ジオ・シュバン3
「公安暗殺に協力してはくれぬか?」
「協力するとなれば、俺は
「仕事以外で殺しをしなければ問題ない。それに、首に埋めた爆弾はGPS付きでの。位置は把握出来るし、いざとなればドカンとやれば良い」
「へぇ……」
ファイルを机に置いたアディルは、空いた手を使い指で自身の首をトントンと叩いて見せる。
首に埋めた爆弾の存在を改めて指示しながら、手に持つ小型起爆装置をジオに向けチラつかせ──命はこちらが預かっていると言わんばかりに。
ジオにとって、死とは恐ろしくともなんとも無いもの。
幾度と無く繰り返してきた殺害行為も、逆に相手から殺されるとは一度も考えた事はない。
寧ろ己を殺せる程の腕を持った人間に出会いたいと、心底願うほどだ。
決して死にはしない──そんな訳もわからぬ自信を持つ男こそが、ジオ・シュバンである。
しかし唯一、ジオと戦う事が出来た者達が居た。
それが異能力者。
通常の人間は殺人鬼を前にし、逃げる者が多い。それに歯向かって来たところで、ジオには勝てない。
異能力者の場合は、対抗しようとする者が多かった。
力の大差はあれど、ジオを楽しませるだけの力を持つものも居る。
最高に、享楽的で、狂気溢れる──そんな殺し合い望むジオにとっては、アディルからの誘いは悪くないもの。
ジオは過去に殺り合った異能力者との対戦を思い出しつつ、口元を緩ませアディルに視線を向け口を開く。
「協力しても良い。ただし、自身の賭けに勝ったらだ」
「賭け? ────ッ!?」
それは一瞬の出来事。
ジオの身体が動き出す。
首が鉄の輪で鎖に繋がれていながらも、アディルに向かって突進する。
ジオを繋ぐ鎖を握っていた看守は咄嗟に反応し、鎖を引き寄せようとしたが動力に負けバランスを崩し、返って引き摺られてしまう。
身動きを許したジオの身体は瞬きする間もなくアディルの前に移り、自由のならない両手の代わりに顎を突きだし大きく口を開いて噛み付く。
狙った先はアディルの手元。
噛まれる寸前のところでアディルは手を引いたが、事態は既に遅く──ジオの歯によって
口が開けば床にバラバラと落ちる、たった今砕かれた
当然人の歯で壊せるような素材では出来ていない筈だが、ジオはそれを意図も簡単に噛み砕いてしまった。
「……化け物か……」
思わずぼそりと呟いたアディルに対して、口内に残った鉄屑を唾と共に床に吐き出し、ジオはニヤリと口元を歪める。
「残念。俺は化け物でもなければ、悪魔でもない。ましてや異能力者でもない。俺はただの人間であり、殺人鬼だ」
そこへガチャリと音が鳴り、ジオの頭部へ向けられる冷たい銃口。二人の看守が無言の威圧を剥き出し、機関銃を構える姿がそこにはあった。
しかし看守から発せられる強い殺気にも全く動じず、ジオは尚も楽しそうに笑って再び動き出す。
銃口から逃れるように一度身を低めると、素早い動きで先ずは鎖を握る看守に狙いを定め腹部に重いひと蹴りを入れる。
背にまで痛感するほどの痛みで前のめりに体勢が崩れた看守の首に脚を掛け、ぐるりと回転した勢いで床に倒すも──それでも直ぐに起き上がろうとする看守の顔面に向け、ジオは肘蹴りを食らわす。
「ぐぁ……ッ」
鼻がぐしゃりと折れ、血を垂らし、手にする機関銃はゴトリと床に落とした看守が僅かに気を失っている間に、もう一人の看守へ体勢を向ける。
ジオが動く度にジャラリと煩い音を出す鎖は、気を失った看守の手が緩んでる事で行動の範囲を広め──だが体勢を変えた瞬間、飛んでくる弾丸。
確実に殺す気で撃たれた弾は、ジオ自身に当たりはしなかったものの、より行動の自由を与えるように首の鉄輪に繋がる鎖を直撃し破壊してしまう。
「……っ!?」
「壊してくれて、どうも。動きやすくなった」
楽し気に、余裕の笑みを浮かべる。
鎖の破壊は偶然なのか、はたまたジオが狙ってやった事なのか。それすらの思考する時間を与える間もなく、床を蹴ったジオは弾を撃ち込んだ看守に飛び込む。
一気に距離を縮め、回し蹴りの勢いで踵を看守の胸に叩き込んだ。
その衝撃も惨憺たる驚異があり、肺の中の空気が外に全て飛び出すかのように押し込まれる。
──こいつ、裸足なのに!?
