50 同級生
実技の練習に明け暮れるうち、
新藤は食事処ナガイの店主と一緒に年を越して初日の出を見に行くと言い、お前も行くかと一希にも声をかけてくれた。しかし、恒例になっているという男同士の行事に加わるのも気が引けて、一希は丁重に辞退した。
年が明けていよいよ冷え込むと、新藤も寝る前に湯に浸かるようになった。新藤が浴室にこもる時間が延び、水の音がほとんど聞こえない数分間が加わったことで、一希はそれを察した。
一希よりも先になろうが後になろうが、同じ湯を二日目に沸かし直そうが、一向に構わないらしい。一希の方は、新藤の後の湯に浸かることでちょっぴりあやかれそうな気がしてしまう。たまに浮かんでいる猫っ毛すら、全く不快には感じなかった。
二月のある土曜の午後、一希が台所掃除にいそしんでいるとブザーが鳴った。土間にいた新藤が玄関を開けた音がし、間もなく足音が廊下をやってきた。
「冴島、お前に客だぞ」
「え? 私?」
「
「平岡……あ、ええっ?」
一希は驚きを隠せなかった。まさか新藤の口からその名を聞くことになろうとは……。
「追い返すか?」
「いえ、あの、出ます」
「長くなるなら座敷に通せ。玄関回りでは目を離すな」
「あ、はい」
棚の機材や書類に触られたら困るからだ。
平岡は玄関の外で待たされていた。一希が出て行くと、気まずそうに頭を掻いた。
「平岡君……どうしたの? よくわかったね、ここ」
「……久しぶり」
「卒業以来だもんね。ごめんね、ちょっと散らかってたもんだから。お待たせ。どうぞ」
新藤に言われた通り、座敷に案内する。
平岡は高校の同級生だ。髪を短くして何となく垢抜けたが、育ちの良さが顔に出ているところは変わらない。素直に懐かしかった。しかしわざわざ訪ねて来るなんて……。
座卓にお茶を出してやると、平岡は唐突に切り出した。
「試験、受けなかったの?」
「えっ?」
「補助士の試験」
先月行われた初級試験のことを言っているのだ。
「あ、うん……」
「
同じ学年から早川の補助士養成科に進学した二人だ。
「ちょっとね。もう少し後で受けようかなと思って」
飛び級することになったなどと明かそうものなら、養成科でもすぐに噂になってしまう。受かってもいないうちから変に目立ちたくはなかった。
「そう。いや、もしかしたら、やめるのかなと思って」
「やめる? 補助士を目指すのを?」
「なんか……状況が変わったとか、そういう可能性もあるかなと思ってさ」
平岡の視線が、
「あのね、新藤先生とは本当にそういうんじゃないから。みんなが何言ってるか知らないけど、ほんと誤解だから」
養成学校の連中はともかく、平岡に悪意がないであろうことはわかる。一希が本気で学びたくて弟子入りしたことを疑うような友ではない。しかし、一希が同居をきっかけに師匠といい仲になって初心を忘れ、家庭に収まろうと考える可能性までは否定し切れなかったのだろう。それを余計なお世話と切り捨てることは一希もしたくなかった。彼に対してだけは。
「試験も準備ができたらちゃんと受けるし、受けるからには受かろうと思ってる。ね、電話するよ。合格したら」
「いや、別にいいけど……」
「それよりさ、大学はどう?」
一流大学の理工学部に進んだことは噂に聞いている。平岡は日々の学生生活をぽつぽつと語った。一希は一希で、養成学校での経験や今の修業生活のことを話した。
誰と誰が付き合っただの別れただのといった話題は、お互いに避けているのがわかる。平岡自身にはいい出会いはあったのだろうか。そして今日はどんな思いでここに足を運んだのだろうか。
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