trente-quatre

 「あんれ~、なした? 夏絵」

 『安倍商店』に到着して店主深雪みゆきさんに最初にかけられた言葉だ。普段なら間違いなく「いらっしゃ~い!」と声掛けしてるところだろうが、明らかに一人浮いている私に目が行ってしまったのだと思う。

「やっぱり変ですか?」

 いやぁマジ恥ずかしいわ。

「変ではないしたって、ちょびっとめかし込み過ぎなんでねえの?」

「なつの人生が掛かってんです深雪さん! コレでけっ……ふごふご」

 私は慌てて有砂の口を塞ぐ。それを郡司君の前で言うなって。

「何でもありません、お気になさらず~」

「そうかい、したら何にする?」

 深雪さんは苦笑いを浮かべながら私たちを見る。有砂の言わんとしてる事は多分伝わってしまっているだろう。

「あの、『焼肉クレープ』出来ますか?」

 早速郡司君が注文、相当食べたかったようだ。

「あんれ珍しい、よくご存知で」

「中一まで“社宅エリア”に住んでたんです。部活帰りに何度か食べてました」

「へぇ。ありがたいねぇ、憶えてくれてたんだ」

 んじゃ早速。深雪さんは見事な手さばきで生地を広げ、あっという間に作り上げてしまった。ここは基本娘さんが継ぐらしいんだけど、ご次男のお嫁さんである彼女が一番上手にクレープ生地を作るという理由で、先代であるお姑さんが独断で決めてしまったらしい。因みにご長女の満寿美ますみさんは高校時代同好会の顧問としてお世話になった恩師で、料理の腕は私レベルで壊滅的に不味いらしい。

「げんとくは『棒々鶏』、有砂は『バナナチョコ』、夏絵は『ツナレタス』でよかったっけか?」

「「はい、お願いします」」

 と頷くげんとく君と私。一方の有砂は……。

「う~ん、ダイエット中だからなぁ」

「駄菓子屋にダイエット向けの食べ物なんてねえさ、他所行ってくれ」

 深雪さんはケチを付けた有砂をしっしと追い払う。

「冷たっ! そしたら『ベリーベリー』にする」

「はいはい、生クリーム奮発してやっペ」

「何故太らせようとする?」

「アンタは痩せると貧相になるしたからね」

 乳萎むぞ。深雪さんは有砂のたわわな胸を指差して言った。生憎私はその豊満なバストを持ち合わせていない、男にモテない理由ってそれもあるのか? 尻軽だ何だと言っても有砂は割とモテる、見た目ちっちゃ可愛く乳もデカくて女子力もまぁまぁ高いから。

「むぅ~、好きでこの体型ではないのだが」

 有砂は寧ろ萎んでほしいと思っているようで、バストを見つめながら小さくため息を吐く。もし可能であれば私に分けて頂きたいところだが、これってきっと無い物ねだりと言うやつなのだろう。

「有砂は今のままでいいと思うよ」

 私は出来立てのクレープにかぶりつく。うん、美味い。

「そぉかなぁ、三十路を前にメタボは気になるぞ」

 そうは言いつつも創作中のクレープを物欲しそうに見つめてる有砂。

「別に素直に食えばいいと思うがな」

 とげんとく君。体質的なものもあるとは思うけど君大食漢の割に“太る”とは無縁だからね。

「痩せてりゃええもん違う思うけど」

 郡司君は『焼肉クレープ』を美味しそうに頬張ってる。顔が良いと食べる姿もサマになるのね。

「とか言って男は何だかんだで見た目の良い女が好きなんだよな」

「そうそう、男は若い娘が好きだから」

 マトモそうなこと言ってたって男という生き物は若くて可愛い子を選ぶ、所詮そんなもんだと思う。

「何か殺伐としてるぞお前ら」

 げんとく君お顔が引き攣ってますよ。

「「『その人らしさが一番』ちっくなことを吐かしておきながら、男好みのジャンルに沿った女が真っ先に売れていく摩訶不思議」」

 我ながら見事にハモりましたわ、有砂とは物心付いてからずっとつるんでるから思考も似てくるのかねぇ。

「そこでハモるな、やさぐれ過ぎだ」

「「そして自身の老化は棚上げして女には若さと美貌を求めて取っ替え引っ替え……」」

「しないぞ俺は! お前が間違っていることを証明してやる!」

 と何の前触れもなく話に割って入ってきた一二三エリンギ、なぜお前がここにいる?

「俺はそこらの男とは違う! お前を一途に愛してる!」

 確かに違うだろうがお前の場合は人並み以下だ。ついでに言えばこっちは言葉を途中で遮られて軽い消化不良を起こしているのだが。

「キスマーク付けて何吐かしてんだ? 一途が聞いて呆れるわ」

 深雪さんの一言にエリンギの顔色が変わる。あっ、首筋にそれらしき痣見ーっけ、キモッ!

「っ! 変な言い掛かり付けんなババア!」

 三十代でババア呼ばわりされんの? 深雪さん老けてないしいつまで若い気でいるの? 私たちだって来年で三十代なんだけどなぁ。

「年齢差一桁のヤローにババア呼ばわりされたくねえな、いい加減戸川の嬢さんで性欲処理すんの止めにしたら?」

「へっ?」

 ある意味驚愕なアウティングに思わず変な声上げちゃったけど、有砂とげんとく君は涼しい表情なさってるわ、何で?

「なっ!」

 エリンギはさっきまでの勢いがみるみる萎んでいく。あぁ図星なんだね、お前ら結婚でも何でもすりゃいいじゃん。中途半端なブルジョワ同士とってもお似合いですわよおほほ。

「「知らなかったのかよなつ」」

 えっ? 二人とも知ってたの?

「興味無さそうやで、この男そのものに」

 郡司君も興味無さげにクレープを食べながら完全に高見の見物状態。そりゃそうだ、だってエリンギとは面識無いはずだもの。

「イヤイヤ、定期的にそこのラブホで見掛けるよぉ」

 有砂は裏通りの頭一つ抜きん出ている建物を指差して郡司君に説明してる。お前も大概のヘビーユーザーだがな……とまでは言わないが。

「ちっ違うんだ五条っ! 俺を信じてくれ……ぐはぁっ!」

 信頼関係の欠片も築いていないお前の何を信じろと? 取り敢えず寄ってこられてキモいので、反射的にみぞおちめがけて軽く蹴りを入れてやると路上で大袈裟にのたうち回っている。言っておくけど全開モードじゃないよ、制限モード三十五パーセント程度なんだけど図体の割にヘボヘボすぎるわこの男。

「場所変えましょうか?」

 私は何事も無かったかのように振る舞う。郡司君は道端で寝転がるエリンギと私を交互に見つめてくるけど敢えて無視させていただく。有砂とげんとく君にとっては通常範囲内の出来事なのて特に顔色は変わらない。

「そうだね、どこ行こうか? そだっ! “南エリア”でバザーやってるから行ってみようよ」

「んじゃ私車出すわ、そこら辺で待っててくれる?」

「イヤイヤ、そのままなつん家で乗り合わせた方が早いって。バザーだとちょっとデートっぽくなんじゃね?」

 有砂は私に近付いてコソッと耳打ちしてくる。

「今ので多分ドン引きされたよ」

 そう言いながら郡司君の様子を窺うと、エリンギを指差しながら深雪さんと何やら言葉を交わしていた。すると荷台車にポリバケツを乗せて店内から出てきた先代女将が、エリンギの傍らに立つと勢い良くそれを倒す。大量の水だかお湯だかをかぶってずぶ濡れになったエリンギは、大慌てでその場から逃げるように立ち去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る