ハンバーグ好きを公言したのに、焼き魚定食を頼む
花るんるん
第1話
「思い出させてあげる」とバーグさんは言った。「あなたというものを」
いや、でも、僕は。
「『僕は』、なーに?」
僕にはそもそも記憶がないから、無駄だと思う。
「どうして、そう決めつける?」とカタリは言った。
どうしても、こうしても、端的に事実だから。
「端的な事実――そんなもの、ないと思わない?」とバーグさんは言った。「全ては単にそうであるように見えるだけで、本当はみんなそれぞれの、複雑な背景を持っている。いい意味で『あなたは特別じゃない』。特別に何か重いものを背負わなくていい。素敵なことじゃない? ただ、わたしにとって、特別。それだけじゃ、ダメ、かな?」
全ては単にそうであるように見えるだけ。
そんなこと、分かっている(つもりだ)。
「科学は再起性」が肝だ。
いろいろ試して、同じ実験結果が得られなければならない。
でも、宇宙は膨張し続けている。
光の速さよりも、速く。
宇宙の中の「この場所」の位置づけは常に変転する。
タイムマシーンで「ここ」の百年前に行ったとして、そこに地球があるとは限らない。
速さ、時間の進み、重力は、まったくの同一条件で、僕達の前に表れることはない。「同じ実験結果が得られた」と思っているのは、単に誤差が計測できないほど、小さなものだからだ。
「そんなことより」とカタリは言った。「あそぼーよ」
そんなこと……。
そんなこと、と言ったのか?
「相対性理論を踏まえた、実験再起の不能性の論証」を「そんなこと」と。
「UFOキャッチーやりたい。エアホッケーやりたい」
「わたしも」とバーグさんは言った。
ダメ、なんだ。
「ダメ?」とカタリ。
僕はこの研究所から出てはいけないことになっているんだ。
「誰に言われたの?」とバーグさん。
その記憶はない。ただ、言われた内容だけはよく覚えていて。
「そんなこと、本当は言われてないんじゃないの?」とカタリ。
「もし言われていたとしても、『誰が話したか』ってのも、大切よね」とバードさん。
「UFOキャッチーやりたい。エアホッケーやりたい」
「わたしも」
じゃあ、二人で行ってくれば?
「……やっぱり、思い出さないと。あなたというものを」
え? 僕の発言って、ハンバーグ好きを公言したのに、焼き魚定食を頼むぐらいにはズレてる? でももう、お昼の出前は来ちゃったし、しょうがないよね?
「この世に『しょうがない』ってこと、なくない?」
しょうがない。
しょうがない。
しょうがない。
部屋の外に出られにないのは、しょうがない。
「『しょうがないって言葉』じゃなくて、『しょうがないってこと』」
じゃあ今から、「僕が頼んだのはハンバーグ定食だから、取り換えに来てください」って言えばいいの?
「はぁ」とカタリは言った。「その融通のきかなさ、ロボットみたいね」
ああ。それで僕は思い出した。僕はロボットだったんだ。
道理で、記憶が無い訳だ。納得した。
だから――、
プログラム書き換えてよ、研究所の外に出れるように。
「UFOキャッチーやエアホッケー、一緒にする?」とバーグさん。
「する。する。是非したい。一回性を楽しむ」と僕は言った。
ハンバーグ好きを公言したのに、焼き魚定食を頼む 花るんるん @hiroP
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