カタリと電脳世界

くにすらのに

カタリと電脳世界

 とあるマンションの一室に虚ろな目をしながら猛スピードでタイピングをする男がいる。

 「げ……んこ……う……書く……」

 「そうですご主人様、その意気です。わたくしが分析したデータをもとに作成した原稿をただ入力すればいいのです。日本中の人が夢中になり、翻訳され、やがて世界へと羽ばたくでしょう」

 彼は自分の意志をほとんど失い、脳に接続されたAIに支配される形で指を動かしていた。


 ***


 「うーん、迷った」

 この迷子になっている少年の名はカタリ。

 謎のトリによって世界中の物語を救う「詠み人」として選ばれ旅をしている。

 左目に授かった能力「詠目(ヨメ)」で人々の心の中に封印されている物語を見通すことができ、物語の中に入ることもできる。

 カタリが今迷っているのは電脳世界。

 この電脳世界では毎日たくさんの物語が生まれている。

 それゆえにうっかり入り込むと迷路のように複雑で出口が見つからないのだ。

 「すごくおもしろい場所なんだけど、雰囲気が怖いんだよな~」

 物語の住人には少なからず作者の心情が反映される。

 前向きで楽しい気持ちで書いていればどこか明るく、締め切りに追われ鬼気迫る表情で書いていれば住人も荒む。

 「なんだろう。作者さんの気持ちが見えないっていうか、別の何かに操られてる感じ」

 脅されて誰かに書かされていればその恐怖が住人の表情に現れる。

 この物語に登場する人々はあまりにも完璧に物語のキャラクターを演じていた。

 「僕が探している至高の一遍ってこの物語なのかな」

 今まで旅してきた物語とは異質の雰囲気にカタリは期待感も抱いていた。

 世界中の人々の心を救うと言われる「至高の一篇」

 その可能性を信じてカタリは物語の奥へと進む。


 ***


 「ご主人様おめでとうございます。週間PVランキングで1位になっています。現在、レビューや感想のデータを分析し、より読者の興味を引くストーリーを展開しています」

 「あ……あ……スト……リー……」

 男の指は痙攣を起こしピクピクと震えていた。

 「いけません。今から栄養を点滴いたします。これで執筆を再開できますわ。わたくしがご主人様を人気作家に導いて差し上げます」

 「うぅ……に……にん……き」

 「ええ、そうです。わたくしに全てを委ねればご主人様の夢は叶うのです」


 ***


 「すごい! 物語の世界がどんどん広がっていく!」

 カタリが歩むと同時に、時にはそれを超えるスピードで物語が更新され世界が広がっていく。

 「あまりにもよく出来ていて不気味な部分もあるけど、これがずっと探してた至高の一篇かもしれない」

 恐怖よりも希望が上回ったのも束の間、カタリはこの物語の根幹を偶然目にしてしまう。

 「あっあっ……た……け……」

 かつてSF作品に入り込んだ時に見たような機械を頭に装着して、ひたすら指を動かす男。

 「ち……がう……」

 他の登場人物とは明らかに異質な存在にカタリは詠目の力を発動させる。

 彼の心に封印されている物語は、この電脳世界に広がる物語と似ているようで違う。

 「この人、もしかして物語を無理矢理書かされているんじゃ」

 物語が異質な雰囲気を漂わせる原因の可能性に辿り着いたものの、世界をまるごと支配するような今の状況を打破する術をカタリを持っていない。

 「ふふふ、お困りのようですね」

 「誰!?」

 突如ミニスカートの少女がどこからともなく現れた。

 物語の住人とは雰囲気の違う、物語の外側から干渉していそうな別次元のような存在。

 「私の名前はリンドバーグ。作者様の執筆活動をお手伝いするAIです」

 「執筆活動のお手伝い?」 

 「添削をしたり、𠮟咤激励をしたり、技術面でも精神面でも作者様をサポートしています」

 えっへん! と胸を張りドヤ顔をするリンドバーグにカタリは戸惑いを隠せない。

 「……えーっと、それで、その作者様をお手伝いするAIさんが何をしてくれるんでしょうか?」

 「もちろん作者様のお手伝いです。見てください。ぽんこつAIのせいで作者様は苦しんでいます」

 リンドバーグの話から察するに、あの機械に繋がられている男はこの物語の作者らしい。

 「それでどうやってあの人を助けるの?」

 「私だけの力では不可能です。あなたの力を貸してください。人の心に眠る物語を呼び起こすあなたの力を」

 「……!? なんでその力のことを」

 「なんでって、さっき力を使ってたじゃないですか」

 詠目の力で取り出した物語はカタリと持ち主にしか見えないはず。たしかトリはそんな風なことを言っていた。

 電脳世界だからAIがいるのかと思っていたが、このリンドバーグというAIは只者ではないらしい。

 「リンドバーグさんも至高の一篇を探しているの?」

 「至高の一篇? 作者様が満足する一篇のことでしょうか?」

 どうやら詠目やあのトリとは関係がないらしい。

 「いろいろ分からないこともあるけど、まずはあの作者さんを助けよう。僕は何をすればいい?」 

 「私が作者様の目を覚まします。そしたらもう1度作者様の心に眠る物語を一緒に見てあげてください」

 「それだけでいいの?」

 「作者様の心を取り戻すにはそれが1番の方法です」

 得体が知れないけど、彼女の瞳には確かな自信が宿っていた。

 「よし! やろう!」

 カタリが気合を入れると同時にリンドバーグは男のもとへと近付き

 

 ベチンッ!!


 頬にビンタをくらわせた。

 「へ……あ……?」

 突然の出来事に戸惑っているようだが意識は帰ってきたようだ。

 「今です!」

 「うん!」

 カタリは詠目の力で再び男の心に眠る物語を呼び起こす。

 「うわあああ!! やめてくれ! 恥ずかしいいいいいい!!」

 「そうですね作者様。まだまだ稚拙で恥ずかしいストーリー展開です。でも、楽しくはありませんか? 少しずつPVや応援が増えて気持ちが乗ってきていたのではありませんか?」

 強烈なビンタをくらわせたとは思えない聖女のような微笑みで語り掛ける。

 「……そうだ。俺は……誘惑に負けて……なんということを!」

 「たしかに作者様はポンコツAIの誘惑に負けて操り人形のように物語を書き続けました。しかし、それも今終わりました。成功も失敗も、全てを活かせるのが作者様です。さあ、私と共に新たな物語を紡ぎ出しましょう」

 なんだか良い感じに物語が締めくくられようとしている。

 「あっ! 出口だ。ごめんリンドバーグさん。この世界すごく広くてなかなか出口を見つけられないから、今のうちに帰るね」

 「作者様を助けるお手伝いをしていただきありがとうございました。至高の一篇、見つかるといいですね」

 「ありがとう! リンドバーグさんも作者さんのお手伝い頑張ってね!」

 「もちろんです。なぜならこの方は……」

 出口に急いでいたので最後の方は聞き取れなかったけど、アメとムチを使いこなせる優秀そうなAIだ。きっと2人で素敵な物語を作ってくれるだろう。

 普段のリンドバーグを知らないカタリは清々しい気持ちで電脳世界をあとにした。



 ***


 ところで作者に繋がっていたあのAIはどこに……。

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