第4話
過ぎ去った夏の日
※
世界は七月という新たな月を迎える。まだ梅雨明け宣言はされておらず、見上げる空にはどんよりとした灰色の雲が覆っていて、いつ雨粒が落ちてきてもおかしくなかった。空気は湿っぽくじめじめとしていて、日常生活を過ごす分にはとても不快な時期である。
(ちょっとぐらい、平気だもん)
知らない地。その踏切を渡って線路を越えて、海沿いの堤防を右に曲がる。西方に向けて腕を大きく振りながら歩いている男の子。三日前にやって来た祖母の家にいても暇なものだから、本当はおとなしくしていないといけないのに出てきた。もちろん黙って出てきたわけでなく、ちゃんと祖母には伝えてある。その辺はいい子なのだ。
『天気もよくないから、あんまり遠くにいっちゃ駄目だよ』そう言われた。けれど、そんなの全然駄目な感じがなく、雨が降ったってただ濡れるだけで、へっちゃらである。
なぜなら、男の子はもうお兄ちゃんになったのだから。
(大丈夫だよ)
菴沢勇也。六歳。少し大きいサイズのTシャツにハーフパンツ姿で、左手に広大な海を眺めつつ、背よりも高い堤防の上で両腕を広げて、うまくバランスを取りながら歩いていく。
進行方向には、そこだけ海に出っ張るようにしてある竜頭岬が見えていた。その岬の上には灯台があり、その灯台は祖母の家からも見えたので、今はそこを目指して歩いている。
(へっちゃらだもん)
太平洋は広大だが、今は曇っているせいか、幾度となく沖合から押し寄せてくる波に重々しい印象があった。しかし、きっと梅雨が明ければ、ここには青い海に青い空という、とても爽快な光景が広がることだろう。そう考えるだけで、小さな胸は小さく躍る。
(あー、気持ちいいなー)
海から吹いてくる風が頬を撫で、なんとも心地よい。今日までずっと祖母の家でじっとしていたので、ただ歩いているだけで爽快な気持ち。
今こうして勇也が歩いている駅近くから少し東側には、漁港がある。太陽が高い位置にあるこの時間なら、明日の漁に備えた多くの漁船が停泊しているだろう。それは今勇也が歩いていく向きとは反対方向。そちらにはいずれいってみるつもりだが、今日はとにかく灯台を目指していた。
(…………)
ふと見上げると、空に白色と黒色の
歩いている堤防は、電車のレールと並行するように舗装された道が伸びている。しかし、勇也はさっきから五分近くこの堤防の上を歩いているが、まだ車一台も擦れ違うことはなかった。
(……お母さん……)
祖母の家から慣れない土地をずっと歩いてきて、誰もいない静かな場所にいると、なんだか急に母親のことを考えてしまう。とても寂しい気持ちになって、思わず視線が下がる。
(……大丈夫。うん、大丈夫)
勇也は、俯きそうになる意識を寸前のところで堪え、ぎゅっ! と力強く拳を握りしめた。次に踏み出す足に意識して力を込めてから、再び堤防の上を歩いていく。
岬はもう目の前に見えている。灯台は目と鼻の先だった。
(おあー……)
崖。勇也は巨大な崖にぶち当たっていた。
(…………)
目の前に竜頭岬がある。遠くから見えていた竜頭岬は、歩いてきた堤防を妨害するような高い壁となり、ごつごつした岩肌には何本もの木が斜めに生えていた。勇也が目指している灯台はその上にある。
(…………)
勇也は、まるで通せん坊するように現れた竜頭岬の巨大な壁に、呆然と見上げることしかできない。ここで終点となる堤防の上に立っており、首をほぼ直角にして、口をぽかーんと開けて見上げるのみ。
大きくなったその目には、眼前にある崖の高さがマンションの五階ぐらいに見えた。ここからは本当にほぼ垂直な壁なので、灯台を目指すなら、やもりのようにその壁に吸いついてよじ登っていかなければならない。もちろんそんなの勇也にできるはずがない。手に吸盤がないし、上がっていくだけの腕力もないのだから。そもそも、そんなことを社会に暮らしている人間にできるはずないと思った。六歳ながらに。
(…………)
崖の上には灯台があるのだから、きっと反対側にはちゃんと舗装された道があるに違いない。違いないが、初めての勇也にはその辺りのことがよく分からない。よく分からないまま、ただ今は、それを自分が進むべき道として歩いてきた堤防が、突如として巨大な壁にぶち当たったことに、足を止めることしかできなかった。
(…………)
常に波の音が勇也に向かって押し寄せてくる。堤防の左側、すぐ下はごつごつした大きなテトラポット。そこに押し寄せてきた波が白い泡となって、すぐに消える。けれど、次の瞬間にはもう次の波が押し寄せてきていて、その場所に新たな泡を作っていた。その空間にほんの数秒しか存在しない淡い白色。生まれては、消えて、生まれては、消えて。そうしてまた生まれていく。
(……っ?)
