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 でいざデートとなると霜田さんの運転は案外まともでホッとした。社内の雰囲気は至って和やか、ただ一つ違う事と言えば……。

「ところで、先程の方は妹さんですか?」

 ほぅ、そうきましたか。確かに姉は年齢よりも多少若く見られる事が多いけど、私と並んで歳下と見られる事はほぼ無い。顔立ちが平凡で凹凸の少ない私もどちらかと言えば童顔で、実年齢よりも若く見られる事の方が多いからだ。ん? でも待てよ、『妹を・・宜しくお願いします』って言って送り出してくれたはずなんだけど。

「いえ、姉と言うかです」

 えっ! 霜田さんは素っ頓狂な声を上げて驚いている。はい、お気持ちはよく分かりますよ、見た目は完璧“女性”ですからね。

「ま、まさかお姉様・・・だったなんてっ!」

 オイオイそっちかよ? しかも最後まで話聞いてないし。

「あっ、いえっ、そのぉ。夏絵さんってしっかりなさってるからてっきりご長女なのかと……」

 えぇ私長女ですのよ、だって家のきょうだい編成は男、女、男、男ですからね。さっき姉イコール兄という説明はしたけど間違い無く記憶に留まってないご様子、今更蒸し返すのも面倒臭いのでこのまま話を進める。

「えぇ、まぁ(長女ですから)」

「それにしてもお綺麗な方でしたね、お名前、伺っても宜しいですか?」

 この人ホント素直だわ、興味の有ることには一直線と言うか何と言うか。

「はるかです」

 まぁ正直に答えてあげてる・・・・私も私なんだけど。

「どんな字を書かれるんですか?」

「季節の春に香るではるかです」

「お名前もお綺麗なんですね」

「ソウデスネ」

 えぇえぇ分かってますよ、アナタの心の変化なんぞ三歳児でも気付くわいな。今日は一応私との・・・デートのはずなのではなかったのか? ひょっとして思い過ごしだったのか? まぁ今更どうでも良いか、これは完全に詰みましたね。しかしまぁそこまで露骨だと逆に清々しいわ、多分彼の方から断ってくれるだろうから私はただただ黙っておけば良し。ってかお前から断れ、何なら今すぐこの場で断ってくれても構わん。

「ところで霜田さん?」

「はい、何でしょうか? あっ! 春香さんってお幾つなんですかっ?」

 チッ、嫌味の一つくらい言わせろや……とは思ったが敢えて笑顔で応じてやる。

「二つ上ですから三十一です」

「そうですかぁ、歳も近いし話も合いそうですね」

 う~んそれはどうだろうか? 言っておくけど姉は万年筆に興味は無いと思う。一応使ってるよ万年筆、日頃使ってる小物だってほぼブランド物だ。仕事柄どこぞの企業のお偉方を相手してるから、頭のてっぺんから足の爪先まで手入れだって行き届いてる。

 姉の働くオカマクラブはそこらのキャバクラとは一線を画し、どちらかと言えば高級クラブ寄りの客層なのだ。だからホステスたちもそれに見合った勉強が欠かせないそうで、三十路過ぎても指名数上位でいるにはニコニコ笑っているだけではいられないと毎朝六社の新聞を端から端まで読んでいる。この国の情勢をきっちりと把握して、ありとあらゆるジャンルの最先端情報も網羅し、あとは英語も話せてテーブルマナーも滞りなくこなせて……そら女子力も上がりますよね。霜田さんも年齢の割にはきちんとされてる様だけど、男を見る目が異常に肥えてる姉のお眼鏡に叶うとは正直言って思えない……ってそこまで教えてやる義理立ては無いわよね。

 と言っている間に最初の目的地に到着したようだ……と思ったら大型駐車場だった。要はここから歩くのね、別に構わないけどそれなら電車でも良くなかった? 駐車料金って結構馬鹿にならないよ、車出すならもうちょっと自然豊かな場所とかドライブっぽい事がしたかった……って今日で終わるから良いけど。

「夏絵さん……えと、“なっちゃん”と……」

「夏絵さんで良いですよ、ご無理なさらず」

 何が“なっちゃん”だ気色悪い、早くも姉(兄ですけどね)婿気取りかよ。それ以前に私は“なっちゃん”と呼ばれるのが超絶嫌いだ。

『お前“なっちゃん”顔じゃねぇよな』

 多分小学生の頃の心無いジョーク(そやつの中では)のつもりだったのだろうが、当時の私はまだまだ乙女で硝子のハートを持っていた。それが一度二度なら構わないけど飽きもせず六年間毎日吐かしてくれたからな。

『だったら呼ばなきゃいいでしょ?』

 そう言い返してもそいつは挨拶のようにそれをやめなかった。“継続は力なり”とは言うけれど、その“継続”はどう考えても必要無いだろうがと思うのは私だけではないはずだ。今となっては顔も名前も忘れたけどね。

「あの、夏絵さん? 僕何か失礼な事をしたでしょうか?」

 あら、一応気遣ってはくださるのね? まぁ“なっちゃん”ごときで嫌な事思い出して機嫌を損ねるのも大人気ないですわねおほほ。って言うか最初っからずっと失礼ですよアナタの場合、もう今更だけど。

「いえ別に。ところでどこに向かってるんです?」

「古本屋街です」

 一応“初デート”ですよね私とは。いえね、本は割と好きですよ、でもでもだからって顔と名前以外まともに分からない相手との“デート”に適してる場所とは思えないのよ私には。ねぇねぇ誰か教えてよ、七年振りにデートしてる経験値最低ランクのワタクシに。

「夏絵さん、本はお嫌いでしたか?」

「いえ、嫌いではありませんよ。でもどうして?」

 分からなければ聞けばいい、これ鉄則ね。

「本屋に一緒に行けばあなたの趣味が分かるのでは、と思ったんです。夏絵さんは多くを語られない方ですから、前回お会いした時間ではどういったものがお好きなのか把握しきれなかったんです」

 そりゃまぁそうでしょうね。言い訳させてもらうとアナタ万年筆と“浪漫カフェ”の話題で二時間語り通しだったじゃないですか、着物姿で来てた私の気力体力はもう限界でした。

「そういう事でしたら早速行きましょうか、学生時代はよく通っていましたから」

「はいっ!」

 霜田さんはふにゃっと表情が緩んで笑顔を見せた。う~んやっぱり悪い人ではないんだけど今更その顔にはときめかないわ。でもまぁお気持ちはありがたく頂いておきましょう、私は久し振りの古本屋街を楽しむことにした。

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