらわにするのは何か個人的な理由ではないかとつい勘繰かんぐってしまう。


 永井氏はもしかしたら本当にそうなのだろうか。だとすれば新藤が彼をかばうのもわかる。しかし、一希の本当の関心事はその先にあった。


(あるいは先生自身が永井さんと……?)


 時々一緒に釣りに出かけるばかりか、毎年元旦をともに迎えるというのは、友人間でもありうる話だと思う。ただ、もし恋仲にあるのだとすれば二人ともが未婚であることも説明がつくし、新藤が一希を住み込ませて支障なく暮らせるのも、そもそも異性に興味がないからだとすれば納得がいく。


 しかし、改めてそういう目で見ても、新藤が男同士仲睦なかむつまじく過ごしているところなどは、相手が永井でなくとも想像がつかなかった。


 かといって、どういう人なら想像がつくのかと問われれば、一希が決して具体例を知っているわけではない。新藤にはそうであってほしくないという気持ちが自分の中にあるからこそ否定したくなるのかもしれない。それはつまり……。


 一希は、自分の中に芽生え始めていた感情を改めて直視させられたような気がした。事実を知りたい。正面切って本人に聞こうかとも考えたが、なぜそんなことを聞くのかと返されたら答えようがない。


 では、誰に聞くべきか。一希の頭にはすぐに答えが浮かんだ。

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