あの日は友達

戸間都 仁

桜が散る頃

 桜が散る姿は幻想的で好きだ。

 粉雪のようにはらはらと降り注ぐ桜吹雪の中、本を読みながらうたた寝をしたい、桜咲くこの季節は良くそんな事を考えている。


「おーい!栞ー!しーおーりー!」

 桜街道を学校に向かい歩いていると、後から良く耳にする声が私の名前を呼びながら近づいて来る。

「あ!諏訪さんおはよ!」

 後ろを振り返り、それが級友であることを確認し、私も彼女の名前を呼んだ。

「もう~また!瑠璃るりでいいよぉ~」

 相変わらず名字で呼ぶ私に、彼女は何時ものように、名前で呼ぶよう訂正してくる。

瑠璃は一目見ただけで運動部だとわかるくらい活発な女の子だ、ショートカットの髪に爽やかな笑顔が良く似合う。


 高校の入学式から、いくばかりかの日にちが過ぎ、新しい環境にも大分慣れてきた。

 そんな日常になりつつある登校中、桜の絨毯の中に一瞬何かが光った気がした。

「あ、これ…定期入れだよ」

 屈んで光の元を確認すると、誰かが落としたであろう定期入れだった。

「あら~誰か落としたのかな、職員室に届ける?」

 二つ折りの物で、中には学生証と定期が入っている。

「ん~気が付いて戻ってくるかもしれないからちょっと待ってる、瑠璃は先いってて」

「うーい、じゃまた教室で!」

「ん、またね!」

 瑠璃に別れを告げ、桜の木の下で持ち主が現れるのを待つことにした。


 ギリギリまで待って、持ち主が戻って来なかったら、教室まで届けてあげよう。

 学生証を確認すると『笛吹 未來』と持ち主の名前が記されている。

 学年は同じ一年生、証明写真を見る限り、おとなしい雰囲気の子のようだ。

「フエフキ ミライ…かな?あれ?このキーホルダー…」

 定期入れには、古びたキーホルダーがついていた。

 お土産屋で売っているような安っぽい金属製の物だ、しかし私はそのキーホルダーに見覚えがある。

 2つセットの物で、合わせるとハートの形になる物だ、私はこれと同じものを持っている。

 私が持っている物は無くさないよう、鍵に付けている。

 リュックサックから家の鍵を取りだし、定期入れの物と合わせてみた。

「やっぱり同じやつ…」

 私の物は大切な友達、オオツキ ミクとお揃いで買ったものだ。

 この定期入れの持ち主も、大切な誰かとお揃いで買った物なのだろうか。


 そんな物思いに浸っていると、一人の女子生徒がこちらに歩いて来るのが見えた。

 ふらふらとした足取りと、時折屈んで、桜の花びらをかき分けている姿から、彼女が探し物をしているであろうことが伺える。

 「もしかしてこの定期入れあなたのですか?」

 屈んでいる彼女に近づき、声をかけた。

 「……」

 しかし返事が無い、彼女は必死に桜をかき分け、こちらに全く気が付いていない。

 「あの!」

 今度は彼女の肩を叩きながら、もう一度声を掛けてみた。

 「は…はい…!」

 彼女は、背後から襲われたかの如く飛びのき、私から距離を取ると、私の顔と定期入れを交互に見て、オロオロしている。

「この定期入れあなたの?」

 顔を上げた彼女は、やはり学生証に映っていた女子生徒であった。

 写真の印象と変わらず、あまり活発ではない印象を受ける。

「あ、え…と、はい…」

彼女は、風に吹かれたら消えそうな声で返事をし、申し訳なさそうに頷いた。

「よかった!そこで拾ったから、探しにくるんじゃないだろうかって、待ってたの」

「あ…その」

「はいどうぞ、今度は落とさないようにね!」

 彼女は何か言いたげな表情を浮かべながら、差し出された定期入れを受け取った。

 挙動不審なその姿はまるで、昔の自分を見ているかのようだ。


「あ、あり…」キーンコーンーー

 学校の予鈴だ、気が付けば辺りはすでに誰もいない。

「やっば!もうこんな時間!それじゃ私行くね!」

「あ…まっ…」

「もう落とさないようにね!私同じ一年の蓼科 栞!ヨロシクね!それじゃあなたも遅れないようにね!」


