僕らにとって自由とは

小峰綾子

僕らにとって自由とは

「リンドバーグ、検索依頼が入った。頼めるか?」


「もちろんOK!」


今日も二人は連携プレイで利用者の書籍検索の依頼をこなしていく。


カタリィとリンドバーグはこの、王立図書館の司書、書籍探索係である。

国中の書籍が集まってくるこの図書館では、なかなか自分の目当ての本を探し出せない人が多い。そんな時に頼まれた本を探し出すのが彼らの仕事だ。


カタリィは広い図書館を歩き回り、足で探すのが得意。一方リンドバーグはデータ検索用コンピュータでの検索を得意としている。


「カタリィ、おそらく4階の、9番の棚、最上段にあるかと」

「りょーかい!」

リンドバーグの支持を受けてカタリィは素早く移動する。天井まで3メートル以上にもなる棚を、可動式のはしごを駆使して縦横無尽に動き回る。

「あった。それじゃあ窓口に送っとく」

壁に備え付けてある書籍用輸送エレベータに本を入れ、行き先を設定すると館内を縦横無尽に走っているベルトコンベアにのって所定の場所まで送られる、というシステムだ。


このシステムを誰よりも使いこなせる二人は、探索専門のスタッフとして図書館に常駐している。


その日の夜、警備員の目を掻い潜って二人は歴史の論文資料室に忍び込んだ。一般人立ち入り禁止、許可がないと入れない部屋だ。


「やっぱり、今の王政以前の事、どのように国が統一されたか、という資料は意図的に省かれてると思う」

カタリィがいう。リンドバーグも重ねて

「私もそう思う。論文検索システムを当たってみたけど。不自然に途中の項目が抜けていたり、黒塗りで隠されていたりするのをよく見かけるから」

「最近、黒塗りの部分もどんどん増えてるな。読んでても肝心な部分が消されてて、面白くないや」


二人は、この図書館の秘密、そして自分達2人の秘密を探るため繰り返し夜中にこの図書館に忍び込んでした。


忍び込む、というのはいささか間違いである。

二人はこの図書館から


「出られない」


のである。


「あいつは、私達がここから出られないのは私達を救済するため、というけどそんなの詭弁だよ。僕達に記憶がないのをいいことに、そう言って閉じ込めてるだけだ」

「だとしたら、呪いみたいね。本が好きで、本を探すのも好きだけど、一生本と向き合うしかない呪い。でも、どうしてそんなことを」

「それを探るためにこうして僕らは夜な夜な調査を進めてるんじゃないか」

「せめて、外部の人と接触が出来ると良いんだけど」


2人の腕には、王国の紋章ー羽を広げた鳥をモチーフにしたものーが入った金の腕輪がはめられている。これはちょうど2人の手首のサイズでぴったりハマっていて、どうしても抜けない。


この腕輪はIDパスにもなっていて図書館内であればどこでも出入りができる。


しかし一方で、図書館から出ようとした途端この腕輪がセンサーに引っかかり、ブザーが鳴る仕組みだ。そうすると警備員が飛んできて連れ戻されてしまうのだ。


「そういえば気づいたことがあるんだけど」

リンドバーグが言う。

「利用者さんから本の入荷希望が入るじゃない?あれ、許可される本とされない本にある程度偏りがありそうなの。見て」

リンドバーグはコンピュータにあるリストを表示する。


しばらく画面を眺めていたカタリィが話し出す。

「ファンタジーや童話、ラブストーリーは基本的に許可されてる。一方で哲学、思想、歴史、社会学に関しては却下が多いな」


この図書館は、閲覧できる資料や論文に何らかの検閲がされている、と言うのが2人の相違だった。


しかしこれが国中の図書館や書店でも同じ事が起きているのか、この図書館だけなのかは2人にはわからない。


「でも、全ての本を所蔵しておくのはスペースやコストの問題で無理なんじゃ無いかな」

「もちろん。でも、だとしたら幅広いジャンルから、有用性を考えてバランスよく保管するべきでしょ?ある一定の分野だけ省くなんて、図書館の役割を越権してるよ」

「たしかに」


その時、資料室のドアが開いた。



「何やら話し声が聞こえると思ったら。何をしている?」


「館長…!」


この人物こそ、2人にここの仕事を教え込み、身の回りの世話をする一方で、2人の行動を監視している張本人である。


「えーっと、すいません。昼間のうちに整理できなかった資料があって」

「いえ、私の仕事にカタリィを付き合わせただけなんです。その…夜一人で資料室にいるのが怖くて」


館長は2人を鼻で笑う

「白々しい。お前らがこうして時々夜にウロついて怪しい動きをしてるのは分かってるんだぞ。その金の腕輪、それがある限りお前らの行動はお見通しなんだよ」


「館長、なぜなんですか?私達、ここ以外に行くところも仕事もありません。いなくなったりしません。ただ、図書館以外の世界を見たいだけなんです」

「そうです。なぜここまでして僕らを閉じ込めておくんですか?」


「ふん」


館長は太った体を揺らし、歩み寄ってくる。


「何度も言ったはずだ。私はお前たちを守るためにこうしているのだ。知る必要のないことまで追求する必要があるのか。お前らに何故、ここにくる以前の記憶がないのか。お前らが何をしでかしたのか、本当に知りたいのか?」


