爆弾拾いがついた嘘【旧バージョン】
生津直
第1章 弟子入り
1 対面
広々とした敷地を囲む道を、何周しただろう。靴底を通して伝わる土の感触が心地よくて、
ザッ、ザッ、ザッ、という規則的な足音に混じって聞こえるのは、虫の羽音に鳥の声。今が
待ち時間を
上下ジャージ姿に、足元はだいぶ傷んだスニーカー。手入れを怠って伸びきった髪は、黒いゴムで後ろ一本に
クラスで、いや、不発弾処理補助士養成科で、一希が紅一点であることは疑いようもないが、だからといって男子からちやほやされる
今日は放課後にバスを一本乗り換え、隣町のはずれで下車した。停留所から坂を上がった丘の上に、不発弾処理士、
(家っていうより、工場とか倉庫みたい……)
その印象は、周囲を延々と走るうちにますます強くなった。周りに草木しかないから余計にそう見える。丘を反対側に下りかけたところには廃屋が一軒あり、下り切ってしまえば普通の民家も何軒か見られたが、いずれも百メートル以上は先だった。
それはさておき、国内トップの実力を誇る処理士に、果たして話を聞いてもらえるだろうか。訓練学生ごときが、しかもこの業界では前例のない女子生徒が、相手にされるだろうか。それこそが問題だ。電話だと適当にあしらわれてそれっきりになりそうで、こうして足を運んだのだった。
住所は近所の電話ボックスに備えられた電話帳ですぐに調べがついた。一希はこの三日間毎日、学校が引けてから新藤宅を訪れ、時間の許す限り待ち伏せている。まだ対面は果たせていないが、今日はアルバイトが休みだから、夜まででも粘る覚悟だ。
(よし、もう一周したら休憩)
スパートをかけ始めた時、車の低い
(あっ、もしかして……)
慌てて足を止め、耳を澄ました。バスではなさそうだ。エンジン音が徐々に近付く。
(あ、上がってくる……ってことは、間違いない、よね?)
一希は
間もなく、音の正体が姿を現した。本来は水色なのであろう軽トラック。
その軽トラはやはり門柱の脇を折れ、庭へと乗り込んでいった。門柱といっても、何の色気もないコンクリートの
車は薄く敷かれた砂利の上を進み、車庫に入った。
エンジン音が止むと、運転席から降りてきたのは、オレンジ色の作業服を着た大柄な男。
(うわ……本物)
顔は写真の通り。専門書の寄稿者紹介欄などで何度か見かけた
荷台に身を乗り出して道具をまとめる新藤の横顔を見つめ、一希は
(どうしよ……失礼のないようにしなきゃ)
雲の上の存在でもあるし、機嫌の良さそうな表情を見たことがないせいもあってか、何となく怖いイメージがある。しかも、今ここで嫌われたら、一希の職業人生には永久に傷が付くかもしれない。
電話もせずに訪ねてきたことを今さら悔やんだが、ようやく手に入れたチャンスを逃している場合ではない。そう、これが夢への第一歩になるのだから……。
へその辺りにぎゅっと力を入れて、ええい、と気合いを入れ直し、門柱のそばから思い切って声をかける。
「新藤さん……」
自分でも思いがけないほどか細い声にしかならなかったが、気付けば十メートルほどの距離を挟んで目が合っていた。汗の浮いた額の下で太い眉が中央に寄る。それを見るや、一希の声はますます上ずった。
「は、初めまして! 私、
何とか言い終えて深々と頭を下げる。数秒の沈黙を経て、一希のつむじに低く平坦な声が浴びせられた。
「何の用だ?」
顔を上げると、黒々とした二つの目がこちらを見ていた。わずかな異常をも見逃さず、どんな現場をも完璧に守る、あの新藤建一郎の目が。
一希は無意識に姿勢を正す。
「あ……お忙しいところすみません。私、新藤さんのご活躍をいつも専門誌などで……」
「お忙しいとわかってるんならさっさと用件を言え」
新藤はごつい体をくるりと返し、車庫のシャッターをガラガラと閉めた。大きな工具箱を手に
(えっと……)
夢中で言葉を繋ぐ。
「え……っとですね、あの、助手は
しまった! 緊張の上に慌てたものだから、前置きがすっ飛んでしまった。
振り向いた新藤に見下ろされる。オレンジ色が眩しい。
「実習希望なら学校を通して申し入れるのが
「あ、いえ、違うんです。実習は秋頃に希望者を
しかし、新藤はその封書に目もくれなかった。
「四月入学か」
「はい。何か私にできることがあればお手伝いをと……」
「資格は?」
「まだ……これからです」
一希は精一杯の笑顔で答えたが、新藤は石のように固まっていた。その顔付きがますます険しくなる。
「
「はい」
思わず期待を込めて見つめるも、一流処理士の目は冷ややかだった。
「一体何ができると思ってるのか聞いていいか?」
「例えば……荷物持ちとか、機材の片付けとか、帳簿の管理とか」
「あいにくどれも間に合ってる」
「あと、お留守番とか、掃除、洗濯とか、お使いなんかでも……」
一希が皆まで言わぬうちに、目の前のオレンジ色はこちらに背を向けていた。
「家政婦の
新藤は、いい加減
「うちには余分な予算はない」
(予算?)
ゴロゴロと重たい音をさせて扉を開き、新藤は中へと姿を消していた。
「あ、いえ、そうじゃなくて、ちょっと待っ……」
一希の目の前で、ゴロゴロと戸が閉まる。
「新藤さん、違うんです。ちょっと聞いてください!」
古びた戸を叩くと、思いのほか大きな音がして恐縮する。しばらく聞き耳を立ててみたが、鉄扉の向こうに新藤の気配を感じ取ることはできなかった。
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