soixante-dix
日付が変わるくらいまでは杏璃も頑張って起きて待ってたんだけど、てつこは仕事を終えられなかったのかなかなか迎えに来ない。変なとこお人好しだからひょっとしてたまたま一人暮らしのお宅で話し相手させられてるってことも十分考えられるなぁ。
姉はイベント時期にのみ発生する特殊シフトにより、深夜営業要員として仕事に出掛けてる。秋都、冬樹、ゲン、部長、先輩……呼びそろそろやめようかなぁ? 今やもうすっかり五条家に馴染んじゃってるし、今更未練タラタラ過去の淡い恋心を引きずってもいないしね。最近『お兄ちゃん』って呼んでほしそうになさってるから……ここからは兄ということで。
家に残ってる男衆は客間で賑やかに酒飲んで喋くりまくってる、特に部長とゲン(秋都もだけど)は大人しい性格じゃないんで誰か彼かが話題を振ってとにかく会話が途切れない。有砂は私の部屋で杏璃を看てくれてる、私は大量の洗い物を済ませてダイニングで一人紅茶をすすって……ると、スウェットのポケットに入れてたケータイが震え出した。あっ、時雨さんだと思い通話に出ると、やや興奮気味の声で吉報をもたらしてくれた。
『無事三人目が生まれたわ、母子ともに健康』
そう言えば出産に備えて一昨日から露木さんとこに入院してるって言ってたな。
「おめでとうごさいまぁす! 因みにどちらだったんです?」
『女の子、これがまた祖父さんにそっくりで』
時雨さんは嬉しそうにフフフと笑ってらっしゃる。先代社長も時雨さんもらんちゃんも梅雨ちゃんも一人っ子で育ってらっしゃるから、輝が産まれた時から『きょうだいは絶対欲しい』って仰ってたもんね。それから七年経って三人目、葉山家にとっては喜びもひとしおだろうな。我が五条家は四人きょうだい、両親が早くに亡くなっちゃったこともあり、姉がいて秋都、冬樹もいるお陰でいつまでもメソメソせずに済んだんだもの。
「葉山家は誰に似ても美人に育ちますよ」
『そうよね、ただ輝ったら『次は弟ね!』なんて疲労困憊の梅雨子にワガママ言っちゃってんのよ。出産が命懸けだってことまだ分かってないから』
その辺は男の子よね。輝のワガママも含めてやっぱり孫は可愛いらしい。
「早速みんなに伝えますよ、今ゲンと有砂も家に居るんで」
『えぇ、頼んだわ。ところでで夏絵ちゃん、最近哲君が婚活始めたって聞いたんだけど何か知らない?』
ん~さすが商店街界隈は情報の漏洩が早いなぁ。
「どうかなさったんですか?」
「この前溝口のお茶屋さんに行ったらね、月頭の婚活パーティーでとし坊がお相手ゲットしたって奥さんが嬉しそうに話してらしたのよ。その流れで哲君とあなたも一緒だったって伺って」
あ~漏洩元はそこですかぁ……ぐっちーママはちょっとお口が軽いからなぁ。けどあちらも息子の吉報が嬉しかっただけでしょ、多分中西家の事情まではご存知無いと思う。
「確かに同じ婚活パーティーに参加はしましたけど詳しい事情は何も、私も当日に顔を合わせて初めて知ったくらいですから」
うん、そこは嘘じゃないよ。
『ただね、とし坊経由の話だとあなたたち二人、フリータイム中ずっと一緒にいたらしいじゃない』
何だよあのヤロー、お相手さんと楽しそうにしつつこっちのことも観察してやがったのかよ?
「それはただお相手に恵まれずあぶれただけですよ」
『何だそうなの? 最近ヤル気見せてると思ってたけどそうでもないじゃないの』
何故にそう思われる? 私案外ヤル気満々だってのにぃ。
「こればっかりはご縁ですから」
『まぁそれもそうね。遅い時間にごめんなさいね、五条家にはなるべく早く報せたかったから』
「お気遣いありがとうございます、ご対面楽しみにしてますね」
『期待してて~♪』
時雨さんは最後まで嬉しそうにそう言ってから通話を切った。私はその熱をなるべく冷まさぬようすぐさま客間に駆け込み、梅雨ちゃんの出産報告を済ませておく。
「おーっ! こりゃ祝杯だぁ!」
只今深夜一時、無駄にはしゃぐゲンを軽くぶっ叩いてやる。杏璃寝てるんだからもうちょい声のトーン落とせバカタレ。
「ってえぇなぁなつ姉、もうちょい優しくしてくれよ~」
「うっさい、時間考えろ」
時間? ゲンは壁掛け時計に視線をやって長居しちまったと呟いた。
「帰る? 泊まる?」
「泊まる一択」
ゲン、そこはキリッとするところじゃない。
「あっそう……押し入れに毛布入ってるから勝手に好きなの使って。部長も雑魚寝で良ければ、終電とっくに過ぎてるんで」
「んじゃ遠慮なく、そうと決まれば祝杯の続きだな」
とこちらも無遠慮にあっさりお泊り。兄の場合は最初からお泊り決定だし、このところ私物もちょっとずつ増えてきてる状態だ。それですっかり気が楽になったのか五人の男衆は乾杯を再開、部長に至っては葉山家と面識も無いのにいやぁめでたい! と誰よりも喜んでらっしゃるわ。そうだ有砂にも報せておこうと二階に上がり、自分の部屋をノックしてみるとはぁい、と少々抜け気味の返事が返ってくる。
「良かったまだ起きてて。さっき梅雨ちゃんが無事出産したって時雨さんから通話があったのよ」
「ほぉ~めでたいねぇ、んで男の子?女の子?」
「女の子だって。先代に似たらしいよ」
「まぁあそこの美人一族なら誰に似ても可愛いでしょお。しかも上手いこと輝は梅雨ちゃん、栞はらんちゃんに似てるもんねぇ」
「だね」
男の子は母親に、女の子は父親に似ると幸せになれるとかいう都市伝説? 的なものもあったわよね確か。私は完全に父親似、恋愛運はともかくとして案外平和に幸せに生きております、ハイ。
「ところでさぁ、ぐっちーはともかくてつこは何で婚活なんてしようと思ったんだろうねぇ?」
これまで杏璃一筋でそんな素振りすら見せてこなかっただけに、何と言うか七不思議レベルの案件になっちゃってるみたいだなぁ。
「さぁ、詳しいことは何も……」
「嘘言えおバカ、それでごまかせるとでも思ってんのか?」
さすがにこの子相手じゃごまかせないか。
「何か知ってんだろお主? 内容まではいいからそこだけ白状しやがれ」
「……」
ん~、ここだと杏璃もいるしなぁ……どうしたものかと思ってここは筆談ならぬメール談。
【あらかたの事情は知ってる、ただ込み入ってるだけに勝手に吹聴出来ない】
この文面を有砂のケータイに送信。
【まぁ今はそれで勘弁してやる、やっぱりなつに
【そうしてくれると助かる】
それでメール談は終了と思ってたら又してもメール、アレ? 目に前にいる有砂はもうケータイをいじってないけどと思い画面を見るとてつこからだ。
【今着いた、杏璃は?】
さすがにもう寝てますよ。
「ん? どした?」
有砂が顔を上げて訊ねてくる。
「てつこやっと帰ってきた。取り敢えず家に入れるわ」
「うん」
私は有砂の返事を聞いてから部屋を出て、ようやっと仕事を終えて戻ってきたてつこを中に招き入れた。
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