勇也の視界、そこに赤色が過った。それはこれまでになかった色。意識してのことではなく、反射的にその色に引かれるようして顔を向けてみる。
「あっ……」
赤色は服の色だった。
勇也が立っている堤防と、灯台のある竜頭岬の崖の間に、緩やかに下る小さな道がある。といっても、そこは整備されているわけでなく、そればかりか正式な小道と呼べるようなものでもなく、ただ堤防の崖の境があるだけ。けれど、勇也にはそれが人間の通る道だと思った。
なぜなら、赤色の服を着た子供が、そこを通っていったから。堤防は海沿いにあり、だから堤防の向こう側はすぐ海で、そこには大きなテトラポットで溢れている。赤い服は、水面から顔を出すテトラポットの上をなんとも器用にぴょんぴょんっ飛び移っていきながら、どんどん岬の先の崖下の方までいってしまう。その姿、自在にジャンプして次々と障害を越えるゲームの主人公みたいだった。
「あのぉ!」
勇也は声を出す。出すというより、出た。目の前にいる赤色の服を着た子供に向けて。
誰もいなかったところにいきなり現れた人。であれば、目的地の灯台へいくにはここからどうすればいいか尋ねてみたいし、いや、そんなことより、ぴょんぴょんぴょんぴょんっと、次々にテトラポットの上を跳ねて竜頭岬の先の方にいく赤い服が、なんともおかしく見えた。おかしいというのはおもしろいというよりも、興味があるというもの。何をしているのか知りたかったし、だから、声をかけた。
「あ、の……」
次に発せられた声は、さきほどに比べれば随分小さなもの。さきほど勇也がかけた声に相手が振り返ったと思ったら、跳ねるようにこちらに近づいてきたので、もう大きな声を出す必要はない。
しかし、呼び止めたはいいが、初対面の子供にどう話しかけたらいいか考え……少しだけ手がもじもじしてしまう。
「…………」
勇也の視界、短パンに星がたくさんあるシャツを着た子供が、髪を揺らしながらテトラポットの上をどんどんこちらにやって来る。近づいてくると、頭に白色のものがあるのが分かった。その子供はカチューシャをしていたのである。
そうして勇也の足元までやって来たのは、出しているおでこも小麦色に日焼けした笑顔の似合う女の子。
「…………」
声をかけたとき、女の子だとは思わなかった。思わなかったことが目の前にある、その影響により勇也は次に出すべき言葉をうまく口に出せなくなってしまう。挨拶の言葉すらろくに出てこない。
「…………」
自分が呼び止めた女の子を前に、どうにもすることができずに、ただおろおろするばかり。
「……ぁ……ぁ……」
「どうしたのかなぁ?」
「あ、あの……」
勇也は堤防の上に立っている。女の子は堤防の向こう側のテトラポットの上からこちらを見上げてくる。それは真っ直ぐに大きな瞳。なんだかとても楽しそうに白い歯を出しながら。
釣られるように、勇也は小さく笑みを零していた。
「あの、さ、灯台って、そこの……どうすればいけるの?」
「ああ、それはねぇ、向こう側に階段があるんだよぉ。えーと、ぐるーっと回らないといけないんだよぉ」
女の子は崖を指差すようで、向こう側にあるだろう階段を示していた。女の子のすぐ下に、波の白色がいくつも弾けている。そういった場所に立っているのに、まったく動じることがないというのか、平然としていた。
そんな女の子が、小さく首を傾ける。
「えーとぉ、旅行なのかなぁ?」
「……ううん」
勇也は首を振る。ここには旅行にきたわけではない。勇也の家はここから車で二時間の大名希市という場所にあるが、だからといって決して旅行にきているわけではない。
「今ね、ばあちゃん家にいるの。妹と」
「お盆にはまだ早いんだよぉ」
「うん、知ってるよ」
今日から七月。盆は八月であることぐらい知っている。だからお盆の墓参りにきたわけでもない。それ以前に、勇也がこの竜天神町にやって来た理由だって分かっている。
分かっているが、それを口に出すことはない。
「その、君は何してるの?」
「夏希なんだよぉ」
「なつ、き? をしてるの?」
「違うんだよぉ。夏希はあたしの名前なんだよぉ。夏希ぃ」
にかっと白い歯で笑う。
「夏希、なんだよぉ」
「ああ、うん」
相手が名前を名乗ったから、勇也も自分の名前を名乗っていた。幼稚園で自己紹介する練習をしたことがあり、その時のように頭を大きく下げる。顔を上げたとき、ちゃんととびっきりのスマイルをして。
「それで、君は何してるの? そこ、何かあるの?」
「君じゃなくて、夏希なんだよぉ」
頬を膨らます夏希。けれど、怒ったというより、名前を呼んでもらえないことに納得がいかないように。
「よかったら勇くんもおいでよぉ。あっちからこれるんだよぉ」
「あ、う、うん……」
誘われるままに少し寄り道したからといって、目的地が逃げるわけではない。それに、ここまでずっと一人だったので、ちょっと寂しい気持ちもあった。せっかくこうして会えたのだ、もう少し一緒にいたい気分。誘ってもらえるなら、ついていくことにする。
