quarante-quatre

 この辺りの名所と言える外湯巡り中の秋都、冬樹、私の三人は、点在する足湯に立ち寄って涼みがてらみたらし団子を食べている。

「そう言えばそろそろ来られてるよね?」

「あぁ多分な、まだ確認は取ってないけど『今日は早出だから六時頃こっちに着けそう』とは言ってたぞ」

 そう、とだけ返事して私は団子を頬張る。

「なぁなつ姉、至さんって高校時代からゲイだったのか?」

 秋都は先輩が家に来たことあるの知らないんだっけ?

「うん多分、中学までは◯◯だったって話だし」

「んでもはる姉の何に惚れたんだろうな? 顔もあるだろうけどそれだけじゃねぇ気もする」

「多分麻婆茄子だよ~、至さん昔茄子が嫌いで僕の餃子出しちゃったんだよはる姉ちゃん」

 あのな、○ン○ン餃子はお前のものではないぞ冬樹。

「んでも何で十三年も経った今になって付き合おうと思ったんだろうな?」

「多分私のせいだと思う、当時先輩に片思いしててお姉ちゃんに気持ちが向いてるのが悔しくて『恋人がいる』って嘘吐いちゃったのよ」

「あんま関係無ぇだろ、良家の坊っちゃんっぽいから親の監視がキツかったりってのもあったんじゃないのか?」

 うん、確かに先輩のご実家は結構な良家である。ご本人は嫌みたいでほとんど話は聞いたことが無いけれど。

「あぁ……そう言えば読書愛好会辞めたのも親御さんの反対があったって」

 親にバレたらクラブ活動を辞めなきゃいけない、満寿美先生と部長は初めからそれを承知で入部を認めていたそうだ。

「へぇ、んならもっと大人になってはる姉に見合う男になれるまで好機を待ってたんじゃねぇかな? 今なら双方社会人で三十代だ、収入の格差は多少あれど十代の頃ほど釣り合わなくもないからさ」

「う~ん、大学進学で離れたのもあるんじゃない?」

 中国地方とA県では結構距離があるからなぁ、新幹線を使っても結構かかると思う。

「僕お腹空いた~」

「おいあと二時間もしたら夕飯だぞ」

 秋都にたしなめられてるけど多分何か買いに行くだろうな。

「はぁい、じゃああそこのコロッケ一個だけにする~」

 冬樹は多少混雑している惣菜屋に入って買い物客の列に並んでいった。

 

「外湯制覇出来そうだね」

 私たちは冬樹が戻ってくるまでに残りのみたらし団子を食べ切った。これくらいなら外湯で充分腹ごなし出来そうだ。

「だな、どのみちしばらくは部屋に戻れねぇし」

 きっと今頃国分寺先輩が旅館に到着して姉と顔を合わせてるはず、秋都発案なんだけどいいアイデアだと思うよ。

「今頃露天風呂にでも入ってるのかな?」

「いや、それどころじゃないんじゃね?」

「それ以外に何があるの?」

「ナニがあるだろ、結構なラブラブカップルなんだからさ」

 どスケベらしい言い分だなぁ、先輩があんたみたく見境無い訳ないじゃないの。

「ってあの二人の事はいいや、どうせ仲良くしてるに決まってんだから。ところでなつ姉、昨日の飲み会途中退場したんだよな?」

 あぁ秋都にはまだ話してなかったね。

「うん、まぁ……正直びっくりした」

「拉致られたって聞いたけどそん時の状況説明してくんね?」

 そうだね。私は昨夜の出来事をざっくりと説明した。

「完全に拉致だな、その気になりゃ逃げられたもんを」

「う~ん、タクシーで暴れる訳にもいかないしホテルだと捕まりかねないし」

 これ以上変な武勇伝を残すのはもうゴメンだ。

「それもまぁ、そうだな」

「『もうこんなことはしない』とは言ってきたけど……」

 私はそれを信じるしかないと思う、この前の言葉が嘘でないのであれば。

「鵜呑みにしない方がいい、その手の男はパターンを変えて似たような事を何度も仕掛けてくるぞ。下手にスパッと切ると逆恨みされる危険もあるから適度に距離を取って付き合えよ」

