ガチで婚活三十路前 〜後光煌めく後輩編〜
onze
「フラレましたかぁ」
「フラレましたねぇ」
あのデートから一週間ほどが過ぎ、私は幼馴染の有砂と行きつけの居酒屋で酒を酌み交わしている。有砂はそれこそ幼稚園の頃からの付き合いで、社会人になった今なお定期的に会っている親友とも言える女だ。
正直に言うと彼女は典型的なぶりっ子で同性には嫌われやすい。本人も自覚はある様だけど特に直す気は無いみたい。
『みんな何だかんだで男意識してんじゃん、下手に見せないようにして格好付けてる方が歪だっての』
確かにそうよね。私だってこの程度のなりでも男性を意識してないと言えば嘘になる。いくら地味で平凡とは言えある程度見せられる格好をしてお化粧も施してはいるんだから。
「しかも
「そうなのよね、まぁ正直お姉ちゃんには勝てる気しないわぁ」
そう、これまでだってそうだった。高校時代ちょこっと好きだった先輩に始まり、大学時代にお付き合いしていた元カレ、合コンで知り合った取引先の男性など、家族と顔を合わせた男共は揃いも揃って女神顔負けの美貌を持つ姉に惚れていく。特に元カレは大学時代四年間交際し、社会人になっても続いていたので結婚も意識していた。ところがある日一瞬にして打ち砕かれ、元カレはあっさりと私を振ってくれた。
さすがに元カレの時は数日寝込んだものの、男は何だかんだで美女が好きなんだろうと思うくらいで姉の事を疎ましく思ったことは一度も無い。その後彼は海外転勤を言い渡されて今はソウルに居るらしい。今思えばもし結婚してたら韓国で暮らさなければならなかったかも知れないと思うとゾッとする。だってハングル語話せないし韓流ドラマ興味無いし寒い所苦手だし、何より辛い食べ物でお腹を壊す私にソウルでの暮らしなんぞ耐えられる訳が無い。そう思えば破局してて良かったのかもしれない、考え方を少し変えれば厄除けの神様だとも思えてくる、たまに本性出ると怖いけど。
「そう言えばなつをフッた霜田さん? あの人今でもはる姉さんに惚れてんのかねぇ?」
「どうだろう? 何も言ってこないけど」
「そっかぁ、はる姉さんのことだから軽~く脅しかけてたりしてぇ」
「そうかも知んねぇぞ、はるの奴家族のことになると見境無くなるからな」
居酒屋店主ゴローちゃんが注文していたゴーヤチャンプルをコトンと置く。ゴローちゃんこと
「そうかなぁ? そんなことしてないと……」
「言い切れるか?」
「でもアレ出しちゃマズいでしょ? その辺のところは弁えてると思うけど」
「それはどうかなぁ?」
有砂はコテンと首を傾げる。そう言えばこの仕草を『ぶりっ子』と非難してた高校の同級生がいたけど、私はむしろアホっぽくしか見えないので得をしてるとは思えないし本人は至って無自覚だ。
「あたっ! また首いわした」
こんな調子だからこの子へのぶりっ子非難は不毛だと思う……っと話脱線しました。
「何で三悪トリオと鉢合うタイミングで誘ったんだろうな?」
う~ん、私もそこは気になってたから……未だ確認は取ってないけど。
「ふゆの可能性はぁ? その日の朝の状況見てるよねぇ?」
「ふゆかぁ……あいつ顔以外は真っ黒だからな、ミッツはともかくゲンとサクは脳筋単純バカだからあっさり乗せられてそうだ」
「うんうん、姉の幸せを考えたらあの三悪トリオは汚点になるもん。私なら絶対隠すっ!」
イヤイヤ、今隠したところでいずれバレるからね、あいつらも幼馴染なんだから……と言いたいところだが、それで盛り上がり始めた二人の間に入るのはやめておこう。私はゴーヤチャンプルに箸を付け、残りの酒を飲む。これを食べてるとご飯が欲しくなってきた。
追加注文したいところだけど今ゴローちゃんは有砂に夢中……小学生の頃から彼女に片思いしてて、何十回と告白してはことごとくフラレてる可哀想な男である。背もそこそこ高いし顔だって悪くない、いや、むしろ良い方だ。『イケメンのいる大衆居酒屋』として雑誌に紹介されたこともあるし、若い頃は街を歩けば芸能事務所とやらにスカウトされてたほどだ。