勇也は夏希に大きく頷いてみせると、さっき夏希が通っていった堤防の切れ目に向かっていった。
「ここ、海、なんだよね」
堤防は海沿いに設置されている。であるなら、堤防の向こう側は海。そもそも堤防が水害を防ぐために海岸に築いた土手で、向こう側に海に決まっている。夏希はその向こう側にいた。勇也はそちらに誘われている。とすれば、勇也はこれから海に足を踏み出さなければならない。
海面に顔を出している大きなテトラポットの上を移動していくこと、もちろん勇也には不慣れなことで、ちょっとおっかない。けれど、女の子の前でそんな素振りを見せるわけにはいかない。そんなの格好悪いから。多少表情を強張らせながらも、堤防と崖の隙間からテトラポットへ跳び移っていく。
すると、足元のすぐ下に波が押し寄せてきた。一瞬にして無数の白い泡がその空間に弾ける。驚いた。海の上に立っていることがとても新鮮で、込み上げてくる感情をどう表現すればいいか分からず、無意識に『うわー』と声を出したのである。驚いたものでなく、初めての体験をして心がわくわくしたものがそのまま声として出ていた。
勇也が次の一歩を踏み出そうとすると、視界にいた船虫が一斉に堤防の割れ目に隠れていく。その素早い動きに、びくっとした。それは台所でゴキブリを見つけたときと酷似した反応。ちょっとだけ体が強張ってしまった。慣れないこの場所に臆したのかもしれない。けれど、そんなの気にしない。ごくりっと喉を鳴らして、次の一歩を踏み出していく。
「っ」
波がいくつもいくつも押し寄せてきて、そういった動きのある水面をおもしろく感じた。勇也はその場でしゃがみ込んで崖の下の方をよく注意するように目を細くして見てみると、小さな蟹を発見。『あ、蟹だ』そう思ったら、去年の夏休み、家族で山にキャンプにいって近くの樹木で甲虫を見つけたときぐらい、心がうきうきした。あの時はまだ母親のお腹は大きくなかったから、どんな場所にだって遊びにいけたのだ。
蟹を見つけた瞬間、テトラポットの隙間に思わず腕を伸ばす勇也だったが、蟹は押し寄せてきた波の白色に紛れるようにして消えた。ちょっと残念。
(どっかいないかな?)
立ち上がる。テトラポットの隙間から水面を覗き込もうとして、その視界の隅に赤色を見つけた。
(……そっか、こんなことしてる場合じゃなかったんだ)
顔を向ける。崖の先の方に夏希がいる。しゃがみ込んでいる勇也のことを不思議そうに見つめて。『忘れてた』勇也は相手に分かるように顔の横で手を振って、テトラポットから目の前のテトラポットへ足を伸ばす。
テトラポットそのものは勇也が乗っただけではびくともしない頑丈なもの。しかし、とても足場が悪く、うまくバランスを取らないと横や後ろに倒れてしまいそう。夏希が待っている崖の先の方までいくことに関し、ちょっと怖いような思いもあるが、しかし、夏希がそっちに待っているので仕方がない。先にいった夏希のように跳ねるようにとまではいかないが、なんとか一つずつ慎重に渡っていき、どうにか夏希の元まで辿り着くことができた。
額に汗を拳で拭う。暑さのせいと、ここまでバランスの悪い場所を慎重に足を運んできたことによる緊張によるものだった。
「あのねあのね、さっきあっちの方に、蟹がいんたんだよ」
「そりゃ、いると思うんだよぉ。だって、ここは海なんだよぉ」
「あ、そっか……」
自分の興奮とは裏腹に、『海に蟹がいるなんて、そんなの当たり前だよ』といった当然のような表情をする夏希に、なんとも罰の悪い。別に恥ずかしいことをしたわけではないが、それでもちょっと情けない気持ちがした。
「そ、そりゃ、蟹ぐらいいるよね。海なんだもんね」
「そうなんだよぉ。でもでもぉ、亀さんがいたらちょっとびっくりしちゃうんだよぉ。あんまり見ないんだよぉ、亀さんはぁ。海にはいるはずなんだけどねぇ、なかなか見られないんだよぉ」
「ふーん、そういうもんなんだ……で、今からどうするの?」
もう竜頭岬の先端である。ここから先は足場のない水面が水平線の彼方までつづいていた。
「ここに何かあるの?」
「勇くん、あっちなんだよぉ」
夏希は崖の方を指差す。ここから二メートル先。そこにはほとんどテトラポットの姿はない。けれど、岩礁というか、水面から出ている岩があった。あまり数はなく、うまくしないと海に落ちる恐れがある。けれど、夏希はまったく気にするような素振りなく、そちらに足を伸ばしていった。
「いってからのお楽しみなんだよぉ」
「あ、待って……」
水面から小さく顔を出している岩にも一切動じることなく、ぴょんぴょんっ跳ねていく夏希の背中を目に、勇也の喉が大きく鳴った。
(わー……)
それから、なんとも危なっかしい足取りながらも、崖沿いを慎重に、一つずつ確実に小さな岩を渡っていきながら崖の先を目指していく。『おーい、早くくるんだよぉ』そう前方から聞こえてくる声に焦りの色を浮かべながらも、どうにかこうにか夏希の背中に追いつくことができていた。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
