vingt-huit

『はろはろ~、来週の土曜日空いてますかぁ?』

 有砂が家に来てから一週間ほどが経過し、久し振りに着信アリ。

「うん、空いてるよ」

『郡司君、なつに会いたいって。たださぁ……』

 有砂の声は少々つまらなさそう、何だろ?

『こっちに来たいって言ってんのよぉ、折角デートっぽくいこうと思ってたのに~』

 そういう理由かよ、郡司君が私とデートなんかしたいと思う訳無いだろ。

「きっとげんとく君に会いたかったのよ、私はついで」

『アホかお前、何が悲しゅうて男に会いたいって……大谷元気にしとんのかなぁ? とか言い出すから思わずホモなのか確認したわ』

 はぁ~。有砂は大袈裟にため息なんか吐いてる。いやいやお前一体何の確認しとんのじゃ! 同性の同級生を懐かしんだらLGBT扱いかよ?

「でもひょっとしたら昔を懐かしみたかったんじゃないの?」

『だったらもうちょい親睦深めてからでも良くないかぁ?』

「こっちに居るのって年内まででしょ? 三ヶ月ほどなんてあっという間だよ」

『だからこそ恋をしようよぉ、心に彩りを求めようよぉ』

 まぁ一理あるがお前はそればっかじゃないか。ってかなぜ郡司君に恋をさせたがる? 口振りからすると有砂は狙ってないっぽいんだけど。

「何でもかんでも恋に結びつけなさんな」

『んま~誰のお陰でこうなっとんのじゃ! どうせこの一週間郡司君の名刺と入学時のクラス写真眺め腐ってニタニタしてたくせに~!』

 へっ! 私は誰かに見られているはずも無いのに辺りをキョロキョロしてアルバムを閉じる。何故バレた?

「そんな暇無いわよ、最近上司が代わって毎日クタクタ」

 私はそう言いながら郡司君の名刺をそっと裏返す。

 確かに今の上司に代わって何かと面倒臭くなった。ファイリングの方法、データプログラムの総書き換え、挙句の果てはデスクの配置替え。見易くなって仕事が捗るのならまだしも、はっきり言って効率は落ちてるしこのところ時間内に仕事が終わらず残業続き、更に酷いのは前任課長の文字を見つけただけで処分し始める始末。何かそういうの小物っぽい、いくら若くて顔が良くても面倒臭い男は嫌われます。そんなこんなの最近、中学時代の郡司君のイケメンスマイルが私の癒やしとなっています。彼のことだからきっと当時以上に素敵になってるんだろうなぁ……。

『あ~慣れるまではそうだろうねぇ。でももう二ヶ月近くならない?』

「やっぱり変よね? 普通それだけあれば慣れるよね?」

『だと思うよぉ、変にどっかいじってやり難くなってんじゃないのぉ? あんたんとこ社長が身近なんだから一遍相談してみたら?』

 ほぅ、その手があったか。主任か係長辺りに相談してから考えよう。お二人共前任課長を尊敬なさってるから現状には思うところもおありのはずだ、いない人間をこき下ろして自分を持ち上げようなんて手口ずっとは通用しないんだからね。


 で、翌日。弥生ちゃんが休日出勤の代休でお休みしていて事務処理に忙しくパソコンに向かっている。このところ定時上がりが目標になっていてティーブレイクも返上中だ。

「五条君、お茶を淹れてほしいのだが」

 え~今日まだ目標ペースにいけてないんですが……ってか誰もブレイクしてませんよ。まぁこれも仕事の一環ですからやりますけどもね。

 私は仕方なく席を立って給湯室に向かい、経理課全員分のお茶を準備する。何でお前だけにブレイクさせにゃいかんのだ、誰のせいで作業がやり辛くなってると思ってんだ。

 取り敢えずお茶を沸かして弥生ちゃんが教えてくれた通りの分量で茶葉の準備。ポットのお湯で急須と湯呑みを温めて、案外面倒臭ぇなぁと思いつつもやかんの方のお湯が沸いたので均等にお茶を淹れてっと。見た目は普通に出来た、あとは味だが……うん、普通、出しても大丈夫でしょ。

