vingt-quatre

 何でコイツ公共の場で大声で名前呼ぶの? 『お前なっちゃん顔じゃないよな』が無くても不快だわ。

「何? いきなり大きな声で。知り合い?」

 水無子さんは思いっ切り嫌そうな顔をしてるし、弥生ちゃんは声の大きい人苦手だからビックリしちゃってるし。睦美ちゃんは……この子案外図太くて一応一二三を見てはいるけど角煮咥えてるわ。

らしい・・・んですけど記憶に全く」

「何それ? 知らないと同じじゃない、だそうですのでお引き取り願えない?」

 さすがは水無子さん、その理屈でいけばコイツは知らない男です。

「あんたら一二三不動産知らないのかよ?」

 あ~今度は取り巻きちっくな男が実家を笠にして援護射撃ですか。コイツ誰だっけ? うん、知らないし興味無い。

「知らない、誰か知ってる?」

「この辺り近郊ではそこそこ手広くやってる不動産屋です」

 一応一二三不動産の事は知っているがそれが何だというのか?どこぞの会社の経営者の息子だからって偉いのは経営者本人であってお前ではない。

「あっそう、私余所出身だから」

「私もです。だから何? としか言いようが」

「ですよねぇ、私だけじゃなくて良かったですぅ。なぁんだローカル企業じゃないですかぁ」

 そうそう、三人とも他県出身だから一二三不動産なんぞ馴染みが薄い。引っ越しなんてそうしょっちゅうしないし、遠方からなら全国展開の大手の方が取っ付き易いと思う。

「実家の名前で怯ませるつもりだったようね、浅ましいにも程があるわ」

「ゲッ! ただのクズじゃん! 夏絵さん、こんなの無視してご飯食べましょう」

 私はこの三人のこういうところが大好きだ。肩書に惑わされない、上っ面だけで人を評価しない出来た人たちなのだ。

「欠席理由は法事ですが」

「えっ?」

「それが聞きたかったんですよね? 他に何か?」

 いい加減人の前をチョロチョロしないでくれまいか、同窓会の案内状だけでも鬱陶しいのにこんな所でまで顔を合わせるなんて拷問に程近いわ。

「い、いや。そうか……」

 そうそうさっさと元いた所に戻りやがれ、そして二度とその面晒すな胸糞悪い。取り巻きの何某はまだ何か言いたそうにしてたけど、お前マジで誰だ? 一二三の取り巻きだから同級生なんだろうけど、憶えてない前提でせめて名乗ってほしかったわ。

「何か雰囲気ぶち壊されたわね」

 水無子さんちょっと不機嫌。

「ごめんなさい、私も予想外で」

「夏絵が謝ることじゃないわ、ああいうの未だにいるのね」

 水無子さんは仕切り直しと言ってビールのおかわりを注文した。私ももう一杯飲もうかな?

「私も付き合います」

「そうこなくちゃ♪」

 水無子さんの機嫌はあっさり治りました。この人ホント引き摺らない、私も見習わないと。完全食べる派の弥生ちゃんと睦美ちゃんも通常運転に戻って美味しそうにエスニック料理を満喫してる、皆様には感謝感謝です。


 その帰り道、皆と別れて駅に向かって歩いていると遠目からではあるが知っている顔を見掛けた。

「先輩?」

 私は思わず男性を凝視してしまう。彼は高校時代に片思いしていた同好会の先輩で、一度クラブ活動の親睦会との称して家に来た事がある。彼も例に漏れず姉に一目惚れしたのだが、私は嫉妬のせいで恋人がいると嘘を吐いてしまったのだ。先輩はゲイで最初から姉を男と認識した上で恋をしていた。それを私が一時の嫉妬で彼の恋をぶち壊してしまい、以来気まずくて殆ど口を聞けなくなってしまった。

「う~ん、悪いことしちゃったよなぁ」

 そうは思いつつも今更謝罪する勇気も無い。何せ十年以上も昔の話、先輩だってそんなの蒸し返されても良い気はしないはず……私は気を取り直して先輩から視線を外し、利用し慣れている私鉄駅へと向かったのだった。


「雨って何かげんなりする~」

 今日は祝日、我が五条家は珍しくきょうだい全員が揃って自宅でダラダラしている。姉と冬樹は癖っ毛で、湿気で髪の毛がうねり易い。私と秋都は直毛なのでそうでもないがやはり多少ペタンとはする。

 今年は梅雨が長い、冬樹の言うように私も雨が苦手だ。両親が飛行機事故で亡くなった当日の朝、その年は夏が無かったんじゃないかというくらいの雨日和が続き、よりにも寄って台風が発生した。結果的に墜落の原因は台風ではなかったのだが、そういった状況で出て行った上で思わぬ別れとなってしまったのでどうしてもその時の出来事を思い出してしまう。

「はぁ~、雨ってキラ~イ」

 冬樹は窓から空を見上げてため息吐いてる。

「雨が嫌なのは分かったからため息吐くんはやめろ、余計げんなりするわ」

「だってぇ、お父さんとお母さんの葬式のこと思い出しちゃうんだも~ん」

 へっ? あんた当時まだ三歳とかだよ、記憶にあんの?

「ふゆホントに憶えてんの?」

 姉が四人分の紅茶を淹れてくれたので、秋都が頂き物のクッキーの缶を開け始める。

「うん、う~っすらとだけ。んとね~、変な中学生と先生ちっくな男が来てさ、なつ姉ちゃんにカッコ付けて『困った時は俺に頼れ』とか言ってたよ。きっと大して親しい人じゃなかったんだろうねぇ、みんなキョト~ンとしてんの、それまでがしめやかだった分笑いそうになっちゃって~」

「へぇ、私全く憶えてない。誰の話?」

 冬樹の記憶力は凄いな、その分良識は壊滅的だけど。

「やぁねぇ、一二三不動産のドラ息子よ。その時のふゆったらね、『中学生如きに何が出来んの?』って。我が弟ながら何て出来の良い子なのかと感動しちゃったわよ」

 一二三そんなこと言ってたの? うわっ、寒っ! でもお姉ちゃん、普通そこは褒めないよ。

「うんうん思い出した~、僕その時に『社交辞令』って言葉覚えたんだよ」

「お前三歳でそんな言葉覚えたのか? やっぱふゆは賢いな」

 イヤイヤ待って、『社交辞令』という言葉を二歳で覚えたのは凄いとしよう。で、葬儀の場で誰がいつその言葉を使ったんだ?

「うわぁ~い、大して嬉しくないけどあき兄ちゃんに褒められた~」

「おうそうか、って嬉しくないって何なんだよ?」

「まぁまぁ気にしない気にしな〜い。ん? なつ姉ちゃん何渋い顔してんの? シワ増えるよ~」

 それを言わないで! 最近お肌に水分保てなくて乾燥気味なんだから。これだけ湿度が高いのに私の肌はどんどん乾いていく……これが“老化”と言うやつなのか?

「うっさいわ! そもそも葬儀の場で『社交辞令』って言葉使うこと自体おかしいでしょ!」

 あれ?何でみんな急に変な顔してくるの? 私の言ってることおかしくないよね? 姉に至っては完全にオス化してるし。何でよ?

「一二三が意味不なこと言うからふゆに教えてやったんだ、どっかおかしなとこあんのかよ?」

 いえ全くございませぇん。

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