夏希の背中に追いつくだけのことで、勇也は息が切れ、小さく肩を上下させる。胸に手を押さえなくても心臓の鼓動を感じることができた。額の汗は玉となって頬に伝わっていき、首へと流れて着ているTシャツに染みていく。
さっきまでそんなことなかったのに、今は物凄く暑かった。それは外気というより、内側から発せられる熱によるもの。慣れないことと、それによる緊張の連続により、多くのエネルギーを消費したのである。
「ここ……」
辿り着いた岬の先端部分。そこには断崖絶壁の崖があり、ぽっかりと大きな穴が空いていた。それは堤防からでは絶対に見ることのできない場所である。穴の高さが二メートルほどで、水が浸っているために地面を見ることはできない。けれど、よく注意して水面を見ると、底に白い砂を確認することができた。それほど深くはない。
「洞穴?」
「うーんとねぇ、こういうのってぇ、洞穴っていうのかなぁ? 洞窟っていうのかなぁ? うーん、よく分かんないなぁ。まっ、とにかくいくんだよぉ」
「えっ……」
一切の迷いがないばかりか、さも当然のごとく、夏希はどんどん奥へと入っていってしまう。穴の中も水で満たされている。水面から顔を出している岩の数は決して多いわけでない。その面積もかなり小さなもの。だというのに、躊躇なく、これまで同様に跳ねるようにいってしまった。そうして奥の方で実に楽しそうに『勇くん、早くするんだよぉ』そう手招きして。
「…………」
夏希の行動力に、ただただ唖然。
勇也はここまでくるだけで、かなり力を使ったのに、まだ先に進まなくてはならない。少し強張った、浮かべたくない笑みが浮かんでしまう。
「…………」
穴の奥から夏希が手招きしている。これから楽しいことしか待っていないかのような満面の笑みで。
勇也は意を決することにした。穴は崖の南側にあり、太陽の光が入っているので、真っ暗というわけではない。しかし、それでも、なんとなく踏み出そうとする足を躊躇する。堤防からここまでやって来ただけでも勇也からすれば普段ではすることのない冒険のように思えていて、今はさらに先に進もうという気力がなかなか湧いてこない。容易に足を踏み出すことができなくなっていた。
だからといって、そこで立ち止まっていても意味はない。前方では夏希が待っている。せっかくここまでやって来たのだし、勇也は夏希につづいて洞窟に入っていくことを決意する。
夏希のように水面から顔を出している岩の上に足を伸ばし、次の岩に慎重に足を伸ばして、次も慎重に、その次も慎重……一瞬バランスを崩すも、腕をぐるぐるっ大きく回して持ち直す。改めて次の一歩を踏み出して、その次も踏み出して、そうしてどうにか夏希に追いつくことができた。
勇也には、穴に入ってから結構移動してきたように思えたが、振り返ってみると、入口からせいぜい五メートルも進んでいなかった。その瞬間、足場の悪い場所を歩くのには、短い距離でもとても時間がかかることを学習したのである。これで勇也はまたちょっとだけ賢くなった。こんなこと、竜天神町にきたからこそ得られたことで、家のある大名希市にいては経験することができなかっただろう。
「うわー……」
洞窟の奥、水面に顔を出している岩の上に立ち、夏希の横に並んでみて、無意識に出した声が、ぐわんぐわんっとこの空間に反響して勇也の鼓膜を振動させる。
今までは移動してきた場所はトンネルのような狭い場所だったが、急に開けた場所に出た。半径五メートルほどのドーム状の空間。外からの光が僅かに届いている程度で、薄暗い。水面から顔を出す岩はここから先になく、これ以上先にいくことができない。水で満たされた半径五メートルのまん丸の水面。まるでテレビアニメで観た地中湖を思わせるような光景だった。
勇也は、しゃがみ込んでいる隣人に顔を向ける。
「ここが灯台の下なの?」
「そうなんだよぉ」
「へー、こんな場所があったんだねー」
出す声すべてが空間に反響し、それがなくなると小さな波の音で支配される。そんな非日常的な世界に、勇也は口を閉じることをすっかり忘れていた。周囲にあるごつごつした岩肌を見つめ、首を動かして天井を見上げてみると、突起のように出っ張っている箇所は一切なく、きれいなドーム状となっている。まるでここにあった大きなボールを取り除いたような場所だった。
外からは弱々しくなった小さな波が押し寄せてきて、そのまま勇也たちの横を通って奥の壁にぶつかって弾ける。そうして水面が引いていく。暫くすると、また波はやって来て、奥の壁にぶつかり、無数の白色を作っては静かに引いていく。
「……んっ?」
視界の隅、隣人の手がおかしく見えた。顔を向けてみると、やはりおかしなものがそこにある。
「それ?」
「ああ、蟹さんなんだよぉ。今そこで捕まえたんだよぉ」
