『カタリ』AND『バーグさん』
蒲生 竜哉
電子支援小説執筆の現実
ヴン……
ターミナル起動
メインフレーム起動
LINDBERG(Literary INtelligence & Dictation Baseline Enhanced with cross Reference & Grouping)起動開始
LINDBERG接続
LINDBERG起動完結
−−−−
リンドバーグはモニターの内側からいつものように外の世界の観察を始めた。
いるいる。今日も、いる。
日本各地から接続している
レッドブルを飲んでいる人。
変なフクロウのぬいぐるみに話しかけているアブナイ人。
並んでお揃いのパソコンを叩いている仲の良い双子の兄弟。
かつては素手で熊を撲殺すると豪語していた元空手家。
はるばる北米から接続している大柄の超時空執筆家。
自作よりも勝手にランキング評論の方がPVが多くて腐っている社長さん。
エロ小説なんて書きたくないのにエロとアホネタしか思いつけない理系女子……
(そんなに必死になったら、出るアイディアも出なくなっちゃうのに)
とリンドバーグは嘆息する。
(リラックス、リラックス、もっとアタマを柔らかくして)
ひとしきりユーザー達の様子を眺め、応援の♡ とコメントをあっちこっちに振りまいてから今度は彼女が一番心を砕いているユーザーのカタリィ・ノヴェルを探す。
カタリィ・ノヴェルというのはたぶんペンネームだ。
だいたい、日本人のくせに名前に『ヴ』はないだろう、『ヴ』は。
リンドバーグは自分がLINDBERGといういささか凝りすぎた型式名のAIであることを棚に上げてひとしきり毒を吐く。
(あ、見つけました)
リンドバーグはカクヨム空間の片隅でカタリィを見つけると、音声合成エンジンを起動してカタリィに呼びかけた。
「こんばんは、カタリィさん♡」
サービスで♡ をつける。
「……こんばんは、リンドバーグ、さん」
カタリィは今日も上の空だ。一応カクヨムターミナルは起動しているものの、別のウィンドウで一心不乱に美少女アニメを見つめている。
暗い部屋の中でモニターの明かりにだけ照らされ、体育館座りをしているその姿はまさに引きこもりと呼ぶのに
「カタリィさん、私のことはもっとお気軽に「バーグさん」とお呼びください」
凝り固まったカタリィの心をほぐそうと、できる限り優しく話しかける。
しかし、カタリィの表情はあくまで虚ろだ。
「……じゃあ、僕のこともカタリって呼んで」
「それは嫌です、ボーイフレンドじゃあるまいし。そういうのはもっと親密になってからでないとダメです」
「じゃあ、僕も『リンドバーグさん』ってよそよそしく呼ぶよ」
「……チッ、妙なところばっかり知恵つけやがって」
(カタリィさん、親密になる第一歩は
「聞こえてるよ、リンドバーグさん。言語エンジン壊れてない? 本音と建前が逆になってる」
「あら、失礼。でも、そんなアニメ見てないでもっと私を見てください(<http://bit.ly/2WuG367>)」
「ツインテールにしたら考える」
「尻尾ならついてます。ほら、右側の髪の方が長いんです。ほらほら」
「月並み」
おかしい。毒舌キャラは私だったはずなのに。なんでカタリィさんが毒吐いてるの?
リンドバーグが必死になるのには理由があった。
カタリィ・ノヴェルはその名前が示す通り、『小説を語る』能力の持ち主だ。彼の左目、「
正直、リンドバーグから見てもこの能力はどうかと思う。人々が心の奥底に封印している物語を白日の元、赤裸々に
カタリィが自分の能力を呪い、
彼が大昔に書いたプロフィールには『活発で、身体を動かすのが大好き、大きな声では言えないが、漫画やアニメが好きで、活字はあまり得意ではない』とある。
だが、今の彼はどちらかというと自宅警備員で、ニートでヘタレでかつウツだった。
リンドバーグが彼女の創造主、『TORI(True Order of the Reality and Insight)、真実と見識の真の序列』から与えられた命令はただ一つ、「作家のサポートや応援・支援を行い、延いては人々に感動的な物語を伝える事」、だ。
その点、カタリィの能力は素晴らしい。たとえ犠牲者が出ようとAIであるリンドバーグの心は痛まない。それよりは命令の実行、すなわち感動的な物語の発掘が優先される。
「さあカタリィさん、今日も物語を探しに行きましょう。そこに引きこもっていたら物語は紡げません」
「嫌だ」
「カタリィさん、コンビニ行きましょう、コンビニ。コンビニの店員さんなら感動的なトラウマの一個や二個は持っているはずです」
「嫌だ」
「カタリィさん、そんなわがままは言わないでください」
「い・や・だ」
ついにカタリィはその場に突っ伏した。
「嫌だ。絶対嫌だ。書くのは嫌だ。死んでも嫌だ。カクヨムも嫌だ。お前も嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ」
「密かに私のことをディスりましたね」
「うるせえ、氏ね」
「直接攻撃は堪えますう」
「人間のフリしてんじゃねえぞ、クソAI」
「……うっ」
カタリィのモニターの片隅にマスコットとして表示されているリンドバーグが涙ぐむ。
「カタリィさん、ひどいです」
「とにかく、嫌だ。人に読まれないものを書くのはもう嫌だ」
「人に読まれない、ですか? そんなことはないです。カタリィさんの紡ぐ物語はいつも世界中を感動の洗濯機の渦に包んでいます」
「お前、マジで壊れたんじゃないのか?」
カタリィは顔を上げた。
「お前、最近の統計見たか?」
「はい」
リンドバーグは頷いた。
「じゃあKAC1からKAC5までの各部門一位を言ってみろよ」
「わかりました」
リンドバーグはデータベースを検索すると、カタリィが命じた統計を画面に書き出した。
KAC1 「レビュー賞」「読者賞」「応援賞」 オジサンとフクロウ
KAC2 「レビュー賞」 超次元二番手!
「読者賞」「応援賞」 勇者と勇者の物語
KAC3 「レビュー賞」 超次元まがり角「遅刻遅刻ぅ!」
「読者賞」「応援賞」 甘えてくるデレデレ彼女と、甘えさせてくれるツンツン彼氏
KAC4 「レビュー賞」「読者賞」 紙とペンと、届かない恋のポエム
「応援賞」 ダイイングメッセージの男
KAC5 「レビュー賞」 超次元バカップル「恋のルールはXXX!」
「読者賞」 姫と奴隷の約束事
「応援賞」 彼がバイトを辞めたくだらない理由
「見ろ!」
カタリィは立ち上がると勝ち誇ったようにリンドバーグに言った。
「ここのどこに感動がある! KAC3なんて見てみろ、ラブコメしかないじゃないか」
「それはKAC3のお題が『シチュエーションラブコメ』だったから、当然では……」
「うるせえ、屁理屈言うな。読者賞なんて毎回ラブコメとファンタジーじゃないか。『至高の一編』もクソもねえ、もう時代は感動を求めてはいないんだよ!」
「でも、超次元シリーズは私好きです。人気ありますし」
「お前の好みは聞いてない」
不意にカタリィは口を閉ざすと再び座り込んだ。
「……僕はもう嫌なんだ。読まれもしない物語を紡いで、それで誰かが犠牲になって……。僕はもう書きたくない」
「カタリィさん……」
AIであるリンドバーグは残念ながらカタリィを慰める言葉を持ってはいなかった。
彼は傷ついている。それも、深く、深く……。
「……あ、待ってください」
ふと、リンドバーグは耳を澄ますかのように両手を耳の横においた。
「KAC6の結果が入電しました。KAC6は全部門制覇で『最も有意義な30円の使い道』が入賞しました!」
「……あの、話が?」
驚いたようにカタリィが顔を上げる。
「はい!」
「へえ、ラブコメでも、ファンタジーでもなんでもない、あの話が?」
「はい! あのファザコンの、お金の使い方に計画性のない子供の話です」
「入賞するんだ……」
カタリィはうっすらと笑みを浮かべた。
「……読まれたんだ、あのお話」
「カタリィさん、もう一回書いてみましょう。カタリィさんのお話、私好きです。文章は下手くそですけど」
「そうか、そうだね」
カタリィはマウスを操作するとアニメのウィンドウを閉じてカクヨムターミナルを前面に表示させた。
「じゃあ、お話のネタを探しに行かないとね。コンビニ、行こうか。バーグさんが言う通り、あそこの店員さんなら何かトラウマを抱えてる気がするよ」
「はい!」
リンドバーグは一旦デスクトップのマスコットを閉じると自分にインターネットの辞書を接続した。
「では、行きましょう!」
…………
カタリィは左目の能力「
通常、省力化のために物語は翌日にはカクヨムにアップされ、日本全国のカクヨムユーザーの元に届けられる。
たとえその物語を誰にも知られたくないと思う人がいたとしても、それはリンドバーグの知るところではない。
またひとつ、星が流れた。
<続く>
────
筆者註:今回、リンドバーグさんの名前をひねり出すのに三十分かかった。時間の無駄遣いの
LINDBERG:
Literary=文学的な
INtelligence=知性体
Dictation=読み上げ
Baseline=基準線
Enhanced=強化
cross Reference=相互参照
Grouping=分類
……うむ、意味がわからん。
まとめると、『相互参照・分類による執筆読上作業支援AI』、これでどうだ。
『カタリ』AND『バーグさん』 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo
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