釈放から新居(仮住まい)へ2
『出所祝いじゃ! 好きな服を買ってやるぞ!』と、告げたアディルに連れられ、アパレル店へ入店。
リムジンに関しては店前に駐車。
あまりお目に掛かれない高級車だけあってか、完全に人目を集めている。
だが車体とは別に、興味の視線が注がれていたものもあった。
店内で、異様な注目を集めている二人──アディルとジオ。
注目原因として、まず一つ目はアディルの容姿。
絶世の美女──とまでは言わなくとも、僅かに幼さを感じさせる顔。
だがそんな幼さとは反対に、魅力的な身体のラインが衣服越しに主張する。
妖艶された笑みは色気を溢れさせ、店内に居た男客は皆アディルの容姿に釘付け状態である。
注目原因として、二つ目はジオの存在。
アディルと共に入店したジオはどう見ても、無職で街中をぶらつく絡まれたら面倒臭そうなチンピラ、なのだ。
作業服に見えなくもない囚人服は、決して綺麗な状態とは言えない。
牢獄暮らしであった故に、毎日シャワーなど浴びれる訳もなく、当然毎度新しく綺麗な囚人服を手渡されもしない。
なので、多少の臭いとボロさは付き物だ。
おまけに裸足ときた。
しかしこの不釣り合いな二人が同時に入店して来た事で、客そして店員もひとつの仮説を考えた。
それは〝女の方が
奴隷を買う習慣は、数が減ってきてはいるものの無い訳ではない。
奴隷の利用としては、性欲処理をさせる為──男が女を買った場合はこれが一番多い。無論その逆もありはするが。
次に多いとされるのが、労働力活用の為──主に力仕事をさせ、休む暇を与えず肉体的にも精神的にもキツい。
他にも様々な理由はあるが、奴隷に関して良い話を聞くことは希である。
店内に居る誰もが主人と奴隷関係だと思った矢先、アディルが声高々に『出所祝いじゃからな、牢獄では着れなかった良い服を選ぶが良い!』と言ったものだから、皆の頭の中に
「出所?」
「牢獄だと!?」
「罪人の奴隷?」
「確かに男の方はヤバそうだ……ひぃ!?」
偶然居合わせただけの客同士、ひそひそ話をして二人を見る。だがいくら声をひそめようと、広くもない店内では、ジオの耳にその音は簡単に捕らえてしまう。
気分を害した訳ではなかった。
ただ知らぬ者の口から、出所や牢獄──との単語が聞こえた為に、己の事を話しているのかと気になってジオは視線を向けたのだ。
すると店内に居た客達は、二人と関わり合いになっては面倒と判断したようで、手にしていた衣服をそっと棚に戻す。
そして何も買わずに、そそくさと皆が店から出ていってしまった。
静まり返った店内に残るのは、ジオとアディル。それと女店員が一人。
人数が減った事で広くなった空間。ジオは言われるまま好きな服──適当に見繕うだけだが──を選び、買ってくれると言うアディルの前に差し出す。
囚人服姿しか見ていないために、ジオがどんな服を選ぶのか、多少なりとも興味のあったアディルだが──ジオが選んで目の前に持ってきた服を見て、アディルは眉をひそめて浮かんだ思考がそまま口に出る。
「なんじゃ……それでは、今と対してあまり変わらぬではないか」
「何を言ってる? これはツナギじゃないぞ?」
「……いや、我が言いたいのは種類の話でなくて、色の事じゃよ」
首を左右に振るアディルは、ジオの選んだ衣装に指差し呆れ顔を向ける。
シャツにジャケット、パンツとブーツ。そのどれもが黒で統一。
アディルからすれば、黒い囚人服から全く別の衣服であっても同色の〝黒〟に変わったところで、面白さを感じず興味が削がれたようだ。
しかしジオにとって見た目など、どうでも良かった。
「服なんてどれも同じだろう? 汚れるなら、あまり目立たない方が良い」
「まぁの。我が好きな服を選べと言ったんだ、何を着ようが良いか……。それより、試着くらいはしてみぬか? そこの店員、試着室はあるかの?」
「……へ!? あっ、はい! こちらに!」
汚れる前提の事で、アディルは更に呆れはするも、この先ジオにさせる仕事を思うと納得は出来なくもない。
ジオの言う汚れるとは、血飛沫の事だろう。
購入前から惨事を想像しているとは、アディルは苦笑いを浮かべる中──可能ならその汚れが付く事がないのを願う。
誰も殺さずに済むのなら、それが一番良いと。
アディルから不意に声が掛かり、暫し呆然としていた店員はびくりと肩を震わせ、慌てて試着室へとジオを案内する。
不運な事にこの日は新人の店員が店番であり、新人女店員の心中はアディルとジオが現れてからずっと『変な人達が来た!?』と焦りでいっぱいであった。
