紡がれる物語
真白 悟
第1話
「どうしよう……」
カタリは地図を見ながら思い悩んだ。
地図を見れど、目的の場所がまるでわからない。
それは、カタリにとっていつものことである。
人里を求めて歩き続けたのに、どこともしれぬ草原をさまよっている。時刻はわからない。
「早く届けてあげたいんだけどなぁ」
カタリは一編の小説を握りしめて、目的の人を探す。
だけど、何もない草原に人などいるはずもない。いるのは動物ばかりだ。
「ねぇ、この辺に人の住むところってない?」
動物に尋ねてはみるが、もちろん返事など帰ってくるはずもない。
「知ってるわけないよね……」
詠目も人間以外には使えないので、もうお手上げといったところだ。
世界中を駆け回って来たカタリだが、今回はかなりピンチだった。
「さすがにお腹減ったなぁ……」
持参していた食べ物や飲み物は尽きていて、餓死すらしかねない状況だ。
このままでは、野生の掟に従い、他の動物に食べられることになるだろう。今までは諦めないことによって、仕事を完遂して来たが、ここに来て初めての失敗となりそうだ。
何キロ何十キロとひたすらに歩き続けたが、カタリは限界だった。
カタリはフラフラと数歩ほど歩き、そのままカ は地面に倒れた。
――カタリは知らない天井を見た。
コンクリートのような、土壁のようなそんな天井だ。
「天国……じゃないよね?」
倒れたところまでは覚えていたが、なぜこんなところにいるのかはわからない。
辺りを少し見渡して見ると、1人の男性が目に入った。
初老の男で、派手な民族衣装を着ている。
そんな男性を見て、カタリはホッとした。
「目が覚めたのか?」
男性はカタリの視線に気がついて、カタリをにらみつけた。
「あなたが助けて下さったんですね?ありがとうございます」
カタリは起き上がり、頭を下げた。
「馬鹿者がっ! 俺が見つけなければ、お前は今頃死んでいたんだぞ! 何故こんなところをさまよっていた?」
男性はカタリを怒鳴りつける。自然の厳しさを知っているからだ。だが、たかりもそれを知っていてここまできた。
「ジャックさん。あなたにこれを届けるために来ました」
カタリは封筒を一つ取り出し、ジャックと呼んだ男に差し出した。
「手紙……? こんな辺境に一体誰が?」
「手紙ではありません。一編の小説です」
「『一編の小説』? つまり、お前は詠み人ってことか!?」
男は驚いた表情を見せる。
今時、詠み人は珍しくもないが、その反応は珍しさからくるものではなさそうだ。
面倒くさいものに出会ってしまった。そんな感じだ。
それも、カタリが旅する中で、時折目にする態度だ。別段気にすることもなく、返事を返す。
「はい」
「……ここまで、持って来てくれたことには感謝する。だが、悪いがこれは持って帰ってくれ」
ジャックは、受け取った封筒を開けようともせずに、カタリに返す。
「どうしてです?」
「これは、エリーの物語だろ?」
「はい、エリザベスさんが救って欲しいと」
「だから受け取れない。俺には受け取る価値がないからだ」
理由はわからないが、ジャックはエリザベスの気持ちを受け取る気がないらしい。
「飯と水は分けてやる。だから、この道をまっすぐ進んで、街まで帰るんだ。ちゃんと道なりに進めば一時間もかからない」
大抵の人は受け取って、読んでくれて、物語を紡いでくれるのだが、ここまで頑なに断られたのは初めてだ。
カタリは何度も受け取るように、説得を試みたが、「悪い」と男は断った。
カタリは途方にくれて、男の家から出るが、素直に帰ることもできない。
「もう! どうしたらいいんだよ!」
「荒れてるね?」
フクロウのような鳥が、カタリに語りかける。
「僕が死にそうな時には出てこなかったのに、今更出てきて……」
「そう睨まないでおくれよ。私だって常に君のそばに居られるわけじゃない……特に君は心配する必要もないしね」
フクロウは首を傾げて、カタリのそばによる。