しゃがみ込んでいた夏希が立ち上がると、右手には蟹を掴んでいた。親指と人差し指で甲羅を摘むように持っており、素手で捕まえていた。甲羅は緑っぽく、二つある鋏はミニチュアのよう。
直後、夏希は捕まえた蟹を目の前の水面に投げ入れた。
蟹は空中に小さな放物線を描いて、水面に落下。揺れる水面に一つの波紋ができる。
生まれた波紋は、徐々にその大きさを増していき、丸い壁にぶつかっていった。
「…………」
蟹を投げ入れた丸い水面の前、夏希は目を閉じる。
胸の前で手を合わせ、ゆっくりと口を開けた。
「早くお母さんが元気になりますようにぃ……」
「…………」
勇也の目には、夏希によって水面に投げ入れられた蟹の姿はもう見えない。近くの岩の間にでも逃げていったのだと思うが、薄暗くてよく分からなかった。その間も、隣にいる夏希は前にあるドーム状の空間に向かって手を合わせている。まだ瞼は閉じられたまま。
世界は、やはり押し寄せてくる波の音に包まれていた。静かに反響して、勇也の胸にやさしく届けられている。
「……あのさ、何やってんの?」
「あい?」
問いかけられたことに反応するよう、夏希は目を開けた。勇也の方に顔を向け、同時に首を傾ける。
「お願いしてたとこなんだよぉ」
「ここで?」
「そうなんだよぉ……そっか、勇くんは知らなかったのかなぁ?」
夏希は目をぱちぱちっさせた。胸の前で合わせていた手を解き、水で満たされた丸い水面を見つめる。新たな波が押し寄せてきていた。
「今ねぇ、
「竜ぅ……?」
「竜天神様なんだよぉ」
二人がいるこの岬は竜頭岬。その岬があるこの町は竜天神町。
「ここにねぇ、竜天神様がいるんだよぉ。それでねぇ、あたしはこうやって毎日お願いしにきてるんだよぉ」
「ふーん……あの、お前のお母さん、どうかしたのか?」
さきほど夏希は『早くお母さんが元気になりますようにぃ』と願っていた。それは母親の現状がそうではないことを意味している。
「もしかして、病気とか?」
「うん……お母さんねぇ、ずっと病院にいるんだよぉ。最初はちょっと検査するだけのはずだったんだけどぉ、なんだか入院しなくちゃいけなくなっちゃったんだよぉ……雪が降ってた頃からずっと病院でねぇ、全然帰ってきてくれないんだよぉ……それであたしぃ、こうして竜天神様にお願いするようになったんだよぉ」
夏希は水面を見つめる。それはとても真っ直ぐに。微小の汚れも存在しない透き通った眼差しで。
「だってねぇ、あたしぃ、お母さんのこと大好きなんだよぉ。お母さんと一緒にお風呂入りたいしぃ、前みたいに一緒にご飯だって食べたいしぃ、一緒のお布団で寝たいしぃ、いっぱいいっぱいお喋りしたいんだよぉ」
「…………」
「でもでもぉ……今は病院にいるからぁ、一緒にいられないんだよぉ……」
笑顔の消えた夏希の表情。声がとても弱々しいもの。
「あたしのお母さん、病気なんだよぉ……今もずっとぉ、病気、なんだよぉ……」
「…………」
「あたし、わがまま言っちゃ駄目なんだよぉ。そんなのお母さんに迷惑かけちゃうだけなんだよぉ……お母さんの病気が治るのぉ、ちゃんと待ってないといけないんだよぉ。ちゃんといい子にして待ってないといけないんだよぉ」
顔を伏せた。今にも夏希の瞳から溢れ出るものがあるみたいに。とても寂しく、とても儚い女の子の表情。
「…………」
「……そっか、お前もなんだ」
「あい……?」
届けられた声は、夏希にとって疑問符を抱くもの。伏せていた顔を上げると同時に、一度大きく瞬きをする。
「もぉ?」
「そうだよ。僕もそうなんだ。僕の母さんも今病院にいるんだ」
それは勇也にとって寂しいことだというのに、今は意識して虚勢を張るというか、大したことないみたいな感じでさらっと言い退けた。そう口を動かすことに、意識して腹の中心に力を込めて。
目の前にいる夏希の寂しさを少しでもなくしてあげるために。
「母さん、入院してるんだ」
勇也が口にした声は、何度も何度もこの空間に反響し、すべてが口に出した勇也の耳に伝わってくる。自分が吐き出した『母親の入院』という事実に、荒れるような心を落ち着けるように、ゆっくりと息を吐いた。下がりそうな視線を、どうにか堪えて。
勇也は夏希のことを見つめる。
「同じなんだな、僕たち」
勇也は壁側の岩まで移動していき、バランスが崩れないように湿った壁に手をつきながらゆっくりとしゃがみ込んだ。そうして改めて夏希の方に顔を向ける。そこに寂しさを含まない笑みを携えて。
「先月にさ、赤ちゃんが生まれたんだよ。僕の妹のことね。だから僕、もうお兄ちゃんなんだ」
どこか誇らしいように、自慢するように、胸を勇也。
「だけどさ、母さん、妹が生まれたらなんかちょっと具合が悪くなっちゃって、ずっと病院にいるんだよね。それがね、妹が生まれるまでいた病院じゃなくて、もっと大きな病院なんだ」
赤ん坊を生んだこと、それが母体に多大な影響を及ぼしていた。その結果、勇也の母親は緊急入院することとなったのである。すでに半月以上が経過しているが、まだ退院できていなかった。