 花びらの絨毯の上を走りながら、私はオオツキ ミクの事を思い出していた。

 彼女は元気にしているだろうか。

 明るく、誰にでも隔たりなく接する彼女は、今でも何処かで誰かを笑顔にしているだろうか。

「会いたいな…」そして謝りたい。

 あの時、約束を守れなくてごめんね…と。

 彼女と始めて出会ったのは小学四年生の時、彼女が私たちの学校に転校してきた。

 その頃の私は内気なうえ人見知りで、友達もいなかったーー。




 カーテンの隙間から射し込む日差しで目が覚める。

 今日もまた朝が来てしまったようだ。

 小学三年生の春休みが終わりを告げ、今日から四年生だ。

「ん~うぅ…学校行きたくないよぉ…」

 春休みは誰とも遊ぶことなく、毎日お母さんと本を眺めていたら終わってしまった。

 強いて挙げるなら図書館に行ったことくらい。


 桜というのは、何でこんなに早く散ってしまうのだろう。

学校に行く道に咲く桜は、重い雨に打たれながら必死に花を散らさぬよう、耐えているように見えた。

「あー春休み楽しかったな~吉田が橋から飛び降りて骨折ったのはけっさくだったわ」

「あいつほんと馬鹿だよなー!」

「すみれちゃんはどこかお出掛けしたー?」

「春休みは短いからぁちょっと旅行行っただけ~」

 朝の学級会が始まるまでの時間、クラスメート達が春休みの思い出自慢をしている。

うちの学校はクラスが少ないため、学年が上がってもクラス変えが無いのだ。

「しおりちゃんはぁ春休みどっかいったー?」

 つまらなそうにしている私を見かねたのか、クラスで目立っているすみれちゃんが、話題を振ってきた。

「…えっ?私…?…っはえっと…」焦ってしまい、言葉が出てこない。

 皆が私を見ている…何か…何か話さないと…。

「…えっと…その…図書館か…な」春休み唯一出掛けた場所だ。

「はぁ~?なにそれつまんない、わたしなんてぇ~…」

 彼女の言葉は刺々しい、早くこの時間が終わればいいのに……。


 キーンコーンーー

 そんなモヤモヤした気持ちを、チャイムがかき消してくれた。

「ほらー席つけー、上級生になったんだから少しは気を引き閉めろよー」

 朝の学級会が始まり、担任の先生が騒がしい生徒達を、大きめの声で静める。

「せんせー!その子だれ!だれ!?」

「あせるなあせるな、今話すっての」

「今日からこのクラスの仲間になる大月 未來さんだ、みんな仲良くしろよー」

 先生の隣には、笑顔でクラスを見回している女の子が立っていた。

「始めまして!おおきいつきのみらいと書いてオーツキ ミクといいます!」

隣のクラスまで聞こえそうな声で、彼女は自己紹介を始めた。

「趣味は本を読むことです!あ、でも外で遊ぶのも好きです!特技は~…!あと~…!」

「あー自己紹介はそれくらいにしてもらえるかな」

先生が止めなければ永遠と話続けそうだ、それくらい勢いがあった。

「あ、はい!私は早くみなさんと仲良くなりたいです!ヨロシクお願いします!」


 その日の休み時間は大騒ぎだった。

 次々と繰り出される質問に愛想良く答える彼女は、あっという間にクラスの人気者になってしまった。

 私はそんな彼女の事が羨ましくもあり、また妬ましく思ってしまう。

 私なんか友達の一人も出来ないのに、そんな事を考えてしまう自分が嫌になる。


 ドンッ「ちょっとーじゃまー」

「あ…ごめんなさ…」

「あ!みくちゃん今日イヲンにショッピング行かなーい?」

「うん!いいよー!」

「あ、それ私も行きたい!」

「それじゃ皆でいこー!」

 掃除の時間、クラスの皆か放課後の遊ぶ約束をしている。

 その中に自分もいたら…そんなことを考えていると、不意に大月 未來と目があってしまった。

 すぐに視線を落とし、掃除をしている振りをしてしまった。

 一瞬だったが彼女が笑いかけてくれたような気がした。

も、もしかしたら私も誘ってくれるかな…!