他の客が逃げるように店から居なくなったのに紛れ、己も店からこっそり抜け出そうかと思う程に。
着替え終え、試着室からジオは出てくる。
当然ながらそこに立つのは、全身黒ずくめの男。
だがボロ布の囚人服と違い新品だけあって光沢感もあるが、より深い黒に包まれ闇夜に紛れれば確実に見失うであろう姿。
囚人達に陰で囁かれていた悪魔感は、より増した気がしなくもない。
「……悪くはないの。似合っておるぞ。ただ、何かが足りぬな」
全身黒ずくめではあるが、いざ目前にすると案外アディルの中では高評価を出す。しかしどこか物足りなさを感じ、首を傾げる。
腕を組み、何が不足しているのか暫し考えたアディルだったが、ふと思い付いたようでビシビシとジオに人指し指を向け声を上げる。
「髪! その邪魔な前髪を退けよ!」
「何でだ」
「良いから早くせぬか!」
明らかに面倒臭そうな雰囲気を出すジオだが、早くと急かされ仕方無く前髪を掻き上げ、それと共に頬が紅潮するアディルを見据えた。
「これで良いのか? 服と何の関係が……」
「良い、良いぞ! 顔と服の相性だってあるではないか!」
「どうでも良い事だ」
「あああぁぁ!?」
掻き上げた前髪から手を離すとサラリと落ち、元通り下の目元を隠してしまう。
それを不満がるアディルは、地団駄を踏んで抗議の声を発する。
「そなたせっかく良い顔しておるのに、何故に隠す!?」
「…………眩しい」
「吸血鬼か!?」
「残念。俺は吸血鬼ではない。それに化け物でもなければ悪魔でも──」
「それは前にも聞いたわ!」
騒がしい二人の様子を少し離れた場所から観察していた店員は、一瞬であったが髪の下に隠れる顔を見てアディル同様に紅潮し──ポツリと呟く。
この時点で店員の心は〝変な客から、素敵なお客様〟に変換されるのだから、なかなかに現金なものである。
「お客様、素敵なお顔立ちですね」
「そうであろう!」
店員の言葉に即座に反応するアディル。
当の本人は選び終えたのだからもはや店に用などなく、早くこの場を去りたい気分。
そんな事を知らぬアディルは、店員に指示を出す。
「この男に似合う服を持ってきてくれぬか! 我が買い取る。面倒じゃから全て黒で良いぞ」
「はっ、はい。畏まりました! 沢山ありまよ!」
「金ならあるので、心配するでない」
「……」
ジオを余所に、はしゃぎ始める女二人。
己の服選びの筈が、完全に蚊帳の外と化したジオ。
女の服選びは長いと聞いた事があるジオは、溜め息を吐いて店内に設置されていた一人用ソファに腰掛ける。
どのくらいの時間が過ぎただろうか。
お得意の秒数数えは行っておらず、結構な時が経った頃──余りにも暇すぎたジオは外を眺め、行き交う人々をサクッと殺したい衝動がちらつく。
──暇なのは牢獄で慣れてるのに、外に出ると駄目だな……
なんとか衝動を抑え込むジオの前に、紙袋を大量に抱え満足気なアディルが現れる。
「待たせたな」
「終わったか。危うく俺の殺害衝動が破裂するところだった」
「それは恐いの。さて、行くぞ。その服も会計済み故に、そのままで良い」
恐いと言いながらも、満面の笑顔を浮かべるアディル。相当満足のいく買い物が出来たようだ。
アディルが店内から出ていこうとする背中を追い掛けるように、ジオもソファから立ち上がり出入り口の扉へ向かう。
そこへ、店員の声が掛かる。
「あのっ、またのお越しをお待ちしておりす」
散々共にはしゃいだアディルは店員の声が聞こえていないのか、そそくさとリムジンへ向かい。
ジオも扉に手を掛け外に脚を踏み出したが、振り返り口元を緩ませた。
「次に会う時は、最短で頼む。殺しそうだ」
「……へ?」
言葉の意味がわからずキョトンとする女店員を店に残し、リムジンに乗り込む。
ジオが乗り込んだと同時に発車し、本日のメイン場所へと向かって走る。
「これから向かうのは、そなたの住まう場所じゃ。まぁ仮住まいにはなるが、良い部屋だぞ」
「随分と世話してくれるんだな」
他人の衣服を選んで、上機嫌な己の上司になる女──アディル・ハンズ。
西洋な街並みを窓越しに眺めるその姿を、ジオは見つめる。
「部下の世話をして可愛がるのは、上司として
街並みから視線を逸らす事なく、当然とばかりに告げたアディルは笑みを浮かべる。
ジオの生きてきた世界人生の中で、そんな〝普通〟など体験した事などなく。
ほんの少しだけ、ジオの心の中に、己の知らぬ未知の感情が湧き上がり──それが何なのかこの先ゆっくりと時間を掛け、ジオは理解する事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます