soixante-onze
「悪い、ここまで遅くなるとは」
これまでほとんど見たこと無いくらいのくたびれ切った幼馴染が目の前に立っていた。手にしてるコンビニの袋の中には惣菜パンが二~三個入ってるけど。
「いらっしゃい、そんなんで足りんの?」
「無いよりマシ、杏璃は?」
「私の部屋で寝てる。取り敢えず上がんな、お茶くらい淹れるから」
「いくら何でもこんな夜中に……」
よく分かんないとこで遠慮すんなこのヤロー。
「今日はもう寝かせてやんなって、車なら庭に停めればいいから」
そんなくったくたな状態でこれ以上運転したら事故に繋がりかねないわ、取り敢えず休んで何か食え。
「車停めてくる」
てつこは一旦外に出て玄関先に停めてた仕事用の軽トラックを庭に停車させてる、そんな様子を胸がチクチクする感覚をほんのちょこっと味わいながらぼんやりと眺めていた。
何か無理してるというか意志とは違う頑張り方してるというか……てつこは基本弱音を吐かず限界まで一人で何とかしようとするところがある。仕事面では瀬田さんやおじさんがいるからまだまだ頼ってるところはあるみたいだけど、突然降って湧いたような望まない婚活問題が浮上してる今、多分私に話したくらいじゃモヤモヤを吐き出しきってないんだと思う。まぁ私がてつこの役に立ってないだけかも知れないけど、何が出来るか? って聞かれても何も出来ないんだよねぇ……。
「停めてきた、何辛気臭い顔してんだよ?」
「アンタに言われたくないわ。今ゲンが来てて律子ママお手製のローストチキンが一本残ってんのよ、温め直すから食べてって」
「いやそんな気遣いいいから」
「みんな一本ずつ食べて余らしちゃってるだけ、むしろ残飯処理をお願いしてんの」
「あっそう、なら頂くわ」
私は家に上げたてつこをダイニングに座らせ、ローストチキンをレンジに放り込んで温めスタート、冷蔵庫からポテトサラダの乗った大皿を取り出す。温めたローストチキンと保温中のご飯を乗せてプレートとして出せるよう姉が予め準備しておいてくれてる。
そうそうミネストローネが……スープ用の魔法瓶に熱々を入れてくれててそれをスープ用のお皿に入れるだけ。お湯はポットに入ってるから紅茶を淹れて完成っと、私もついでだから紅茶淹れ直そ。
「何か危なっかしいな」
その辺の事情はこの男もご存知なんでね~。ぶっちゃけてしまえば信用度ゼロなんだけど、こうやって何やかんやでどうにかなるようにはしてるのよ……姉が。
「大丈夫よ、今じゃレンジも問題無く使えるんだから。ガスを使わなくていいようスープ用の魔法瓶で保温してるし」
「へぇ。さすがはるさん、抜かりないな」
チッ、そこもバレてんのかよ。ローストチキンはほんの一~二分で温まり、大皿に盛り付けて簡素ではあるけどクリスマスプレートの完成。てつこは普段お箸しか使わないから割り箸っと。
「味の方は大丈夫、お姉ちゃんが作ってるから」
「なつのは食いたくないわ、頂きます」
不要な捨て台詞を吐き腐って手を合わせてから食事を摂り始めるてつこ、そういうの目の前にするとお腹空いてくるのよねぇ……そうだ! ケーキまだ残ってるわ! 私は冷蔵庫から残りのケーキを引っ張り出し、気持ち控え目にカットしてから皿に乗せてフォークを準備。
「そんな時間によくケーキなんて食えるな」
只今がっつり食事中のお前には言われたくない。
「だってお腹空いたんだもん」
こういうのは食べたい時に食べるのが美味しさの秘訣by夏絵。寝る前に食べると太るとか言うけど、だったら寝なきゃいいのだと居直る私。だって今眠くないし。
てつこはそんな私に苦笑いを見せつつも、相当お腹が空いてたみたいであっという間にプレート上の料理をきれいに平らげてた。それでも足りなかったみたいで、買ってきてた惣菜パンも三つ食べちゃってる。
「相当お腹が空いてたんだね」
「まぁ……朝飯以来何も食ってなかったから」
ってことは半日以上飲まず(って事はさすがに無いか)食わずで仕事してたんだね。脳内もきっと疲れてるだろうから、甘いもの食べといた方がいいんじゃない?
「もう満足?」
「ん~、もうちょい食えそう」
「ならケーキ食べる? せっかくのクリスマスだから」
「ん」
と頷いたのを見たので早速冷蔵庫からケーキを取り出して二つ分カットする。そうそうもう一枚お皿とフォークを出してなんてやってるとてつこも席を立ってプレートを水の張った流し桶に浸けた。
「紅茶は俺が淹れる、これもらうぞ」
てつこはついでに水屋から紅茶パックを二つ取ってささっと淹れ直してくれる。家電製品の実演販売で慣れてるのか私よりも全然テキパキと動いてる、これがなかなか出来ないのよねぇ……なんて恨めしく思いつつ、疲れてるくせに働いちゃってる姿がちょっといじらしくも見えてきた。
そうこうしてるうちに朝になり、私はリビングのソファーで眠りこけてしまっていた。体にはちゃんと毛布が掛かってて向かいのソファーでてつこも一人用のソファーに座ってうたた寝状態。
そう言えばケーキ食べて洗い物してからしばらく他愛もない話してたまでは覚えてるんだけど、どのタイミングで眠っちゃったのかがいまいち思い出せなくて毛布にくるまった状態で記憶を辿ってみるけど……この毛布誰が持ってきてくれたんだろう? それすらも分からん。
「おはようなつ、あまり眠れなかったんじゃないのか?」
とスーツ姿で朝からパリッと決めてる兄がリビングに入ってきた。
「おはようございます、今何時ですか?」
「六時四十分。休みならまだ寝てていいよ」
まぁ今日は代休で明日休日出勤するから寝てられるっちゃ寝てられるけど。
「他のみんなは?」
「部長は始発で帰った。あきとふゆと弦太くんはまだ寝てる、それと……」
とキッチンに視線を向けてる兄に合わせてそちらを見やると、有砂と杏璃がテンション高めで推定朝食を作ってる。
「はいおはようさぁんケーキ泥棒、真夜中のうちにきれいに平らげおってからに~」
あぁ、あれから勢い付いててつこと二人でホールケーキ完食しちゃったんだ。
「いいじゃない、ああいうのは当日中に食べ切るものなんだから」
とは言え食べ物の恨みは恐ろしいとも聞く、だって元々は有砂が買ってきたケーキだからね。
「けど買った私が食べてないってどうよぉ?」
その割に食べた後で『太ったらどうしよ~』って毎回のように言ってないか?
「分かった、こうたんとこで買うからそれでチャラにして」
「絶対だぞ~、今日は休みだからケーキたらふく食うまで居座るからなぁ」
いえある程度で帰ってくれ、これだけ騒いでてもてつこの奴まだ寝てる。相当お疲れだったんだね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます