架空差別をゆるさない

ちびまるフォイ

ヒホパじんの誕生

この世界にはイライラすることばかりだ。


電車が3分遅れてもイラつく。

歩道を横に広がりながら歩くのがムカつく。

声がデカイのがムカつく。


けれど、その瞬間に悪態をつくこともできない。


感情の鍋をイライラで煮えたぎらせたまま家に帰り、

誰にもいないところで、誰にも迷惑のかけない形で発散できるか。


できない。

どうしても舌打ちなどがふいに漏れ出てしまう時がある。


「おい、今舌打ちしただろ!?」

「あ、いえ、これは、その……」


「ヤッチマイナー!!」


ボコボコにされた後で、抑えきれなかった自分に反省する。

でも、感情を抑えるのは本当にいいのだろうか。


「……そうだ。わからない形で悪態をついてやろう」


悩んだ末に、「ヒホパ人」ということにした。


なお、この「ヒホパ人」は実在する人物団体などとは一切の関係なく

完全無欠に俺の創作した架空人種。存在なんてしない。



『ただいま、お客様を窓から追い出した都合で、

 電車が3分ほど到着が遅れております』


電車のアナウンスで朝から小さくイラッとした。

こんなときこそ、ヒホパ人。


「ったく、今日は学期末のテストで早く学校に行きたかったのに。

 迷惑かけたやつは絶対にヒホパ人だな。

 あいつらは人の迷惑なんて考えずにいつも行動するから」


「なにその「ヒホパ人」て?」


「俺が作った架空の人」

「あはは、なんだよそれ。ヒマすぎるだろ」


「でも、これならいくら悪口いっても問題ないだろ」


なんでもかんでも「ヒホパ人」に結びつければ、

その瞬間にたまるストレスを「ヒホパ人」が肩代わりしてくれる。


「ああーーテストダメだったぁ。補習確定だわ。

 ほんともう、ヒホパ人はみんな死ねばいいのに」


「あはははは、ヒホパ人関係ないだろ」


「いいんだよ。ヒホパ人は、そうだなぁ、あいつらは全員害悪なんだ。

 生きているだけでウイルスを広める悪い人種なんだ。

 という設定にする」


「オレもヒホパ人使ってみよっと」


俺の作り出した奇妙な「ヒホパ人」は学内で急速に広まった。


「あいつまじヒホパ人だな」

「ヒホパ人ほど悪くはないな」

「ヒホパだったら殴ってた」


急激に広まった「ヒホパ人」には設定がどんどん盛られて、

その人によって設定がまちまちの不思議な存在になった。


「ヒホパ人は服を理解できないほどバカだから

 いっつも全裸で過ごしているんだぜ」


「こないだヒホパ人に会ったら、あいつら道路に用を足してた。

 ホント品のない奴らだよな。死ねばいいのに」


「この国にヒホパ人がいたら絶対終わりだよな」


やがてSNSにもヒホパ人は飛び火して、架空人物「ヒホパ人」が興味を引き立てた。


>ヒホパ人のせいで天気が悪くなった

>ヒホパ人が家にいたらゴキブリ食べさせる

>こういう不祥事はすべてヒホパ人のせい

>ヒホパ人は皆殺しにすればいい

>実験にヒホパ人の集落にミサイル打ち込め


とくにSNSではヒホパ人への風当たりは強く、

いかにストレスのはけ口としてネットが利用されているのかを思い知った。


ヒホパ人はすでに俺の手を離れて、どんどんそのイメージは広がっていく。



>ヒホパ人描いてみたwwwwww


掲載された画像には出るものをすべて出しながら歩いている人が描かれ、

吹き出しには「ヒホパ、トイレの勉強してないですぅ~」とIQ低そうな吹き出しが載せてあった。


その雑すぎる絵はいろんな場所でコラ画像を作り出し、動画化もされた。


「あはははは、こんなのがヒホパ人なのかよ」


もちろん「いいやこれはヒホパ人じゃない」とか

「ヒホパ人はもっと鼻がデカい」とか「ヒホパ人は毛深い」とか

各々の勝手なイメージを持ち寄っては闇鍋のように描き足されていった。



みんなで作り出した偶像のサンドバック「ヒホパ人」は、

ネットのオモチャとしてひどく重宝された。


でも――。



『そういう差別はよくないと思います。

 ヒホパ人を貶める行為はけして褒められるものではありません』



待ったをかける人が出てきた。


「こいつ……バカか? もしかして、本当にヒホパ人なんて人種がいると思って

 ガチで反論しにきたのかな……」


一応、俺はヒホパ人が架空の人種であることを伝えることに。

返事はすぐに返ってきた。


『ヒホパ人が存在しないことも知っています。

 でも、たとえそれが存在しないものでも悪口は良くないです』


「え……」


『あなたはヒホパ人を貶められるほどの偉い人なんですか?

 なんの権利があってヒホパ人を悪く言うんですか。

 ヒホパ人を好きな人だってたくさんいるんですよ!』


「いないよ! だって架空だよ! フィクション!

 なにを隠そう俺が作り出したイメージなんだよ!」


『それがどうしたっていうんですか。

 あなたが知らないだけでヒホパ人がこの宇宙銀河のどこかにいるかもしれない。

 それが地球にきて視察して、この状況を見たらどう思いますか?』


「いや、どう思うって……」


『こんなに批判されたら泣いちゃうでしょう!』


「いやその理屈はおかしい!!」


ヒホパ人論争はますます強火で炎上した。


最初の人は自分なりの正義感からくるものだったが、

面白がってヒホパ人を弁護する人も出てきてどんどんヒートアップ。


「ヒホパ人なんてクソだ!」

「そういう批判をすることこそが間違ってる!」


「だって実在しないんだよ。どうしてヒホパ人を悪く言うのがダメなんだよ!」


「実在しなくても、ヒホパ人のことを考えるとこっちは嫌な気分になるんだよ!」


「だったら見なきゃいいだろ!」

「目に入るんだよ!!」


完全に両者互角だと思っていたヒホパ人の扱いだったが、

ある日突然に風向きが変わった。


「……なんだこれ?」


道路にはマネキンが置かれていて、肩から「ヒホパ人」と書いたタスキがかけられていた。


「知らないんですか? "ヒホパ人を守り隊"という団体が

 いまこうして色んな場所にマネキンを置いてるんですよ」


「な、なんで?」

「さぁ?」


「ヒホパ人じゃないんだから……」



ピー!!


どこからか笛が鳴らされて警棒をもった集団が押し寄せた。


「私達はヒホパ人を守り隊です! 今、あなたはヒホパ人を侮辱しましたね!」


「いやだから、ヒホパ人なんて実在しな――」


「しますよ!! ここにいるでしょう!?」

「このマネキン!?」

「マネキンじゃありません、ヒホパ人です」


マネキンによりついにヒホパ人は実世界に爆誕した。


「見てください、ヒホパ人の顔を。悲しそうにしているでしょう。

 あなたの言葉で傷ついたんですよ。謝ってください」


「でもこれマネキン……」

「金魚じゃなくてヒホパ人です!」


ヒホパ人の実体化運動は広まって、もう誰もヒホパ人を悪く言えなくなっていた。


監視カメラの数より多いヒホパ人が街のあちこちに乱立し、

まるでヒホパ人の批判をキャッチしてしまう監視装置にも見えてきた。


「もう、ヒホパ人を批判できないなぁ……」


最初はただの想像の産物だったヒホパ人も、もはや別の存在となってしまった。

また新しい架空人種を作ったところで同じ結末になるだろう。


自分で作った砂のお城を目の前でぶっ壊されたようなやるせなさを感じた。


「ああ、そうだ。悪く言えば批判されるなら、褒めることにしよう」


それでも俺は砂場を去ることだけはしたくなかった。

今度はヒホパ人を褒める方向で使うようにした。


「今日もいい天気。これはきっとヒホパ人のおかげだな」

「俺もヒホパ人を見習わなくちゃ」

「ヒホパ人ならもっといい仕事をするだろうな」


やがて、俺の架空人種ヒホパ人を褒める運動は広まって――







「ああ、全知全能なるヒホパ神!! どうか我に幸福を与えたまえ!!!」



そのとき、新しい宗教が爆誕した。

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