「分かった、そうする」

 秋都は郡司君のことを完全に疑っていると思う。どうしよう、郡司君とのこと決して後ろ向きに考えてる訳じゃないんだけど。

「お待たせ~、閉店前だから半額で買えちゃった~♪ 六個入りのパックだから皆で一個ずつ食べようよ~」

 と冬樹が惣菜屋さんから戻ってきたのでこの話は自然と打ち切られた。見切り品なのに揚げたてみたいでここまでいい匂いが漂っている。

「今からかよっ? 晩飯食えなくなるわ!」

「んじゃ食後のおやつね~、一個だけ先に食~べよ♪」

 冬樹はご満悦の様子でコロッケをペロリと平らげていた。


 それから外湯を制覇し、腹ごなしに温泉街ならでは満載な昔ながらのゲーセンで一頻り遊んでから旅館に戻ると、浴衣姿の姉と先輩が仲良く寄り添って旅行雑誌を広げていた。

「お帰り、外湯楽しめた?」

 心なしか艶っぽくなっている姉、まさかの懇ろかましましたか?

「おぅ、制覇してきたぞ。何か俺たちの方がお邪魔虫っぽくねぇか?」

「「だよね~」」

 あっ、冬樹とハモった……だってこうしてたらラブラブカップルとコブ三つにしか見えないってば。

「そんなことないわよ、三人が戻ってくるの待ってたんだから」

 そんだけイチャイチャしてて何を言うか姉よ。

「あぁ。こんな格好で言うのも何だけど本当に俺が居て大丈夫なのか?」

「勿論、大丈夫じゃない奴なんか誘わねぇって」

 秋都の場合大丈夫じゃない奴むしろ誰よ?ってくらいに人見知りしないんだけどね。冬樹はその点めちゃくちゃ人を選ぶ、見てる限り先輩には懐いてるみたいだけど。

「そうだよ~、んじゃあ今からきょうだいに認定しま~す。だからいたる兄ちゃんって呼ぶから宜しくね~」

 冬樹がそんなこと言うなんて……姉の歴代彼氏とは比較的友好的な態度で接してはいたけどこんな事態は初めてだ。

「だからいたる兄ちゃんとなつ姉ちゃんはもう先輩後輩じゃないからね~」

「「えっ!?」」

 今度は先輩とハモっちゃった……そりゃいきなりこんな事言われたら誰だってビックリしちゃうよね?

「ちょっとハードル高くないですか?」

「……だな、こういうの慣れてなくて」

 そうだよね、無理強いは良くないぞ冬樹。

「大丈夫よ至君、はる、なつ、あき、ふゆって季節でも呟く感じでいいんだから」

 姉は名前の順に指差しながら先輩に説明してる。確か父が立春生まれの姉に『春香』と名付けた事がきっかけで四人子供をもうけて『春夏秋冬』と並べる事に拘ったらしい。母も子沢山を望んでいてその願いは叶ったが、二月生まれの私が『夏絵』なのは子供の頃色々言われたものだ。因みに私の誕生日は二月二十五日、世界的に有名な画家の誕生日と一緒という理由で二番目の『夏』に絵画の『絵』で『夏絵』になった。

「ってことは『なつ』で良いのか?」

「うんうん、ほらなつ姉ちゃんも~」

「えっ、えっとぉ……」

 何か抵抗ある……だってずっと『先輩』だったんだもん。

「『お兄ちゃん』って呼ぶのそんなに難しいの~?」

「しょうがないじゃない、ずっと『先輩』だったんだから」 

「駄目っ! 最初が肝心なのっ!」

 何でそんなの必死なのよっ? こっちの身にもなれっての!

「あんま無理すんなって、取り敢えず宜しく『なつ』」

 そう言って友好の印なのか私の前に右手を差し出してきた。先輩何かすみません、弟のワガママに付き合わせてしまいまして。

「はっはい、宜しくお願いしますせ……じゃない、『お兄ちゃん』」

 こっ恥ずかしいけど悪い気はしない……私も先輩もとい兄の手を握り返したところで部屋の外でカチャカチャと音が聞こえてきた。

「失礼致します、お夕飯の支度をさせて頂きます」

 二人の仲居さんが豪勢な夕飯をテーブルの上に並べていく。うひょー凄い凄すぎる! こんなの見てるだけでお腹が空いてくる……仲居さんたちは手際良く支度を済ませるとひと通りお料理の説明をしてサッと退室された。私たちは豪華な料理を前に気持ち丁寧に座り直し、姉の合図で手を合わせた。

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