21 共有財産

「お前、身長はいくつある?」


「はい?」


「背丈はどれぐらいだと聞いてるんだ。難しいか?」


「あ、一五二センチ、ですが……」


「ふーん」


 一希が呆気あっけに取られている間に、新藤は仕事に戻ったらしい。気付けば処理室の使用中を意味する赤いランプが点灯していた。


 土間のカレンダーを見ると、今日の欄に漢字の「冴」、そして菱形で囲まれた「サ」の文字。「冴」は冴島が入居する日という意味に違いない。菱形の「サ」は今処理室でやっている作業のはずだ。おそらくオルダ爆弾の一種であるサラナの解体だろう。この壁のすぐ向こう側なのに見学できないのがもどかしい。


 土間の棚の一角には、一希が扱う書類や文具などを置くスペースが設けられていた。「お前の棚」として与えられたそのエリアから、昼間説明を受けた新藤の作業記録ノートを取り出し、大机で広げてみる。


 ふと、ミーハーな気持ちが頭をもたげた。憧れの新藤建一郎の自宅で夕食を取り、彼が使った分も含めて皿を洗い、今こうして彼の作業机に着いている自分が、何か特別な存在のように思えてしまう。特に、補助士養成科のクラスメイトに羨望の眼差しを向けられることを想像すると、その光景には逆らい難い魅力があった。しかし一希は、そこにどっぷりとひたりたくなる欲求を振り払った。


(ダメダメ、こんなことでいい気になってちゃ。まずは資格を取ってなんぼなんだから)


 新藤の手書きのノートに目を落とす。お世辞にも達筆とは言えない走り書きだが、内容はかなり几帳面に記録されていた。合同で作業をした処理士や補助士の氏名と等級の他に、当日の天候、作業の所要時間、もろもろの特記事項。これを読むだけでも勉強になりそうだ。


 しばらくすると、ガコン、と音がして処理室の扉が開き、新藤が現れた。


「あっ、お疲れ様です」


 新藤は一希の方へちらりと視線を投げたが、そのまま廊下に上がっていってしまった。トイレに向かったのかと思いきや、聞こえてきたのは引き戸の音。さては台所か。


 行ってみると、台所のテーブルからお握りを立ち食いする新藤がいた。


「あ、豚汁温めましょうか?」


「いや、いい。またすぐ戻る」


「もしかして、昼間私の相手をしてくださってたせいで作業が遅れてたりします?」


「お前の相手も予定の行動だ。らん心配をするな」


 あっという間にお握り二つを平らげた新藤は、首を傾けて蛇口から直接がぶがぶと水を飲み、再び廊下に出ていった。土間に降りた背中に、一希は問いかける。


「あの、お風呂はいつ頃入られますか?」


「知らん。適当だ」


「適当……えっと、今晩はお入りに?」


「仕事が終わる時間にもよるな」


 新藤はなぜそんなことを聞くのだと言いたげな様子で付け足した。


「沸かす必要はないぞ」


 それはわかっている。長いこと沸かしていないのは昼間掃除をした時点で明白だった。ちゃんとしたシャワーが付いていたから、新藤は行水程度で済ませているのだろう。


「あの、すみません、お風呂のことなんですけど」


 処理室の扉を開きかけていた新藤が面倒臭そうに振り向く。


「何だ?」


「私も……その、使わせていただいていいんでしょうか?」


 新藤の太い眉が、これ以上ないほど中央に寄った。


「使わなきゃどうするっていうんだ? 銭湯にでも通うつもりか?」


「まあ、一応そういう状況も想定してます」


 新藤は遠慮なく盛大にため息をつき、上がりかまちを指した。


「ここからこっち側のものには勝手に触るな。例外はさっき作ったお前の棚だ。あと、電話とソファーもだ」


「はい」


「そこの机は空いてればあっち半分は使って構わんが、俺が空けろと言ったらすぐ空けろ」


「はい」


「奥の四畳半はお前の部屋だ。中にあるものはお前の私物と見なす。逆にいえば、俺が必要とするようなものはお前の部屋に置いておくなってことだ」


「はい」


「座敷は戸が開いてる時は使って構わん」


「……はい」


「他は全部共有財産だ」


「えっ?」


「今言った以外の場所とそこにあるものは俺とお前の共有財産とする。それでいいか?」


「あ、はい……あの、ありがとうございます」


 顔を上げた時には新藤の姿は扉の向こうに消え、赤いランプが点いていた。

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