第五話 御機嫌斜めのドルフィンキーパー
「なあ、
「なんのお話ですか?」
「おおお、マジでまだ怒ってるのか」
「ですから、なんのお話かかわりません」
お昼ご飯を食べようとトレーを持って座ったところで、前の席に
「お二人とも食べ終わったのなら、あっちに行ったらどうですか? そんなふうにひっきりなしに話しかけられたら、ゆっくりご飯も食べられないじゃないですか」
「そう言えば俺達も
席取りのかわりに帽子をその場に置いて、カウンターへと歩いていく二人。戻ってくるまでに急いで食べて逃げようか?とも考えたけど、食べ始めたばかりだから、どう考えても無理だ。食べている間ぐらいは黙ってくれると期待しておこう。……無理か。
しばらくして、二人はトレーを手に戻ってきた。おかずは山盛りの千切りキャベツに大きなトンカツ。それからてんこ盛りのご飯にお味噌汁、そしてお新香。やはり男の人は食べる量が違うなと、感心してしまう。
「浜路さん、それで足りるのかい?」
私のお皿をのぞきこんだ白勢一尉が質問してきた。ちなみに私のお皿には、トンカツのかわりにエビフライとポテトコロッケが一つずつ、そしてやっぱり千切りキャベツが山盛り。
「これで十分ですよ。キャベツが多すぎて、これだけでお腹いっぱいになっちゃうぐらいです。少なくしてくださいってお願いしたら、逆に山盛り入れられちゃいました」
ソースをかけてなんとか半分ぐらい食べたところで、もう満腹な気分だ。デザートのプリンを楽しみにしているんだけど、食べきれるだろうか?
「なんだよ、白勢には普通にしゃべるくせに、俺のことはガン無視か?」
「ですから、なんのことかわかりません」
わざとツンとした顔をしてみせてから、エビフライをかじる。
「ダッシュして逃げるぐらい、嫌いだとは思わなかったんだよ。カナブンって、メタリックカラーの綺麗な色のものも多いし、顔も良く見たらけっこう可愛いんだけどな」
「それは因幡一尉の個人的見解ですよね? 私には関係ありません」
「なあ白勢、なんとか言ってやってくれよ」
とうとう因幡一尉は、白勢一尉に援護要請を出した。
「そんなこと言われても。最初の反応で、浜路三曹が虫が苦手だってのは、わかりそうなものでしょ。あれはどう考えても、因幡さんが悪いです。奥さんに同じようなことをしたこと、ありますか?」
「そんなことしたら即離婚ですよ」
私が横から付け加えると、わざとじゃないのにと、ブツブツと呟きながらトンカツをほおばる。それから少し考えた後に、私のほうを見て再び口を開いた。
「嫁を怒らせたら、それなりに
「別になにも。だって、なんのお話かわかりませんし」
私はツン顔を継続中。因幡一尉がガックリとうなだれたところで、白勢一尉がなにか思いついたような顔をした。
「浜路さん、甘いモノは好きかい?」
「好きですけどそれがなにか?」
「女の子は甘いモノが別腹って言うじゃないか」
「まあ限度はありますけど、別腹はありかもですね」
それがなにか?と首をかしげる。
「プリンは好き?」
「好きですよ。今日のデザートのプリンもすごく楽しみにしてますし。千切りキャベツのせいで、ちょっとお腹の空きが微妙なところですけど」
「だったら、お
そう言いながら、白勢一尉は自分のトレーに乗っていたプリンを、私のトレーに乗せた。そして、因幡一尉のトレーの上に乗っていたプリンも取りあげる。
「おい、それは俺のプリン……」
「なに言ってるんですか。俺のだけじゃなくて、因幡さんのを渡さなきゃ意味がないじゃないですか。許してもらえるかどうかは別として」
そう言って白勢一尉は容赦なく取りあげると、自分が乗せたプリンの上に積み上げた。なんとプリンが三つになった。
「ま、気持ちの問題ってやつだから。さっきの騒動に見合うかどうか、俺にはわからないけどね」
「あの、だったら一つお願いが」
「なんだい?」
今度は白勢一尉が首をかしげる。
「コロッケ、助けてもらえませんか、プリン三つを食べるとなると、さすがにコロッケは無理なので。食べないであっちに持っていくと、おばちゃんにしかられちゃいますし」
「いいのかい? 午後からは忙しくなるし、それだけじゃ、夕飯まで腹がもつとは思えないけど」
「プリンを三つ食べれば大丈夫ですよ」
「無理していま食べなくても、冷蔵庫で確保しておいてもらえばいいじゃないか」
「だって名前を書いておいても、誰かに食べられちゃったら困りますし」
そう言いながら、「俺のプリン」と未練たらしくブツブツと呟いている因幡一尉に目を向ける。
「なるほど……わかった。じゃあコロッケは俺が引き取ろう」
