罪滅ぼし

結城 佑

罪滅ぼし

この世界に神なんて居ない。あるのは絶望と無情なまでの冷たい空気だけ。

あの日から君の夢を視ない日はない。

病院の霊安室のベッドの上ですでに冷たくなっていた君の手をただただ握りしめ、泣くしかできなかったあの日の夢を。


* * *


昼休み。屋上の無機質なコンクリートに暖かく眩し日差しが照りつけている。

「またここにいたのね。」

声をかけると少女は、振り向き微笑んだ。

「ここはいいよ。空気も地上より幾分か涼しい。久音くおんもそう思わないか?」

目を閉じてベリーショートの黒髪、鮮やかな白と紺のセーラー服を靡かせ、夏の風に耳を澄ませている。私も目を閉じ、五感の全てを夏の爽やかな風に集中させる。肩まで伸びた髪が風に揺られ私の頬を撫でた。

「ここに来ると嫌なことも苦しく辛いこともどうでも良くなるんだ。」

そう言って少女は、淵に沿って張り巡らされたフェンスに近づくと、ゆっくりと撫でるようにそれに触れた。

「何かあったの?万音まおん

静かに笑って「いや、何も無いよ」と言ったが、目は哀愁を漂わせていて何かあったことは明白だった。

「私達、たった2人の双子姉妹じゃない。何かあったなら相談してよ。」

私のその発言を合図に万音はゆっくりと近づいてくると、力を抜き私の肩に額をつける。

何かを訴えかけてくるようだった。

「万音·····?」

ゆっくりと顔を上げたかと思うと、軽く私に微笑みかけ、私を置き去りにして屋上を後にした。

取り残された私はぶつける宛を失った言葉を雲一つない空に向け吐き捨てる。

「言葉にしてくれなきゃわからないわよ·····!!」

泪が風にさらわれ、陽の光を反射し宙で光り輝いた。




放課後。

HR直後に万音のクラスの教室や屋上、商店街など行きそうな場所をいくら探しても彼女の姿はどこにもなかった。

(どこ行ったの·····)

商店街を抜け、閑散とした路地裏に出たところで携帯電話が鳴った。万音からだ。

「もしもし」

すぐに返答はなく、暫しの沈黙が訪れる。

私が沈黙を破る話題や言葉を頭をフル回転させて探していたが、万音が沈黙に終止符を打った。

「ごめん。」

唐突な謝罪の言葉に私は言葉を失った。

「ずっと考えてた。自分の存在意義とか、価値とか。」

何故そんなことを突然言うんだろう。今までだってずっと隣にいたのに。そこまで思い詰める前に言う機会だって沢山あったはずなのに。

「ごめん。ずっと物心着いた時から感じてた違和感が歳をとる事に日を追うごとに色濃くなっていって。」

言葉にならない苛立ちが私の中で蠢いて気持ち悪い。

「私·····いや、俺。久音の事好きだ。双子だから姉妹だからじゃなく、恋愛対象として。」

初めて聞くその言葉にさっきまでの苛立ちが嘘のように姿を消した。

「そんなの·····言ってくれないとわからないわよ。」

電話越しに軽く短い笑いが聞こえる。

「言えるわけないだろ。お前は俺の姉なんだから。」

私は泪を人差し指で掬いながら「そうだね」って微笑んでみせた。相手には見えないけれど。

「·····でも、」

「え?」

言葉の続きに耳を傾ける。

「俺のせいでお前まで悪いように言われるのは耐えられない。·····だから。これで最後だ。」

声が喉でつっかえて出ない。ようやく出た言葉はとても頼りないものだった。

「なに···が。」

私の絞り出した声とは裏腹に、吹っ切れたようなの清々しい声がしっかりと重みをもって私にのしかかる。

「お前と言葉を交わすのは。これが最後。」

引き留めようとする言葉を遮るように彼の言葉が一瞬の休符の後、発せられた。

「さようなら、久音。·····愛してました。」


【ツー、ツー、ツー。】


私の言葉から、気持ちから逃げるように電話は切られてしまった。

「馬鹿よ·····あんた。」



その数時間後、彼は高校の旧校舎の裏で冷たく硬いコンクリートを紅く染め、その上に寝転がっていたそうだ。

現場は、彼の水風船こころを固く無機質な地面しゃかいに投げつけて弾けたような状態で、あまりにも赤いソレは彼の心の叫びを体現しているようだった。


* * *


あれから2年。愛することが絶望的にヘタな君。

そちらはどうですか?

あの日のことを思い出し夢に見ながら、貴方の幸せを私は祈っています。

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罪滅ぼし 結城 佑 @yuiki1014tasku

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