「僕の家ね、大名希にあるんだよ」
大名希市。この竜天神町から車でも電車でも二時間かかる都市。海と山がすぐ近くにあるこの竜天神町とは比べものにならないほどビルの数が多く、栄えた地方都市であった。
「でね、母さんが入院しちゃって、父さんはいつも仕事で忙しくて、だから家には僕と赤ん坊しかいないから、そんなの駄目だって……だからこっちに来たんだよ。こっちにばあちゃん
父親には仕事がある。母親は入院している。そんな両親と離れ離れとなり、勇也は生まれたばかりの赤ん坊とともにこの竜天神町へやって来た。それがつい三日前のこと。母親の容態がよくなるまで祖母の家にお世話になるだけなので、荷物は着替えしか持ってきていなかった。当たり前である、勇也はすぐ大名希市に帰る気でいるのだから。
母親はすぐよくなると言っていたし、そう約束もしてくれた。通っている幼稚園だってまだ夏休みに入っていない。友達とプールにいく約束もしている。であれば、この竜天神町にいつまでもいるわけにはいかないのだ。
「だからさ、すぐ帰るから」
母親の病気がよくなるはずだから。
だから母親に会えない寂しさは、胸のずっとずっと奥にしまい込んでいる。それを決して表に出さないように。
勇也はにかっと笑みを浮かべた。
「だから、僕たち同じなんだよ」
同じ境遇にいるんだよ。
「ねっ?」
「……勇くんのお母さんも病気で入院してるのかなぁ……?」
「そうだよ。夏希と一緒」
「うん……」
「うん」
そうして暫く黙り込む勇也。なんとなく、次に発すべき言葉が見つからなかった。
「…………」
空間から声がなくなると、勇也の耳には押し寄せてくる水の音が大きく聞こえるようになる。まるで母親と一緒の布団に入ったときのように、普段は全然気にならない自身の呼吸音が気になるようになっていた。
小さく開けられた口から息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて……そうして、自然と下がっていた視線を上げる勇也。意識して頬を大きく緩めながら。握る拳に力を入れて。
「……でさ、お前、なんでさっき、蟹投げてたんだよ? せっかく捕まえたのに」
「夏希なんだよ。お前じゃないんだよ」
「あ、ああ……夏希はさ、どうしてそこに蟹投げてたんだよ?」
「それはねぇ、お母さんが教えてくれたんだよぉ」
夏希はドーム状になっている奥の方を指差す。相手が知らないことを説明することに関し、どこか誇らしいように胸を張りながら、その表情は得意満面。
「ここにねぇ、竜天神様がいるんだよぉ」
「そういや、さっきもそんなようなこと言ってた気がするけど、竜天神様って?」
「あい? うーん……」
夏希は首を傾ける。それはなかなか元に戻ってはくれない。
「うーんとうーんとぉ……あ、あたしだってまだ会ったことないからぁ、詳しいことは分からないんだよぉ。でもねでもねぇ、ここにいる竜天神様はねぇ、誰にでも一個だけ願いを叶えてくれる凄い神様なんだよぉ」
「神様が願いを叶えてくれる?」
「そうなんだよぉ」
満面の笑み。
「お願いを叶えてもらうためにはねぇ、ただお願いするだけじゃ駄目なんだよぉ。お願いするときにねぇ、さっきみたいに蟹さんとかを投げないといけないんだよぉ」
「どうしてだよ?」
「あい? うーんとねぇ……」
夏希はまた首を大きく傾ける。体がとても柔らかく、首を直角に曲がって頬が右肩にくっついていた。それほどまでに巨大なクェスチョンマークが、今の夏希の頭に
「……ご飯かな?」
「神様がご飯食べるのか?」
「そりゃ、竜天神様だってお腹ぐらい空くんだよぉ。勇くんだってそうなんだよぉ。だからねぇ、蟹さんとか貝さんとかぁ、海にあるのぉ、投げるんだよぉ。そうしたら竜天神様はお願い叶えてくれるんだよぉ」
「ふーん、そんなもんかねー」
勇也の頭にふとした疑問。
「あ、でもさ、お前は毎日お願いしにきてるんだろ? ってことは、お前の母さん、まだ病院にいるってことなんだよな?」
「あたし、夏希だよぉ」
「……夏希の母さんは、まだ病院にいるってことなんだろ?」
「そうなんだよぉ。だからこうして毎日お願いしにきてるんだよぉ。『早くお母さんが退院しますように』ってお願いしてるんだよぉ。だってねだってねぇ、ここにいる竜天神様は誰にだって一個だけ願いを叶えてくれるんだよぉ」
「ふーん。ってことはさ、その神様にどんなにお願いしても、すぐには叶えてくれないってことなんだな?」
「あい?」
夏希には言われたことが理解できなかった。少し時間をかけて考えてみても、よく分からない。よく分からないことは、質問してみることにする。そう母親にいつも言われているから。
「どういうことなのかなぁ?」
「だって、そうじゃねーか。ここの神様がすぐ願いを叶えてくれるんだったら、夏希の母さん、もうとっくに退院してるだろ? お前、毎日ここにきてるんだから」
