quinze

「えっ? 僕ですか?」

 満田君火の粉が飛び火してビックリしちゃってる。そりゃそうだと思う、私の事は百パーセント庇ってくれてたわけだから。

「だってあのパープリンにまともな会話が出来るとでも思ってたの? 甘いわぁ、甘過ぎ」

「ってことは逃げてよかったの?」

「えぇもちろん。一応そうなることも考えていたもの」

「いやぁ流石にそれはどうだろう」

 じゃあ一瞬よぎったアレが正解だったの? そうだとしても私には無理だわぁ、責任放棄みたいで。満田君もその考えだったと思うよ、多分だけど。

「だからあなたがなつを連れてその場から離れたらよかったのよ。まともに話せない相手とは距離を取るのが一番手っ取り早いもの」

「そんなの無責任じゃないですか」

 おっ、あなた結構言い返すタイプなのね。でも相手が宜しくなくてよ、さっきも見てたでしょ?

「無責任? ならいつまでも埒の明かない不毛な会話を続けるのが責任あることなのかしら? あなたがそれにこだわるだけなつへの被害が大きくなるのよ、それ分かって仰ってる?」

「逃げても追いかけてくるじゃないですかああいうのって。だからビシッと言って……」

「通用してなかったじゃない、だったらひと言『寄るなブス!』でなつ連れて逃げる方がよっぽど効率的だと思うけど」

 梅雨ちゃんは思いっきり満田君の言葉をかき消して全否定してる。

「いくら非常識の相手でも初対面でいきなり『ブス』は……」

「いいじゃない事実なんだから。それとも何? あの不毛なやり取りで『女性を庇う俺イケてね?』とか考えてたんじゃないでしょうね?」

「そっそんな暇どこにあるんですか!」

「梅雨ちゃん、いくら何でもそれは……」

 無いでしょ? と言いたかったけど、彼女は美しくも恐ろしい笑顔で私の方に向き直った。

「なつ、もう少しだけ待っててくれる?」

「ハ、ハイ……」

 うぅっ、こうなった梅雨ちゃんには何を言っても勝てる気がしない。傍で見てる分には分からないのよこの怖さ、でも目の前で美女の怒りを体感してごらんなさい。付き合いはそれなりに長いけど冗談抜きで怯むから。ゴメン満田君、私これ以上あなたのフォローは出来ません……梅雨ちゃんは私が大人しくなったのを見てから満田君に向き直り、再びゴングを鳴らす。

「まぁあんなのに捕まったあなたが悪いよね、女連れててナンパされるなんて隙だらけの証拠じゃない。いくら付き合ってないにしろ、ねぇ」

 それは満田君がイケメンで私がそれに見合わない平凡顔だからね……と言いたいけど言えない、今日の梅雨ちゃん半端無く怖い。

「それとも女連れておきながらよそ見でもしてた? 今みたいに蛾が集ってくれたら『あの人モテるのね』的なシチュエーションは出来るものね。それでなつに嫉妬でもしてもらえれば形勢は有利になるもの、そこまで考えての行動ならあなた相当な腹黒よね」

「あなたさっきから何おかしなこと言ってるんですか!」

 そんな言い方したら満田君じゃなくても怒るよ梅雨ちゃん、でも彼女これくらいでは全くへこたれない。

「何もそこまで必死に否定しなくても、かえって怪しいわ」

「僕は夏絵さんにそんな不純な気持ちはありません!」

「あっそう、こっちはあなたの気持ちなんて別にどうでも良かったんだけど。ただそこまで大口叩いた以上、なつのこと泣かすような真似しようものならタダで済むと思わないでね」

 梅雨ちゃんはうっすらと笑みを浮かべて満田君を流し見る。これアレだ、彼女のこの視線は蔑視してる相手にのみ見せるものだ。これを満田君に見せてくるってどういうこと? 気にはなったけどこの時はすぐ脳内の端に追いやられていた。