 そんな淡い期待も虚しく放課後、私は独り下校をしている。

「今日はあそこ行こうかな…」

 小高い丘陵の上、町全体と夕陽が見える小さな広場がある。

 私はここをゆうひがみえる公園と呼んでいる。

 まっすぐ家に帰りたくない気分のとき、私は良くここにくる。

 寂れたベンチが数個置いてあるだけの小さな広場。

 ここで夕陽が沈むまで本を読むのが、小さな楽しみであり、心が落ち着く私だけの世界なのだ。

「わー!すごーい!綺麗な夕焼け!」

「うぇ!?だ、だれ!」

 唐突な背後からの声に驚き、声を上げてしまった。

「あ!驚かせてごめんね!たてしな しおりちゃんだよね!」

 そこには夕焼けに紅く照らされた大月 未來が立っていた。

「ここすごいねーこんなところあるんだー私まだこのまち良くわからないからたまに散歩してるんだ!」

「…そう…なんだ…」

「たてしなちゃんは良くここくるの?あ!その本私も読んでる!主人公がさ~…」

「…えぅ…」

 彼女はマシンガンのように喋り出した、全くついて行けない。

「あ!ごめんねー私喋りすぎだね!テヘ~」

「いぇ…」

 彼女の笑顔は夕陽のように暖かく、私のことを照らしている気がした。

「しおりちゃんは良くここくるの?あ!しおりちゃんって呼んでいい?」

「う、うん…たまに…夕焼け綺麗だから…」

「へぇ~しおりちゃんこの街くわしいの?今度案内してよ!」

「え…でも…私何かより…友達のすみれちゃんとか…私何かと行っても楽しくないよ…」

「えー?何でそんなこと言うのー?あ!めんどくさいとか思ってるんでしょ!」

「いや…!そういうわけじゃ…私友達もいないし…」

「じゃ決まり!明日行こ!」

「えぇ…?人の話聞いてない…」

「友達じゃなきゃだめなら今から私としおりは友達ね!それで決まりっ!」

「えぇ…っ!わ、わかった…と、友達…」

 そんな簡単に友達になれるものなのか、彼女にとってそれはいとも簡単なことなのだろう…。

「それじゃ夕陽も沈んじゃったしかえろー!」

 初めて友達が出来た…。

「大月 未來…みくちゃん…」

 どうしよう…明日の朝あいさつとかした方がいいのかな?

「み、みくちゃんお、おはよ!き、昨日はありがとう!」

 鏡の前で予行練習をしてみた、もう少し笑顔の方が良いかな。

「みくちゃん!おはよう!」

 よし…明日ちゃんとあいさつするんだ!

「しおりー?何してるのー?ごはんできたわよー?」

「うぇ!べ、別に何も!?ノックぐらいしてよ!」

「あらやだ、反抗期かしら」

 心臓がドキドキするのはおかあさんに見られたからか、初めて友達が出来たからか…。

「あ!しおりおはよー!」

「あ…おは…」

「えー?なにそれ?めっずらしー」

「昨日偶然会ってお話したんだよね!」

「ふーんこの子暗いから話はずまなくなーい?」

「あはは確かに~しおりちゃんくら~い」

「えーそんなことないよー?」

「うぅ…ごめんなさ…」

「あ!ちょっと!も~しおりいじめないでよー!」

「え~別にいじめてないし」

 場の空気に耐えられず、そそくさと自分の席に逃げてしまった。

 やっぱり駄目だ…みくちゃんみたいな私と正反対の子と友達になるなんて出来ないんだ…。

 その後は彼女顔をまともに見ることが出来ないまま、昼休みになってしまった。

 昼休みの図書室はほとんど人がいない、私はいつもここで過ごしている。

 教室は女子生徒達がお話をしているので居心地が悪い。

「おちつく…」

 私なんか隅っこで本を読んでるのがちょうどいいのだ、友達が欲しいなんてもう欲張らない。

「しおりみーつけた!」

「うわわわ!だれぇ!」

 いきなり背後から目隠しをされ、びっくりして大きい声が出てしまった。

「あははごめんごめん、しおりって以外と声でるんだねぇ」

「みくちゃん…!なんでここに…」

「しおり探してたんだよ、朝はごめんね」

 わざわざそれを言うために私を探してたのか。

「あ!今名前呼んでくれたね!」

「なんで私なんか…」

「なんでって友達でしょ?」

「私…みくちゃんの友達になれるのかな…?」

「ふふっしおりはおもしろいこというね!」

「え…」

「私が友達っていってるんだから友達にきまってるじゃん!」

「ほら!もう昼休み終わるよ!一緒に戻ろ!」

「…うん!」

 それから私は大月 未來と良く遊ぶようになった。

 誰かと一緒にいることがこんなにも楽しいんだなんて、私は知らなかった。

「しおりー?何か辛気臭い顔してんねーらしくないじゃん」

「んん~?ん~ちょっと昔のこと思い出してた」

「なになに~昔の男か~?」

「そんなんじゃないよーだ」

 キーホルダーのせいか、朝の彼女が昔の私に似ていたせいか、大月 未來と出会った頃を思い出していた。

「ほら~早くお昼にしよーよー私お腹ペコペコで死んじゃう~」

「はいはい、全く瑠璃は…あれ?」

「あ…今日お弁当ないんだった…ちょっと購買で買ってくるね!」

「ちょまっ!死んじゃうって~!」

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あの日は友達 戸間都 仁 @tomato_hitoshi

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