青春ショートカット

戸間都 仁

ロッカーと初恋

 終わらない……ロッカーの片付けが、全く終わらない。

 今日は中学校の卒業式だった、つまり今日でこの学校に来るのも最後ということだ。

 クラスの皆が感極まっている時、僕は違うことで泣きそうになっていた。

 そう、この一年で溜めに溜め込んだロッカーの私物、これを今日、全て処理しなければならないのだ。


 とにかくまずはゴミを捨てよう、日が暮れるまでには帰りたい。

「お前まだロッカー片づけてなかったのかよ!高校ではその溜め込む癖直せよ!じゃーな!」

 クラスの連中は一人、また一人と帰っていき、僕一人が教室に残っている。

 誰も手伝ってくれないのは、それほどの友人関係を築いて来なかったツケだろう。


 外は日が沈み始め、教室もオレンジ色に染まって来た。

 何で僕はこんな日に、こんなことをしているのだろうか、黒板に描いてある『卒業おめでとう!』の落書きを見て、僕は本気で泣きそうになってきた。


「あれ?もしかして泣いてんの?」

 不意に誰かに話しかけられた、教室の入口を見ると、一人の女子生徒がニヤニヤしながら僕の事を見ている。

「君ってそういうキャラだったっけ?意外だね」

 そうからかってくる彼女は、僕が密かに三年間片想いをしていた相手だった。

「ち、違う!ロッカーの片付けが終わらなくて泣いてんだよ!」

 弁解したつもりが、余計に情けない事を言っている気がする。

「あはは、何それ!ってなにこれ!まだこんなに荷物残ってんの!?」

「しょうがないだろ!そういう君は何でまだ学校にいるんだ?」

「友達が部活の挨拶行ってるから、待ってんの、最後に教室見とこーと思ったんだけど、君がまだいるとは思わなかった」


 平静を装っているが、内心かなり浮かれていた、彼女と最後の教室で話せるとは思ってもいなかったからだ。

 彼女とは中学三年間同じクラスだった、あまり目立たない僕にも、隔たり無く接してくれる彼女の事を、僕はいつの間にか好きになっていた。

 しかし告白する勇気など到底無い僕には、ただ彼女と同じクラスであることだけで満足していた。

 だが、今日という日に、夕焼けが差し込む教室で二人きり、これはまたとないチャンスではないか? 振られてしまってもどうせ今後会うことはない、淡い青春の一ページに刻まれるだけだ。

 よし……今日僕は男を見せる、ここで彼女に告白する。

 あぁ、神様、最後にこんなチャンスをくれてありがとう。


「ちょっと、手が止まってるよ!全く、しょうがないから私も手伝ってあげる」

「え!?悪いよ」

「いいから、友達が来るまでの間だけだよ」

 こんな良いことが続くと、僕は今日死んでしまうのだろうかと心配になってきた。

「何これ!?こんな物いらないでしょ!捨てるよ!」

「あぁ…それは美術の授業で作った変な像…」

 彼女は僕が捨てられずにいた物達を、どんどんゴミ箱にシュートしていった。


「ふう、大方片付いたね」

 ほとんどがゴミ箱行きになってしまった。

「う、うん…」

「それじゃ、そろそろ行くね、高校ではもう少し整理整頓出来るようになりなよ」

 そう言い残し、彼女は教室を出て行こうとした。

「あ!まって!」

 咄嗟に呼び止めてしまった、しかし先ほどまでの勢いは、完全に消沈してしまった。

 しかし彼女とは違う高校だ、これが彼女にと話す本当に最後なのだ。

「あっと…手伝ってくれてありがとう、高校でも元気で!」

 僕が今彼女に伝えられるのはこれが精一杯であった、我ながら情けない。

「ふふっどーも!君もね!」

 彼女は含みのある笑顔でそう言って、行ってしまった。

 彼女にもう会えない、そう考えると今度は本当に涙が出てきてしまった。


 そんな気分のどん底でも、この荷物を持って帰らなければならない。

 彼女のおかげで大分処理できたが、それでも両手いっぱいの荷物になってしまった。

 重い…重いのは気分だろうか、荷物だろうか、恐らく両方だ。

 そんな重い足取りで、僕は教室を後にした。


 振られてもいないのに何故こんなに気が重いのか、むしろ告白して振られた方がスッキリしていたに違いない、さっそく先ほどの自分の選択を後悔していた。

 校門で最後に校舎を眺める、さようなら中学校、さようなら僕の初恋。


「どーん!遅いぞ!」

 相変わらずの重い足取りで校門を出た時、背後から何者かにどつかれた。

「うわわっと!ちょっ!誰!」

 間一髪で態勢を立て直し、後ろを振り返る。

「どんだけ時間かかってんの?」

 そこには、先ほどさよならしたはずの彼女が立っていた。

「あれ?友達は!?」

 純粋な疑問を彼女に投げかける。

「あー…部活のお別れ会?そのまま行くんだってさ、だから君の荷物持って帰るの手伝ってあげようと思ってさー」

 彼女は女神か? いや、何か裏があるのか?何だか逆に怖くなって来た。

「なに?嫌なら帰りますよー?」

 何も言わない僕に、彼女は再度からかってくる。

「い、嫌じゃない!嫌じゃない!」

「そー?じゃ、これ持ってあげるね」

 そう言うと彼女は、僕のカバンにぶら下げていた体育館シューズが入った袋を取った。

「どーも、ありがとうございます」

 これが本当の本当に彼女との最後か、ならば今ここで告白してしまおう。

「あ…あの!」

「あ、そうだ、高校入ったら君のロッカー抜き打ちでチェックしてあげるね」

「え…?でも高校違うでしょ?」

「あ、知らないんだ、私志望校変えたんだよ」

「…え?」

 知らなかった、思えば僕は彼女の事をほとんど知らないのだ。

「だから高校でもよろしくね」

「あ、はい、よろしく」

 危なかった、もし今告白していたらどうなっていたか。

 彼女はふふっと笑い、体育館シューズの入った袋をクルクルと回していた。

 バシッ「いたっ!」「あ、ごめん」

 彼女に告白するのは高校に入ってからにしよう、そう心に決めたのであった。


「そういえば何か言いかけなかった?あれ?また泣いてる?」

「な、泣いて無いって…!それは…今度話すよ…」

「そう、それじゃ期待して待ってるよ」

「…!?」

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