「どうぞ」

 取り敢えず課長の分だけ先に置いてみんなの分のお茶も配っていく。

「今日は大丈夫なんでしょうね?」

 とぼそっと呟く一期後輩の仲谷なかや君。

「味見したから大丈夫だよ」

 言っておくが味覚は至って正常だ。仲谷君はずずっと一口飲み、今日は大丈夫と周囲の席の男性社員たちに目配せしてる。おいそれどういう意味だ? 彼の反応を見てからようやっとお茶をすすり始める同僚ども、今はもう問題無く出来るのに未だに私のお茶淹れスキルは全く信用されていない。

「おい五条、やかんは無事か?」

 と主任、まぁ私ここでもやかんを黒焦げにし、コンロも一度破壊している。お気持ちは分かりますがもう少し信用してほしい。

「無事ですよ、いつまでそのネタ言い続けるんですか?」

「だって俺その惨事目の前で見てんだぞ、トラウマにもなるよ」

 いやぁホントすんません主任。久し振りにちょこっと和んできてるのに……。

「五条君、これを」

 と課長が何やらメモを差し出してきた。何ぞ? と思って見てみるとんま~顔とは似ても似つかぬミミズを這ったようなきったない字で何か書いてある。こりゃ秋都以上だ、下には下がいるものである。

「何でしょう?」

 こんな字よう読まん、聞いた方が早い。

「お茶の淹れ方を書いておいた、これでもっと上手くなるはずだ」

「そうですか、では冷蔵庫にでも貼っておきます」

 私は後片付けついでに給湯室に入り、ミミズがたくりまくったメモを冷蔵庫にマグネットで貼り付けておいた。

 

 そして更に翌日、出勤した私は早速給湯室の冷蔵庫にさっきコンビニで買ってきたデザートを入れ……たら何故かWordでデザインチラシちっくに作られているお茶レシピが視界に入る。昨日に引き続きまたしても何ぞ? と思ったらミミズ課長がおはようと給湯室に入ってきた。

「おはようございます」

 用はもう済んだのでさっさと給湯室を出ようとするとアレ、と冷蔵庫を指差された。何ざんしょ?まぁ分かってますけどね。

「情報を共有するならこの方がいいかと思って」

 その時間があるなら仕事の手順を元に戻してくれ。

「給湯室内の情報共有くらい手書きで良くありませんか?」

「この方が分かり易くない?」

 ならば丁寧な字を書けばよいではないか、なぜそこに労力を使う? ってかお前一応自覚あるんだな。

「そろそろ仕事に入ります」

「五条君、メモは君のデスクに置いてある」

 はぁ? 要らんわそんなもん!

「アレをお作りなら必要無いかと」

「自宅で練習するといい」

 ミミズ課長の……イケメンスマイルってこんなに気持ち悪かったけ?要は不味かったんだな、だったらこんな回りくどいことしないで『マッズ!』と言ってくれた方がいくらかマシだ。私は当たり障りなく一礼だけしてデスクに戻り、不要になった用紙とともに速攻シュレッダーにかけてやった。

 

 結局この日も定時に仕事を終えられず一時間の残業、普段なら帰宅できてるこの時間にまだ帰路に向かう電車の中……でこの前有砂と話してた事はまだ実行に移せておらず、フラストレーションは溜まるばかり。

 これまで仕事の環境なんてあまり気にした事がなかった。正社員ではあるけど一般職だし、入社時点から前任の課長だったからそれが当たり前で不満らしい不満も無く七年目を迎えている。

 上司が代わればこうも違うものなのか……それは主任や係長の方が切実なのかも知れない、しかも異動前から前任課長と付き合いのある水無子さんへの風当たりのキツさも気にかかる。本人はこんなもんだと平然としているが、これまで何度となく彼女には色々と助けられているのでこういうのって物凄く居心地が悪い。

『いっそ次の人事異動に引っ掛かってくれた方が気楽かもね』

 昼食時、水無子さんはそう言って笑っていた。彼女はどこの課へ行ってもそれなり以上の働きをなさるだろうから大丈夫だと思うのだが、結婚を機に退職が決まっている弥生ちゃんも来年の今頃は職場にいない。睦美ちゃんが居るだけ全然良いが、彼女はまだ若いので会社の方針から考えると異動の可能性はかなり高い。ぬるま湯思考と言われても、私にとって三人と一緒に働けている今の環境が崩れるのは正直嫌だ。

 はぁ~、こんな事考えていると気が滅入る、来週末には郡司君と再会予定なのにこんなシケた面見せられない。

「夏絵さん?」

 電車の中でいきなり声を掛けられた私、ふと顔を上げるとそこに立っていたのは“しもだかげき”もとい“けいじゅ”さんだった。

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