「……」

「終わったわよなつ、私は家族の所に戻るわね。それと来週の土曜日予定ある?」

 私に対してはいつもの梅雨ちゃんだったのでホッとひと安心する。

「一日暇してます」

「だったら輝と栞預かってもらってもいいかな?その日らんちゃんと胎教レッスンに行くんだけど、お義父さんとお義母さんもお出掛けするらしくて」

「良いよ、その日なら冬樹も居るはずだから」

「だったら輝に勉強教えてやって」

 うん。私の返答に満足した梅雨ちゃんは、綺麗な笑顔を振りまいて家族の待つ方向へと歩いていく。走りたそうにしてたけど妊婦さんだもの、しょうがないよね。梅雨ちゃんは家族の皆と合流するとこっちを振り返って手を振ってきてくれた。一緒に居るらんちゃん、時雨さん、輝、栞、先代社長まで。私は当然の様に手を振り返したんだけど、そのタイミングで満田君に腕を掴まれて引き摺られるように立ち去らざるを得なくなった。

 うわっ! 足がもつれそうになったけど何とかして転ばず満田君に付いていく……と言っても半分は自分の意志じゃない。まさかのとばっちりに怒るのは分かるんだけど、ひと声くらい掛けてくれてからでも罰は当たらないと思う。

「ま、満田君。もう少しゆっくり歩いてくれない?」

 聞こえてないのかな? 満田君は私の腕を引っ張ってずんずんと歩いていく。ねぇどこに向かってんの?正直腕が痛い。

「満田君?」

 ともう一度声を掛けると今度はいきなり足を止め、勢い付いてた私は踏ん張りが効かなくて満田君の体に思いっきりぶつかってしまう。

「あっ、ゴメン」

「いえ……」

 満田君はちょっと落ち着いたのか振り返って私を見下ろしている。何か言いたそうにしてるんだけど……顔が段々近付いてきて私の顔を両手で挟んで唇に柔らかい感触が当たってきた。

 へっ? これってもしかしてキスされてる? イヤ、もしかしなくてもキスされてる! ちょっと待って! 満田君が嫌いな訳じゃないけどこれは正直ナシだわ!

 私は満田君の胸元をトントンと叩いてみるけど一向に離れてくれない、そうしてるうちにこっちをチラチラ見てくる通行人たちの痛い視線に耐えられなくなってくる。これで美男美女なら画になるんだろうけど、残念ながら女である私が平凡顔だから何か残念的な視線を送られて恥ずかしくなってくる。マジ止めてほしい、そもそも私たちお付き合いすらしていないのに。

 もうそろそろ耐え切れないわ、私は満田君の体を押してキスを解く。ちょっと寂しそうな顔を向けられたけど、遊園地のど真ん中で晒し者になるのは勘弁して頂きたい。

「こういうのはちょっとイヤかな」

 これでもやんわり言ったつもりだが、満田君は今にも泣きそうな表情で私を見下ろしてる。何なんだろうこの罪悪感、まるで彼をいじめてるみたいな構図になってないか?

「すみません」

 う~ん、謝るくらいなら初めからしてほしくなかったな。

「僕夏絵さんをお守り出来なくて」

 ん? さっきのアレのこと? イヤイヤあれで十分よ、ってか別に守っていただくほど私はヤワな女じゃない。その手の言葉を吐く男小説の中だけだと思ってたわ、ん~それを現実でされるととんでもなく居心地が悪い。こんなのにときめく女今時いるのかな?そう思うと満田君が痛々しく見えてくる。

「あ~、私自分の身は自分で守れるからお気持ちだけありがたく……」

「そうはいきませんっ! 僕にチャンスをください!」

 チャンス? 何のだ? 私は満田君を見上げて次の言葉を待つ。取り敢えず歯の浮くようなキザったい言葉はやめてね。

「あなたの隣に居させてください!」

 へっ? 今いるじゃない隣にってそうじゃないよね? 分かってますよ分かってますって。それに対する返事……今しなきゃ駄目かな?

「……」

「夏絵さん?」

「少し時間くれない?」

 久し振りに恋愛運が上がりつつある矢先に我ながら冷静なんだから非情なんだかよく分からん返事したぞ、しかもびっくりするくらい超冷静に。

「分かりました、今日は取り敢えず楽しみましょう」

 満田君が物分り良くてホッとしたわ。ただこの後色んなアトラクションを利用したけど何がなんだかよく分からなくてとにかく疲れた一日でした。

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