午前0時、約束の場所で。

真白みかづき

第1話 既視感、そして意味不明な言葉と出会い

漆黒、そして大きな目元。自分で長い髪を切ったのであろう、短く雑に切り揃えられた髪。大きなうさぎのピンで留めていることから出ている両耳。ただ彼は何かに絶望しているように見えた。

………何だこの既視感。まるで以前彼と会った事のあるような。あの大きなうさぎのピンが、事故で亡くなった妹が付けていたものと同じだからだろうか。

幻かもしれない、と目をこすってもそのピンは彼の髪についたままになっていた。

「何見てるの?」

「あ、いや、そのピン、私の妹が付けてたやつと同じだなって思って。」

「あ、そ。」

「それに男の子がそんな可愛いピンクのピンつけるんだなぁって思ったら、なんだか不思議で。」

「この世界において、いや日本において、か。揺るがない男女の固定観念を植え付けられたもののそれを疑いもせずぶつける可哀想な人間なんだな、君は。」

これが彼との、あまりにも最悪で思い出すのも嫌になる出会いだった。

「君のことは可哀想な人間1億3000号、と呼ぼう。」

「あのね、初対面の人に向かってそんなあだ名をつけるのはどうかと思うんだけど!それに小学生みたいなあんたに、10以上年が離れているであろうあんたにそんなあだ名をつけられる筋合いはないと思うけどね!あとその大人びた口調やめなさいよ、気持ち悪い。子供のくせに。」

「ほら、可哀想な人間だ。あまりにも可哀想でもう見ていられない。人を見た目だけで判断し年齢を推測、そこで得た子供であるという判断を元に僕の年齢を知ろうともせず話をすすめ自分で完結させるなど人間としてあり得ない。いや、この世界の先住民が生み出した被害者、とでも言うべきか。可哀想な輩だな、君は。そして激しく後悔するべきだ、この世に生まれた事を。」

妹と同じ、なんて言うんじゃなかった!!!変な別れ方はしたけどこんなひねくれた子じゃなかったし!!!……妹、か。何亡くなったあの子のことを思い返して呆然と突っ立って地面なんて凝視しちゃってるんだろ、私。これじゃまるで……

「まるで、私が可哀想な人間に成り下がったように見えるじゃないか。」

「………何人の事勝手にっ……!」

「同点で延長戦に持ち込むためにダブルプレーで2アウトを奪った9回の裏でホームランを浴びたピッチャーの感覚、といったところだろうか。現実がどうも受け止めきれない、今何が起こったのかを一瞬でも理解しようとした時点で自分の敗北は決定する。だからこそ目を背けなければならない。」

この後永遠と語られた彼の真意は、いつまで経ってもよく分からなかった。離れてもなお、この世界から消えてもなお、彼の真意たるものはよく分からない。ただ、こうしてふと考えてしまう自分があまりにも憎くて仕方がないのである。

自分の敗北、か。よく言ったものだ。

「僕には名前がないんだ。だから、君が付けてくれないか?」

「何、記憶喪失だって言いたいの?楽観的な記憶喪失の人ってこと?そう私に思ってほしいわけ?名前なんてどうでもいいじゃない、適当に自分の中にある記憶探って思いついた名前をつけたら。日常生活に必要な事は忘れていないってよく言うじゃない?」

「質問は一回につき1つにしてくれ。質問というものは時として思考を妨げる悪魔と化すのだ。常識として覚えておくといい。」

「悪魔って、どういうこと?」

「懲りずに質問を繰り返すあたり、君は悪魔を統括する大悪魔であると見受けられる。容姿というものは整っているにも関わらず心に大悪魔を抱えているようでは、人生の中でただ休日に1人で歩くしかない揺るぎない理由を1つ永遠に生み出すだけしか仕事はない可哀想を通り越した人間にまで落ちぶれることだろうよ。」

「余計なお世話。」

「アドバイスをしてあげているというのに余計なお世話と耳を塞ぐことは相手にとって失礼に当たると学校とやらで習わなかったのかい?」

「あんたこそ、大人をからかってはいけませんって学校で習わなかったわけ?」

「どうやら僕の言葉の半分も聴いていなかったようだね。さすが可哀想な人間1億3000号だ。僕は学校とやら、と言ったんだ。そこから導かれる答えは僕が学校という組織に属していない、しかないだろうよ。」

「どうやら、そのひねくれた性格は学校に行っていないから生まれたもののようね。今すぐ学校で矯正してもらいなさい、ここに学校あるから放り込んであげる。マンモス校だし、入り込んだってばれないはずよ。」

軽い彼の体をひょいっと持ち上げ、ぽーんと放り込んでしまった。……しまった、ボクシングで鍛えたせいで軽々と持ち上げてしまったじゃないの!これでまた力自慢を子供を使ってするなんて可哀想な女だって言われる……あいつはそんなやつだ……!

「今日は休日だということを忘れたのかい?」

「へ???」

校門の前にすたっと、校門よりも低い身長を大きく見せようと背伸びし姿勢良く立っている彼が言った。

きゅっ、休日ですって?

「やはり君は僕の話を半分も、いや1ミリも聞こうとしないのだね。僕ははっきりと休日に1人で歩く、と君を表現した。その休日という言葉をきちんと聞き、頭の中で味がなくなるまで噛み締めていたならば、このような間違いは起こるはずがないのだよ。」

「言葉に味も何もないでしょ。それに頭で味覚を感じるっていうの?」

そう言った私に彼は1番の、彼と話した人生の時間の中で1番の軽蔑の目を向けた。これだから馬鹿は、と今にも言い出しそうな目をしている。このガキ……!

「僕を表現する為の言葉としてガキだなんてはしたない言葉しか持ち合わせていないというのかい?やはり言葉の貧乏さは可哀想な人間を生み出すのだね。」

「余計なお世話。」

彼、いや私によって遥、と名付けられた少年は嘆息を漏らした。それはそれはもう私に絶望だけを見出しどうしようもない人間を相手にするのはただ疲れるだけだ、と言葉で言わんとしているような雰囲気を醸し出していたのである。余計にむかついてしまった。

私が遥、と名付けた理由。

性格は180度違うが、どこか妹と似た雰囲気を醸し出していた彼に、時々妹を重ねて接している自分にふと気がついたからである。妹を忘れられない姉、23歳にもなって5年前の家族の死をまだ引きずっているなんて彼に言ったらまた嘆息されるだろうか。はたまたどうしようもないやつだと見捨てられるのだろうか。友達もいない恋人もいない、家族すらいない私の話し相手、ひいては友人にまでなってくれるものだと信じていた。いや、信じていたかったのだ。この日々が、彼と話すこの時間がずっと続くと。夢ではない、私はもう1人じゃないという証拠がここにあると胸を張って言えると。

今となって思うのだ、私は1人でいなければならない運命だったのだ、と。この出会いは忘れるべき存在であるのだと。

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