soixante-seize
試合の方はぶっちゃけ劣勢、逆ぐっちー状態で序盤から揺さぶられる展開だ。動くのは分かってたからカジュアルスニーカーを履いてるけど、この靴比較的新しいんだよね……まだ中盤にも入ってないのに足が痛くなってきた。
「なつ?」
てつこが一度中断させて声を掛けてきた。多分気を遣わせてるのかな?
「ん?大丈夫だよ」
「なら良いけど無理すんな」
うん。私が頷いたのを見てから、てつこのサーブで試合再開。
「ちょっと暗くなってきたねぇ」
てつこ側に立ってる有砂が空を見上げてる。
「ってか雲行きヤバくね?」
えっ? そうなの? 只今試合中なので空の様子はよく分からない。まぁ取り敢えず行けるとこまで行くかという感じでそのまま打ち合いを続けてたんだけど、ちょうどてつこに十点目が入ったところで、気にしなくても分かるくらいに急激に辺りが薄暗くなってきた。
「これマズいぞ、家に戻ろう」
げんとく君のひと声で試合が止まり、ベンチに置いてる羽子板を片付けてお寺に緊急避難する。外にいた七人全員が屋内に入ったところで地面にぽつりと水玉模様が付き、この時期らしくないスコールみたいな雨が降り出した。土砂降りの雨のせいで視界は一気に悪くなり、あっという間に水溜まりができていく。こりゃすぐには帰れないなぁなんて思いながら外を見てると、安藤がお茶とお菓子を乗せたお盆を持って隣に座ってきた。
「隣、良いかしら?」
「うん」
私たちは外を眺めながらお茶をすする。そう言えばこの子どうやって来たんだろ? 帰宅するにしても徒歩では厳しい距離だと思う。島っ子の中では私が一番遠いけど、徒歩でも十分もかからない。
「あんた帰りどうすんのよ?」
「バスで帰るわ、ただ今出るのはさすがにね」
うん、こんな雨の中歩いたらパンプス傷んじゃうね。
「今日は朝から目まぐるしくお寺廻って疲れたわ」
「じゃあ車移動だったんだ」
「えぇ、北部の城址公園から県庁所在地まで縦断したわよ」
マジで? 空いてても移動だけで一時間半はかかるぞ。何軒お寺をハシゴしたか知らないけど、あの面子との車移動なんて考えただけで疲れるわ。
「除夜の鐘鳴らしたさに?」
「えぇ。普段ならS市のお寺に行くんだけど、今年は鐘の修繕で除夜の鐘自体無かったのよ。それで一二三のワガママが始まって十二~三軒は行ったと思う」
今年三十歳になる節目とかにかこつけての思い付きなんだろうなと思う。その辺り私たちも大して変わらないけど、親父の地位と財力で強引に言うこと聞かせようとする態度は頂けない。
「S市? 縦断どころじゃないじゃない」
「下手したら県内一周したわね、海浜公園とか浅井製紙近くまで行ったもの」
うわぁ~そこまでやるのか、さっすがはオッペケペってところねぇ。
「初めから寺巡りが目的なら構わないのよ。今日はどこへ行っても混んでて普段以上に疲れるし、麻弓は着物姿だったから正直キツかったと思うのよね」
私はそれ目的でも遠慮したいです……多分安藤にとっては一二三ら4A共が幼馴染だから、ある程度は勝手知ったるで受け入れちゃってるんだろうね。
「しかもあの子最近風邪気味っぽいのよ、そんな中あんなのに付き合わせて……あの“干し椎茸”ったら何とも思わないのかしら?」
「“干し椎茸”?」
まぁ想像はつくけど。
「一二三の脳内別称、あの髪型干上がったキノコっぽくない?」
「あぁ分かる、我が家では“エリンギ”って呼んでる」
「良かった、そう思ってるの私だけじゃなかったのね……って話が逸れたわ。一二三がオッペケペで無神経なのは今に始まったことじゃないけど、“友達”として付き合ってるのであればもう少し配慮があってもいいと思うのよ」
それができる男であれば“バーベキュー事件”は起こらないよ安藤、その“友達”っていうのもセフレってことでしょ?
「一二三は戸川のことどう捉えてるんだろうね?」
体のいい性欲処理として扱われているのであれば……正直あの女のことはいけ好かないけど、何というか同じ女としては惨めさもあるんじゃないかと無意味な同情心も湧き上がる。
「正直分からない。都合のいい女? 肉体関係付きの友人? ただいずれにしても麻弓を一人の人間として尊重してる態度とは思えない、私に言わせれば。噂話くらいでは知ってると思うけど、麻弓は小学生の頃から一二三ひと筋なの、純粋なくらいに。それだけに愛情も無いくせに定期的に都合良く呼びつけて体よく振り回してるあの態度が許せない。麻弓の耳に入ると怒られるから表立って言わないようにはしてるけど」
う~ん、でも誰かが止めた方がいいんじゃないかとも思う。
「友達なら進言した方が……」
「友達だからこそ進言できないの、一二三への盲信ぶりも見てきてるから。良かれと思って言ったところでかえって意固地にさせるだけだし、最終的に麻弓自身が気付かないと事態は変わらないのよ」
何かもどかしいなぁ……ただ思うのは、仲間内でそんなじゃあ何かと面倒臭いよね。
「ならあのグループと距離取る? そんな状況の中にいるだけでしんどいでしょ」
「そうね、ただ麻弓のことは放っとけないわ」
安藤は個包されてるお菓子を一つつまみ、上品に開封して上品にかじっていた。私も会話が途切れた今のうちに少しぬるくなったお茶をすすり、未だ強く降る雨を眺めていた。
「おーいお二人さーん、晩飯ここで頂けるって話になってんだけどどうする?」
このくっそデカい声はこうただ。それに反応して振り返ると、何らかのお酒を飲んで上機嫌になってらしてるわ。
「えっ? 大谷家的には大丈夫なの?」
「おぅ、寧ろこの雨だからって勧めてくださってる」
何とありがたい、さすがにスニーカーでは帰れない。雨予報じゃなかったので、生憎持ち合わせの傘もありません。
「この大人数分の食事を作らせてしまうの?かえって申し訳ないわ」
安藤は大谷家に気遣いを見せてるけどそれは多分大丈夫だと思う、すぐご近所にデリバリーサービスのお寿司屋さんがあるから。
「大丈夫大丈夫、さっき
その手のことは仕事早いな、基本コイツら食べるのが好きな連中ばかりだから。私? もちろん大好きでございますが何か? 因みに服部さんってのがデリバリーサービスのお寿司屋さんで、ゴールデンウィーク、盆暮れ正月といった大型連休にこそ稼ぎ時だとフル営業するありがたいお店なのだ。
「それなら家にメールだけしておこ」
ひょっとしたら姉が手料理こさえて私の帰りを待ってると思う。取り敢えず遅くなるとメールを打つと、ほぼ即レスで分かったと返信があった。安藤は部屋の隅っこでコソコソと通話してる。多分ご自宅だと思うけど、ちょっとひっ迫した空気感があった。用事でもあったのかな?
すでに出来上がってるこうたとまこっちゃん。座布団を囲んで座ってるてつこ、有砂、ぐっちー、部長。多分カードゲームでもしてたんでしょうなぁ……げんとく君は多分お仕事があるんでしょう、目視で探してみたけどこの場にはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます