バーグさんのいる日常

五月雨蛍

バーグさんのいる日常

「いつも執筆お疲れ様です!今日は珈琲を淹れてみました。まぁ、画面越しには渡せないんですけどね!」

 丁度深夜零時を回った頃、パソコンの画面の端に、快活そうな笑みを浮かべる色白の少女が現れた。

 彼女は、一人暮らしの俺のパソコンに現れる、自称電脳美少女?だ。


 蒼色の帽子を被り、同じく蒼と白のセーラー服に身を包んだ彼女の名前はリントバーグ。少し前から、時折パソコン画面の端に現れるようになった彼女の事を、俺はバーグと呼んでいた。


「成る程、今回はホラーものですか…無謀にも流行に抗う作品は、私、好きですよ」

 ふむふむと頷きながら、俺の作品に目を通した彼女は、何でもないようにそう言った。


「君が気に入ってくれたのなら、嬉しいよ」

 いつも笑顔でいる彼女につられ、俺も小さく笑みを浮かべる。

 以前は、目的もなくだらだらと小説を書いているだけの俺だったが、今は、こうして俺の小説を好きだと言ってくれている、彼女の為に小説を書いていた。


「この話は、いつ頃投稿されるのですか?」

「次の大賞に合わせて投稿しようと考えているよ。今は、つらつらと思いつくことを書き連ねているだけだし、後で編集しないといけないからね」


「確かに、話の作りが甘いところがありますもんねぇ~」

 言いながら、手を後ろで組んだバーグさんが、片足でくるりと一回転する。それの動きに合わせて、彼女のライトブロンドの長髪と、五色で彩られた、見えるか見えないかの限界に挑戦したかのようなカラフルなミニスカートもふわりと踊った。


(み、見え…!)