幼馴染というハンデもあるだろうけど、超絶面食いの有砂は何故にゴローちゃんを選ばない? これまで付き合ってきた男共はお世辞にも彼ほどの男前ではなかったぞ。有砂の恋愛傾向として追われるよりも追いかけろ! なので物足りないのかもしれないけど、顔良し性格良しのゴローちゃんはなかなかの優良物件だと思うよなどと思ってる間に、楓さんがこっちに来てくれたのでご飯を一杯注文した。
「ごめんなさい楓さん、ゴローちゃん取り込み中みたいで」
私は二人に聞こえないよう楓さんにコソッと伝えた。
「みたいね、少し待っててくれる?」
彼女は和服姿で忙しく動き回っている。そろそろお姉様のご多忙に気付こうかゴローちゃん。と思ってたら新たな客が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
ようやっと有砂から離れて接客体勢に入るゴローちゃん、話し声から察するにご新規客は男性二人組のようでカウンター席に居る私の隣に座ってきた。今日は空いてるんだからテーブル席使えばいいのにと気持ち椅子をずらして離れようとすると、隣の男性に声を掛けられた。
「先日はどうも」
へっ? 私は驚いて振り向くと、本屋で六年ぶりの再会を果たしたばかりの満田君がスーツ姿でそこに居た。
「連絡くださらないなんて酷いじゃないですか」
連絡? あっ、忘れてた。
「ごめんなさい、ちょっとバタバタしてて」
私は言い訳がましくテキトーな事を言って誤魔化そうとしたが、こういう時に茶化してくるお気楽女がいるので今日のところは余り関わってほしくない。
「あれぇ? そちらの方はぁ?」
案の定お気楽女有砂がこっちに興味を示してきた。満田君と一緒にいる男性は“アベノセイメイ”でワタワタしてたあの男性店員さんだ。
「うん、大学時代の知り合い」
「そうなんだぁ、紹介してよぉ」
有砂は満田君に興味津々……かと思ったら隣の席の店員さんの方でした。ちゃっかり彼の隣に移動してるわ。
「初めましてぇ、内海有砂でぇす」
彼女は満田君そっちのけで勝手に二人の世界を作ろうとしてる。当然だけど店員さんの方はかなりお困りの様だけど……ん? 左手薬指が光ってるぞ。
「
立浪さんは有砂に丁寧な挨拶をしてるけど、言い寄られたくなければ結婚してる事話しておいた方が良いんじゃ……と思ってたら楓さんがお待ちどうさまと声を掛けてくれた。ふふふっ、ほかほかの白ご飯だ、ここでは今や懐かしきかまどでお米を炊いているので家ではまず食べられない。
「ありがとうございます、いただきまぁす」
私はまず始めに真っ白な炊きたてご飯をパクリ、炊飯器ではこの優しい甘みが上手く出ないのよ……なんていっちょ前な事言ってるけど私は全く料理が出来ない。でも美味しいのは素人舌でもよ~く分かりますよ、もう最っ高です!
「ん~美味し~」
幸せだわ~、生きてて良かったわ~なんて思ってたら満田君が幸せそうですねと声を掛けてきた。あっゴメン、一人の世界に浸ってたわ。
「僕も白ご飯頂けますか?」
満田君あっさり感化されてます。
「あっ、ゴーヤチャンプル食べる?」
私は勢いでお勧めしてみたけど、良く考えたらこれ食べかけだ。
「僕ゴーヤ好きなんです、頂きます」
「でも大丈夫? 食べかけだよ」
ちょっと遅かったかもだけど口に入れる前にちゃんと伝えたよ私。でも彼は気にしてないようですぐに出してもらったご飯の上にゴーヤチャンプルを乗っけていた。
「僕そういうのあまり気にしないんで。それに夏絵さんのでしたらむしろ嬉しいです」
後半の台詞はん? って気もしたけど、取り敢えず潔癖君ではない事が分かったので聞かなかったことにしておく。私たちが白ご飯とゴーヤチャンプルに舌鼓を打っている間、立浪さんと有砂は体を寄せ合って親密そうに話し込んでいた。この時のゴローちゃんの不機嫌っ振りには気付いていた(かなり露骨だったから常連客さんなら気づいてたと思う)が、立浪さんが結婚指輪をこっそり抜き取っていたことにまでは気付けなかった。
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