「お願いします」
「因幡さん、プリンのかわりに半分コロッケ食べますか?」
「揚げ物はトンカツだけで十分だ。ああ、俺のプリンちゃん……」
情けない口調でそうつぶやきながら、物欲しげな視線を積み上げられたプリンに向けた。
「そこまでプリンにこだわるってことは、虫のことを悪かったと思っていないってことじゃないですか。
「まさかプリンを奪われるとは、思ってなかったんだよ!」
どうやら因幡一尉も、このプリンがお気に入りのようだ。だったらなおさら、これは返すわけにはいかない。目の前でしっかりおいしそうに食べてやる。
「全然お
「……だったらこいつをやる!」
因幡一尉は、いきなり白勢一尉の肩をつかんで、自分の方に引き寄せた。
「はあ?」
「俺のことはやれないが白勢ならやる。こいつがブルーを離れるまで、浜路の好きに使ってくれて良い! それが俺のお
「なんで俺が」
「っていうか、それってお
そんなわけで、白勢一尉はなぜか、時間がある時限定で、私の雑用係に任命されることになってしまった。三曹なのに一尉を使い走りにするなんて、早々できないことだぞと言われたけど、やっぱり納得がいかない。
+++
「
「それは私も同じ気持ちですよ、まったく
午後からの飛行訓練に備えて整備道具の手入れをしながら、私達はお互いにつぶやいた。
「しかも因幡一尉は今お昼寝中なんですよね? まったくお
その前にくだんのカナブンを捕まえてこなきゃいけないんだけど、それは目の前の一尉さんに捕まえてきてもらおうか……? そんなことを考えていたら、なにか察したのか顔をしかめながらこっちを見た。
「来月から因幡さんとは
「おや、残念」
どうやら私がなにを頼もうとしているか、察したらしい。
「あの、一尉はバカ正直に手伝わなくても良いんですよ? 昼からも飛ぶんでしょ? 休憩するのも仕事のうちなんだから」
オイルで汚れた工具を、布で丁寧に拭いている一尉に声をかけた。
「それを言うならそっちだって同じだろ? 休み時間なんだから、道具の手入れなんてせずに、休んでおけば良いじゃないか」
「整備道具をきちんとしておかないと、点検の時に困るのはこっちなんですからね。それに、私は別に操縦するわけじゃないですし、皆さんが空に上がっている間は、それなりにゆっくりできますから御心配なく」
もちろん、全員が戻ってくるまで地上で呑気に遊んでいるわけじゃない。自分達の頭上を通過する時は、正常に飛べているかチェックしているし、各機の間で交わされる通信を聞きながら、突発的な異常事態に備えて常に待機しているのだ。
「それで、午後からは誰の後ろに乗せてもらうんですか? 次も因幡一尉?」
「いや。午後からは隊長の後ろの乗れと言われた」
「へえ。じゃあ隊長みずからの指導が入るんですね。すごーい」
「なにを言われるのやら。少し怖い気もするな」
一尉は戸惑いを含んだ笑みを浮かべる。
「隊長は優しい人ですよ。あ、そうだ。隊長も、航学出身じゃなくて一般の大学を出て空自に入隊した人なんですよね。一尉とは気が合うんじゃないかな」
「だと良いんだが」
そこで会話は途切れ、二人してひたすら工具の手入れに没頭した。
「なあ、るい」
「わあ?!」
いきなり名前を呼ばれて、レンチを足元に落としてしまった。
「な、なんなんですか、いきなり!」
航空祭の帰りの輸送機の中で、そう呼んでもいいだろうかと提案した一尉。もちろん私の出した答えは「却下」だった。それなのに本人はまだあきらめていないらしい。
「二人だけの時ぐらい、そう呼んでも良いかなって思ったんだけどな。これからは、三番機のパイロットと整備員ってことで、仲良くしていかなくちゃならないわけだし?」
「まだ訓練が始まったってだけで、三番機に乗れると決まったわけじゃないでしょ。そういうことは、決定してから言うものですよ」
「ってことは、正式に三番機を任されるようになったら、るいって呼んでもかまわないってことだな。わかった」
「だからそうじゃなくて……」
「お? お邪魔だったか?」
「こちらこそお邪魔してます。工具の手入れの手伝いをさせてもらっているんですよ」
「良い心がけですよ、白勢一尉。パイロットは飛ばす時以外の時でも、自分が乗る機体のことを気にかけるべきだ」
「同感です」
あっと言う間に「男の子同士」の話を始めてしまった二人。あの、白勢一尉は私のお手伝いをするために、ここにいるんですけどね? 聞いてますか? おーい?
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