「どうせ見えないんですから、そんなガン見しないでくださいよぉ~」

 一回転し、俺と目があったバーグさんが、イタズラっぽい笑みを浮かべる。

 恐らく、仕様上見えないようになっているのだろうし、彼女もああ言っているが、あのシチュエーションで見ない奴は男ではないと断言できるな。


 時折話しかけてくるバーグさんの相手をしながら執筆を進めていると、物語の中盤に差し掛かる手前のところで筆が止まる。


「ただでさえ遅筆なのに、筆が止まっていますが、どうかされましたか?」

「いや、今回の化け物役のスライムの通路なんだが、どうやって主人公たちに地下水道のトリックに気づかせようかと悩んでいてな…地下水道の地図も組まないといけないし」

 相変わらず、彼女のたまにある無自覚な毒舌が響くな、としみじみ思いながらそう返す。


「地図でしたら、私がいくつか国内外の地下水道のものを用意しますよ?気に入ったものがあれば、そこの写真なんかも探してみます!」

「ありがとう」

 したり顔を浮かべた彼女に笑みを浮かべてそう返す。俺のために動いてくれている彼女のためにも、地下水道までの道順を考えないとな…。


 バーグさんの手助けもあり、朝の五時頃には地下水道までの道順や地下水道の設定が書き起こせる程度まで固まった。


「今日はありがとう。じゃあ、俺はもう寝るから」

「はい…」

 俺がパソコンを閉じようとした途端、いつも笑みを浮かべていたバーグさんが、寂しそうに少しだけ俯いた。

 そんな顔されたら、パソコンが閉じ辛いんだが…。


「「……」」

 俺たちの間に、少しだけ気まずい沈黙が流れる。


「…分かったよ。パソコンはこのままにしておくから」

「ありがとうございます!」

 俺が言うと、「その言葉を待ってました!」とばかりに、バーグさんがぱぁっと花の咲いたような笑みを浮かべた。

 実に、調子の良いことだ。


「じゃあ、お休み」

「はい。遅筆なんですから、明日もすぐに起きてすぐに書きましょう!」

 どさくさに紛れて毒を吐くバーグさんに軽く片手を振って答え、徒歩数歩の布団にダイブすると、襲い来る睡魔に誘われるように眠りについた。


「おはよう、バーグさん」

「おはようございます!さぁ、今日も書きましょう!」

 まだ朝食を食べていなかったが、まぁ良いか。バーグさんのいるうちに、やれるところまでやっておこう。


◇ ◇ ◇


「起きてくださーい!」

「おっと…」

 ふいに声をかけられ、思わず体がビクッと震える。どうやら、またうたた寝をしてしまっていたようだ。


 俺がこのホラー小説を書き始めてから二週間程が過ぎた。

 バーグさんがいるからか、執筆は滞りなく進んでおり、これなら十分に大賞には間に合いそうであったが、最近、昼頃に抗えない睡魔に襲われることが増えていた。


「もう、執筆中に寝るなんて、どういうつもりなんですか?」

「悪いって。ここが正念場だって言うのも分かってるから」


「なら、良いんですけど…唯でさえ貴方は書き直しが多いんですから、気を付けてくださいね」

「分かってるよ」

 バーグさんの協力もあり、個人的には今回はかなり良いものが書けているという自信があった。

 これが完成すれば、次の大賞はもしかしたら、もしかするかもしれないと思えるくらいには。


「そろそろ、夕食の買い出しに行ってくるよ」

「分かりました。これらの薬品等の腐敗などに関しては私が調べておきますね」

「ありがとう」

 バーグさんと少し話した後、頬を両手で勢いよく挟み、未だに眠気が絶えない脳に気合いを入れ直す。


 そして椅子から立ち上がり、数歩歩いたところで、猛烈な睡魔に襲われ、膝から崩れ落ちた。


「الخشب العاديー!!」

 バーグさんが何か叫んでいるようだったが、彼女の言語を理解する前に俺の意識は途絶えた。


「ん!العاديさん!!」

「……ん?」

 体の節々が痛むなか目を覚ますと、耳をつんざくような大音量で悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 途中の音が聞き取れなかったが、多分俺の名前を呼んでいたのだろうと、勝手に解釈する。


「バーグ、さん?」

 声の主の存在に気づき、自身のパソコンへと目を向けると、目一杯に涙を溜めているバーグさんの姿が確認できる。彼女の頬には、既に大粒の涙が溢れ落ちた跡がくっきりと残っていた。


「!!よかっだ…ワタシ、死んじゃったがもって……」

 俺と目が合ったバーグさんは、その場にペタリと座り込み、両手で涙を拭い始める。

 画面越しで泣いている彼女に何もしてあげることが出来ない自分が、すごくもどかしく感じた。


「そうか、あの後倒れたのか……」

 一度パソコン前の椅子に座り直し、偶然目に入った時計を見て、状況を察する。

 バーグさんには、少し悪いことをしてしまったな…。


「落ち着いたか?」

「…はい」

 少し待って、未だにぐずるバーグさんに尋ねると、彼女が小さく頷く。


「なら、良かった」

「貴方は大丈夫なんですか?」

 俺の目に琥珀色の大きな瞳が映る。

 まだ目端に涙の残るバーグさんが、心配そうに上目使いで見つめてきていた。


「あぁ。心配させて悪かった」

「本当です!体調管理くらいしっかりしてください!!画面越しからじゃ何もしてあげることはないんですよ!」

 俺の反応を見て少しは安心出来たのか、バーグさんが目に見て分かるくらいに頬を膨らませる。

 彼女の頭の上に、怒ったときの顔文字が表示されている辺り、いつもの調子に戻ってきたようだった。


「悪かった。今度からは気をつk…」

 そこまで言ったところで、俺の腹が盛大に鳴る。

 そういえば、昨日は朝から何も食べてなかったな…。


「悪い。一回何か買ってくるよ」

「はい。気を付けてくださいね…」

 珍しく、少ししおらしいバーグさんに見送られ、徒歩数分のコンビニを目指す。


 今日の朝食や飲み物などもそこで買い足し、家へと戻るとそれを冷蔵庫にしまい、自室へと戻る。


「あ、お帰りなさい!」

「ただいま」

 家に帰ってお帰りを言われることがどれだけありがたいことだったのか、それもバーグさんが教えてくれたんだよなぁ…。


「ば、バーグさん?どうかしたのか?」

 黒のスーツに身を包み、ドヤ顔で自身のかけている眼鏡の位置を片手で直して見せたバーグさんに、思わずそう尋ねる。


「いえ、貴方がコンビニに出掛けている間に少し考えまして。

 自身の体調管理すら出来ない貴方の代わりに、私が貴方のスケジュールを管理しようかと。

 男の人って、こういう姿に萌えるんですよね?」

 最後の一言が些か余分であるように感じたが、可愛いので許すことにする。


「と、いうわけなので、すぐに夕食を食べて寝てください。十二時には起こしますので!」

「お、おう」

 バーグさんに急かされるまま、コンビニのおにぎりを頬張り、すぐに眠ることにする。


「お休みなさい。明日も執筆頑張りましょうね!」

「あ、はい。明日もよろしくお願いします」

 柔和に微笑んだバーグさんに、少し取り乱しながらも、何とかそう答える。彼女がスーツ姿であったためか、思わず敬語になってしまったが、彼女がそれを気にした様子はなかった。


 さて、明日も執筆があるしバーグさんに心配かけないためにも、もう寝ようか。

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