43 ハンデ

「『女だから不利だ、でも頑張ってそれを乗り越えてみせる』。その発想をまず捨てろ」


 それが一希の、無意味な自己満足の正体だ。


「女が歓迎される世界じゃないのは、前にも言った通りだ。だがそれは、体力的に劣ってるからじゃないぞ。まあ口実としてそういうことを言う奴は多いがな。実際は、前例がないから何かと面倒臭い。それに同種の者だけで固まってた方が人間は常に快適だからだ」


 そうかもしれない。これまで一希に嫌味をぶつけてきた高校の同級生や養成学校のクラスメイト、教官たちの顔を思い浮かべると、新藤の論理はに落ちた。


「つまり、体力的に負けてないと証明したところで、奴らが急に味方になるわけじゃない」


「そう……ですね」


「この世界にはお前もよく知ってる資格制度がある。まあ応募要項や合格基準だって人間が作ったもんだからもちろん完璧じゃないが、業界経験の長い連中が頭を寄せ合って作り上げた結果だ。そこには『男に限る』とは書いてない。身体機能の審査は一般的な運動能力試験と健康診断だけだ。男だってこの部分で落ちる奴はたまにいるが、再受験は自由だ」


 確かに。初級の応募要項はすっかり空で言えるほどだが、養成学校の体力テストで一希はすでに基準をクリアしていた。


「先生のお父様は、この資格の誕生を指揮した方ですよね? 当時、女性が受験する可能性って、想定してらしたんでしょうか?」


 新藤の片方の口角がわずかにほおにめり込む。普通の人でいう笑顔に相当するものであるらしいことは、一希も日々の観察から学んでいた。


「ああ。女性だけじゃない。身体障害者でも条件さえ満たせば資格を与えられるようにとこだわり続けた。何をするにも少数派のことを考える人でな。そのせいで敵も多かった。補助士の資格にしたって、あちこちでさんざんやり合ったが、残念ながら全てが親父の思い通りになったわけじゃない。それでも身体能力の条件は妥当なところに収まってると俺は思う」


 先生がそう言うなら、そうなのだろう。


「先生、女性の処理士や補助士はまだいないですよね?」


 そんな話があればとっくに新聞やテレビを賑わせているはずだし、一希だって母が生きている間に本当の夢を語ることができたかもしれない。


「ああ、まだだ」


「障害のある方っていうのも実際にはさすがに……」


「どうだろうな。あり得ないとは言えん。正規の条件を満たして、規定どおり毎年資格を更新してさえいれば、試験協会だって少なくとも表立って文句は言えないはずだ。ただし、実際に仕事にありつけるかどうかはあくまで本人次第だが」


 一希は自分のハンデしか見ていなかったが、女以外にも弱者はいるのだ。身体障害者となれば、歓迎されないという点では女性であることと同じかそれ以上だろう。それでも受験でき、基準を満たしさえすれば不発弾処理にたずさわれる。今から三十年近くも前にそういう制度を固めた新藤隆之介を、一希は改めて尊敬した。

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