今し方踵で叩き込まれた看守が一瞬思う間に、背後に迫った壁と背中が激突し、強烈な痛みが全身を走る。
「……がぁッ」
部屋の壁が揺れる事で、その衝撃の強さを感じさせる。
更に追い討ちを掛ける為にジオは床を蹴って跳ねると、看守の首に足裏を叩き入れ壁との間に挟み──より看守の呼吸を許さないその状態から、反対の脚を伸ばして機関銃を蹴り上げる。
看守の手から跳ね飛ばされた機関銃は天井に舞い上がり、くるくると回って落下。
ジオは床に脚が着地すると同時に、口を開けて落ちてくる銃身をガブリと噛み取るのに成功すれば、呼吸困難で青くなる看守の首からも足裏を退けた。
一連の行動を、後ろに両手が施錠された不自由な環境の中でやってのけたジオだったが、こめかみにピタリと宛がわれる新たな銃口。
「その辺で止めてくれぬか? 人手は足りておるとは言ったが、減らされては困る」
「……」
銃を宛がってくる先のアディルに視線を向けたジオは、ゆっくりと静かに口を開き、歯で噛み掴む機関銃を離す。
床に落ちれば、ゴトッと鈍く重い音が部屋へと響き、それが決して軽くはないのが窺える。
眉を寄せ、数秒間ジオを睨む。
様子を窺いもう動きそうにないと判断し、向けた銃を下ろしたアディルは呆れたように溜め息を吐き、問う。
「それで、賭けとやらの結果はどうなった?」
「勝った。協力しよう」
ゆらりとした動きでアディルに身体を向け、前髪から覗く赤い眼を細め微笑む。
「俺が賭けたのは……起爆スイッチを壊した時に首が吹き飛ぶか、そうでないかだ。結果はこの通り無事だ! 生きてる……つまり俺の勝ち。だから協力しよう……何より面白そうだ」
危険な賭けをするよりも、最後に放った面白そう。の、一言で協力してくれても良いのでは……とアディルは内心思いはするが、敢えてそれは口には出さず──代わりに別の言葉を紡ぐ。
「……もしも爆発してたら、死んでたぞ?」
「そうだな。だが、生きるのにスリルは大事だ」
これでも装置を噛み砕く瞬間は緊張したのなんだのと言うジオに、この男に付き合うのはなかなかに面倒臭そうだと思い内心で大きな溜め息を付く。
けれど逆に、面白い男だと思わない訳でもない。
「それにしても、武器も持たぬ囚人一人にやられるとは……全く情けないの」
「「申し訳ありません……」」
いつの間にか意識を取り戻していた看守二人は、手に機関銃を持ちジオに向け殺気を放つ。
しかし、もう撃つ気配はなさそうだ。
「俺がここを出るには、どのくらい掛かる?」
「直ぐに手続きをする……が、最低でも1週間は掛かりそうかの」
「ふぅん。思ったより早いな……。そうだ、所長さんに良い事を教えてやろう」
「なんじゃ良いこととは……」
ジオは後ろで手錠により留められた腕を、上にゆっくりと持ち上げて見せる。
部屋に居るジオを覗く三人は、腕の先を目で追い──そこに意味するものに気付いた瞬間、看守はポカンと口を開きアディルは頬をピクピクと引きつらせた。
「囚人に使う手錠は、もっと頑丈な物を使う事をおすすめする」
三人が目にしたのは、自由の身になる腕。
手錠が壊されていたのだ。両手を繋ぎ止める鉄の鎖が、真ん中で引き千切られる形で。
いつの間に壊されたのだろうか。
そんな素振りは感じられなかった。
全く気付けなかった。
この男は起爆装置を噛み砕くは、鎖を破壊するは何なんだ……とアディルの脳内は目まぐるしく混乱しつつ、ただ一言ぼそりと呟く。
「はは……勉強になる」
こうして、ジオの面会は終わり告げ、再び暗く狭い部屋に戻って行くのだった。
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