「その様子をみるに、物語を受け取ってもらえなかったんだろう?」
「そうなんだ。『俺には受け取る価値がない』って……」
「なるほど……おそらく身分差を気にしてるんだろうね。全く、人間というのは訳がわからないよ」
フクロウは再び首を傾げた。
「うーん、一介の農民であるジャックさんと、国の王女エリザベスさん……確かに身分差はおおきいけど、物語を紡ぐことにそんなこと関係ないと思うんだけどなぁ」
カタリも首を傾げた。
「そう思うなら、何に悩んでるんだい?いつもの調子でいけばいいじゃないか」
「いつもの感じって……」
「『読めばわかるさ!』って、それに詠目もあるだろう?」
面倒くさそうにフクロウが言った。
「そうなんだけど……なんか、違う気がするんだよね。渡さない方がいいような、そんな風に感じる」
「仕事の放棄は感心しないな……もしかして、報酬が満足じゃない?」
カタリはフクロウの言葉を慌てて否定する。
「そうじゃないよ! エリザベスさんにとっても、ジャックさんにとっても、読まれるべき物語じゃないんじゃないかなって?」
「内容のこと?」
「うん……これは、エリザベスさんからジャックさんに宛てた恋物語じゃなくて、別れ話なんじゃないかなって」
「でも、それが本心なんだったら、教えてあげるべきじゃないかな?」
「違うと思う。最初は僕も恋物語だと思って、ここまで持ってきたんだけど、ジャックさんの心を詠んで、違うと思った。これは二人の本心を殺す物語なんだ。望まずにね」
カタリが言い切ったタイミングで、家のドアが勢いよく開いた。
「なるほどな、エリーも僕と同じ考えだったのか」
ジャックがカタリににじり寄る。
「な、なんですか?」
「悪いが、その物語読ませてくれないか?」
「えっ!でも……いや、わかりました」
カタリは手に持っていた封筒を手渡す。その時、少しだけ顔を緩ませて、何か計画がうまく進んだという風だった。
物語を全て読んで、ジャックは悟った。
「よくも……」
「どうですか?」
カタリは笑って問いかける。
「よくも俺を騙したな!?」
ジャックは大粒の涙を流し、カタリをにらみつけた。
それも当たり前だ。カタリがエリザベスから受け取った物語は、紛うことなき恋物語、いわゆる恋文だった。
ジャックに読ませるために、カタリと鳥でうったお芝居だったのだから。
「詠み人にとって、受け取る一編はいつも本心だけ。だから、基本的にはみなさんちゃんと受け取ってくれるよ。でも時折、受け取ろうとしない人がいる。本心を受け取りたくないと言う人、受け取れないと言う人、どちらも物語を紡いでもらうには、騙すほか無い。本心を読んでもらうためにはね」
「くそ……くそ、くそ! ……いや、ありがとう。この物語だけで、俺は一人で生きていけるよ」
「独りよがりだね。エリザベスさんの気持ちわかったんだろう。だったら、あなたの物語も届けさせてよ。二人だけの物語を」
「わかってるだろう? 届けてもエリーを傷つけるだけだ。俺の心は決まっている。それでもいいというなら、届けてくれ。きっぱり諦めてもらった方がいいからな」
ジャックはエリザベスのために手を引いた。
エリザベスがそれを望んでいないと知りながら、カタリは今回も長い物語になりそうだと思いながら、物語を紡ぐ。
「わかった。じゃあまたくるよ」
鳥を肩に乗せ、カタリはその場を後にした。
見送る男はどこか寂しそうな顔をしていた。
「結局残業だよ……」
カタリはポツリと呟いた。
「一度で物語を完成させるなんて無理だからね。カタリはまだ新米なんだから」
鳥は面倒くさそうに返事をした。
「でも、これでまた一冊つくれるね」
「エリザベス様の本だ。きっと飛ぶように売れるよ」
一人と一匹の物語はまだ始まったばかりだ。
紡がれる物語 真白 悟 @siro0830
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