「……ああ、そっかぁ。そうだねぇ、勇くん、頭いいねぇ」
「まーな」
勇也は、竜天神様がいるとされる丸くて薄暗い水面を見つめる。今も小さく波打ち、奥の壁で白色が弾けていた。直後に水は引いていく。
「だから、ここにいる竜天神様ってのは、意地悪な神様なんだろうな」
「あい? 意地悪なのかなぁ?」
「そうじゃん。だって、誰にでも願いを叶えてくれるんだろ?」
「一個なんだよぉ」
「でも、夏希の願いはなかなか叶えてくれないじゃんか。だからきっと意地悪してるんだよ」
瞬間、勇也の頬は大きく緩んでいた。相手をからかうような、ちょっと意地悪な笑み。
「あー、それとも、夏希にだけはそうなのかもしれないな。他のみんなにはちゃんとお願いを叶えてやってるんだけど、きっと夏希にだけ意地悪してるんだよ。だって、夏希だから」
「……どういうことかなぁ?」
「もっとかわいい子なら、すぐ叶えてくれるかもしれないってこと」
「…………」
一度目を大きく見開いたかと思うと、ぶすっとしたように頬を大きく膨らます夏希。眉間に皺を作り、目つきはとても鋭いものに。
「……いいんだよいいんだよぉ。別にあたしはかわいくなんてないんだよぉ」
横を向く。いやなものから顔を逸らせるようにして。
「意地悪されたって、竜天神様には一所懸命お願いするんだよぉ。そうすれば、きっとあたしのお願いを叶えてくれるはずなんだよぉ。かわいくないあたしでも、竜天神様なら絶対にお願い叶えてくれるんだよぉ」
「にっしっしー。もー、そんなに怒らなくてもいいだろ? 冗談だ、冗談。ほらほら、機嫌直して」
「別に怒ってなんていないんだよぉ。そんなことないんだよぉ」
「そういう台詞って、大抵怒ってる人が言うことなんだけどな……」
頬をぽりぽりっ掻きながら困ったような表情を浮かべながらも、勇也は状況がおかしくなってきた。目の前にいる夏希と喋っていること、それがとてもおもしろいことのように思えてきて、大きく口元を緩めていく。
「よーし、僕もやってみよー。僕だって叶えてほしいお願いぐらいあるもんねー」
「意地悪な勇くんの願いなんて、絶対叶えてもらえないと思うんだよぉ」
「そんなことないよ。だって、誰にでも一個だけ願いを叶えてくれるんだろ?」
言うが早いか、勇也はしゃがんでいる岩から水面を覗き込んでみた。あまり明るいわけではないが、なんとか水底を確認できる。底はすぐ手が届くほど浅いわけではないが、かといって見えないほど深いわけでもない。
波によって小さく揺れる水面をよーく見つめると、壁のところに小さな蟹を発見。少しも動くことなく、そこでじっとしている。外観は岩の色とほとんど同じなので、見つけられたことは運がよかった。
チャンス。
「そこっ」
勇也はしっかり狙いを定めて、水面に向かって勢いよく手を突っ込んでみる。のだが、水面がばしゃっと音を立てるのと同時に、蟹は岩陰に逃げていった。当然その手に掴んだものなどない。手にはその感触すらないのだから。
「くそー。今のやつ、どこいきやがった!? おーい、蟹ぃー。蟹ってばー。逃げてないで出てこいよー」
「あのねぇ、勇くん、別に蟹さんじゃなくてもぉ、貝さんでもいいんだよぉ。昆布さんとか海草さんとかでもぉ。海のものなら何でもいいって、お母さんが言ってたんだよぉ。だからねぇ、貝さんにするといいんだよ。貝さんなら逃げないしさぁ、ほらぁ、そこにもあるんだよぉ」
「いいや、蟹がいい。蟹じゃなきゃ駄目なんだ」
きっぱりと言い放つ。すぐに、そうしなければならない理由を付け加えて。
「だってだって、夏希に捕まえられて、僕に捕まえられないはずないもん。そんなこと絶対ない」
一度逃げられたから意地になっているのか、はたまた女の夏希にできて男の勇也にできないはずがないという壮大な意地に揺り動かされているのか、勇也は夏希の助言に耳を一切貸すことなく、さきほどの蟹が逃げ込んでいった岩を覗き込む。亀のように首を伸ばして、水面ぎりぎりにまで顔を近づけて。
「…………」
揺れている水面に、岩の下は薄暗い。もっとよく見るために身を乗り出して水面を覗き込み、角度を変えて岩の奥の方を覗き込み、そうして覗き込んで覗き込んで覗き込んで覗き込んでいって……勇也は岩陰を覗き込むことに夢中になり、自分が今しゃがみ込んでいるそこがとても安定感のない、水面にちょっと顔を出しているだけの岩の上だということを忘れてしまう。
その結果、
「えっ、あ、あ、あーっ!」
落ちた。ぼちゃーんっ、と音を立てて。
蟹を探すことに夢中になり、必要以上に前傾姿勢になって、『危ない!』と思ったときに腕をばたばたっさせて足掻いたところで持ち直すことができずに、そのまま目の前の水面に倒れ込んでいったのである。
「ぷはっ。わっ、わっ、わっ、わっ」
「だ、大丈夫かな、勇くん!?」
「わーっ! わーっ! わーっ! わーっ!」
顔面から水面に突っ込んだ。それはもう驚きでしかなく、勇也は激しいパニック状態。