「知りたいです!!!」

2人の声が揃う。


「例え、期待していたことと違っても傷つくことになっても、知らなくて良いことなんて何一つないはずです」

「そうです。私達が報いを受けなければいけないような罪をおかしたなら、きちんと償います。守られて一生ここで安全に暮らすなんて、嫌なんです」


「悪いが、ここは王立の図書館なのでね。王国の意思に背くような事は禁じられている。私1人の判断でお前らをどうにもできないだけだ。お前らが思っているほど世の中は単純じゃねえんだよ」

館長は背中を向ける。


「せいぜい悪あがきするがいい」


館長は2人を置いて資料室を出て行った。


それからも2人は時々秘密裏に調査を続けていた。館長も気づいているはずだが無理やり止めさせられることはなかった。


泳がせるだけ泳がせておいて、ときどき揺さぶりをかける、というなんとも不気味な人物である。


ある日のこと

「カタリィ!起きて、ねえ」

リンドバーグがカタリィの部屋のドアを叩く。まだベットの上でまどろんでいたカタリィは寝ぼけながらドアを開ける

「カタリィ!これ見て!」

リンドバーグは小さなチップのようなものを握っていた。

「なんだこれ?どこかで見たこと…あ、メモリチップか?」

コンピュータのデータを保存して持ち運べるメモリチップのようだった。

「朝起きたら、窓のところに鳩がいてね、珍しいなと思って窓を開けた時に、足に何かくくりつけられていることに気がついたの」

「これは、リンドバーグ宛のものなの?」

「分からない。でも、ここをよく見て。小さくてわかりづらいけど」


カタリィが、目を凝らしてよく見ると、そこには小さな輪っかと、そこから飛び立つ鳥の絵が描かれている。


「これは…もしかして、腕輪と紋章?」

「そう。でも紋章の中の鳥は飛び出している。ねえこれ、腕輪から解放されて、自由になるという意味にも取れない?」

「え、そんなこと、あるかな。でもとにかく、中に入っているデータを確認しよう」


最近は、夜にコソコソやっているとまた館長に目をつけられるため、調査は専ら昼に行われていた。


今日も作業の合間を縫ってカタリィはリンドバーグのところに行く。


2人は周囲を見回し、メモリチップをコンピュータに入れる。


出てきたのは、短い文書データだった。


「文書探索係の2名へ。

これは、君たちを助けたいと思う我々レジスタンスからの手紙である。手短に話そう。

君達は元々我々の仲間だ。王政にとって隠しておきたい秘密を暴いてしまったため、記憶を消され、そこに閉じ込められているのだ。

現在の王政になってから、王やその取り巻きは国民から自由を奪い恐怖で支配しようとしている。文書の検閲もその一環だ。自分達にとって都合の悪いものは排除しようとしているんだ。

このままだと王立図書館だけでなく国中の図書館や書店で自由に好きな本を探すことができなくなる。


もう一度君達の能力を貸して欲しい。


また、鳩を送るので、返信があればそちらにつけて飛ばして欲しい。あの鳩は良く出来ているがロボットだ。目当てのところに文書を正確に届けられるようになっている」


2人は黙って文章を読んだ。

最初に口を開いたのはカタリィ。

「僕たちは、何かをしでかしたから記憶を消された…館長も言ってた。何か知ってはいけない情報を知り得てしまったのか」

「でも、この文書だけでこの人達を信じていいのか、判断できないよ」

「でも、僕らの力を借りたい、と言ってる。僕たちがここで何をしているのか少なくとも知ってるということだ」


カタリィはリンドバーグの手を握る。


「なあ、すぐにとは言わない。考えてからでいい。でも、やってみないか。先ずこの人達が信頼できるのかどうか確かめるんだ。それで本当にここから出られて、自由になれるのなら…」

「自由…」

2人にとって自由とは、好きな時に好きな本が読めることを意味する。黒塗りされていない、閲覧制限されることなく、物語を楽しんだり知識を得たりすることだ。


リンドバーグはカタリィの手を握り返す。

「やろう、自由に、私もなりたい」


こうして、図書館の中と外双方で、2人の脱出大作戦が始まったが、それはまた別の機会に。


次の日の朝、今度はカタリィの部屋の窓辺に、鳩が降り立った。



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