「わーっ! わーっ! わーっ! わーっ……わっ」
けれど、だからといって、どこか怪我をしたわけでもなければ、溺れたということもない。ここはそれほど浅いわけではないので、頭から突っ込んでも水底に顔を打ちつけることはなく、だからといって足が届かないほど深いわけでもないため、底に足をつけて立つことができた。ずぶ濡れの状態で、水面は胸の高さにある。
「うー……」
ぺしゃんこになった髪の毛から水が滴り落ちていく。海水に濡れてびしゃびしゃの現状と、現状における自身の情けない姿に、とても納得いかないように唇を尖らせて頬を膨らませた勇也が顔を歪める。海水を含んだ口がしょっぱかった。
「うえー」
舌を出し、『ぺっ、ぺっ、ぺっ、ぺっ』と何度しょっぱさを海に吐き出したところで、なかなか塩分が口からなくなることはない。そればかりか、鼻の奥がきーんっとした。変なとこに水が入ったような、いやな痛み。
心情として、もうすぐにでも家に帰りたかった。
肩はがっくりと落ちていく。
憂鬱。
「…………」
まだ鼻の奥が痛い。思わず目頭が熱くなる。しかし、その感情は自身で抑えた。これ以上、夏希に情けない姿を見せるわけにはいかない。
「……あーあ、びしょびしょだよー」
「…………」
「もー……」
がっくしと顔はうなだれ、だからといっていつまでもそうして水に浸っているわけにはいかない。プールから上がるときのように、びゅんびゅんびゅんびゅんっと何度かその場で弾むように助走をつけ、岩に上がった。
そうすることで全身から一斉に水が落ちていく。体を振ると、水が四方に散っていった。Tシャツを絞ると、水道の蛇口のように水が勢いよく落ちていく。
勇也は無意識に手を擦った。ついさっきまでは梅雨の蒸し暑さを感じていたが、濡れたせいで急に寒くなってきた。もちろんそれは冬のような凍えるものでないが、それでもじっとしてはいられない。
と、風が吹く。濡れた肌にはとってもとっても冷たいもの。でも、くしゃみは出なかった。
「もー、早く帰って着替えないとー。あー、もー、なんでこうなるかなー」
この場所では、そんな嘆きの声も反響する。
現状において、勇也の抱いている虚しさは、極限に達しつつあった。
「あーあ……」
「……きゃは」
不意に上がった夏希のその高い声も、やはりこの空間に大きく響いていく。とても愉快そうで、とっても明るい夏希の声。
「きゃはははははははははぁ」
夏希は笑っていた。それはもう体を曲げ、腹を抱えて、目に涙を浮かべながら。目の前で起きたことが、もうおかしくて堪らないとばかり。
「きゃははは。もー、勇くーん、何やってるのかなぁ? きゃはははぁ」
「……笑うなよ」
「きゃはははははははははぁ」
「こら、笑うなってば」
「きゃはははぁ。だ、だって、おかしいんだよぉ」
「馬鹿、笑うな!」
それは単純に、自分の失敗を笑われたことが悔しかった。だから勇也は、込み上げてくる怒りを叩きつけるため、右手で水面を掬って夏希に海水をかける。
「笑うなって言ってんの!」
「わっ……濡れちゃったんだよぉ」
夏希は海水のかかった顔で、きょとん。ぱちぱちぱちぱちっと瞬きの回数が増えていって……その十秒後、胸にはじわじわと感情が湧き上がっていく。
怒り。
「ひ、ひどいんだよぉ。勇くん、ひどいんだよぉ。なんでこんなことするのかなぁ!? そういうの、よくないことなんだよぉ」
「お前が笑うからだ」
「お前じゃないんだよぉ。夏希なんだよぉ」
「だったら、夏希が笑うからいけないんだ」
「そんなことないんだよぉ。おかしいときは笑ってもいいんだよぉ。そうやっていつもお母さん言ってるんだよぉ。なのにぃ、お水かけるなんてぇ、こんなのひどいんだよぉ。お返しなんだよぉ。えいっ。えいえいえいえいっ」
「うわ、やめろ、馬鹿、やめろってば」
勇也はまたもや顔面に海水を浴びることとなっていた。勢いよくしゃがみ込んだ夏希にかけられたから。それも両手で掬ったものを。
次から次に。
まだまだ止まることはない。
どんどん海水をかけられる。
「やめろってば、馬鹿!? このっ。このっ」
「そっちが先にやったんだよぉ。えいっ。えいっ」
「そっちが笑うからだろ? このっ。このっ」
「そんなの勇くんがいけないんだよぉ。えいっ。えいっ」
「そっちが悪いんだよ。このっ。このっ」
そうして暫く、この竜頭岬にある洞窟において、小さな男の子と小さな女の子のたわいない口論と、海水のかけ合いがつづいていく。
水のかけ合いはそんなに深刻なダメージがあるわけでもなければ、明確な勝敗があるわけでもないので、決着がつくことはない。それは
「このこのこのこのこのこのこのこのっ」
「えいえいえいえいえいえいえいえいっ」
互いの顔には、大きな笑みが浮かんでいた。
実に楽しそうに。
※
そんな七月最初の日以来、勇也は夏希とほぼ毎日会うようになっていた。待ち合わせをし、一緒に遊ぶようになったからである。勇也は竜天神町には知り合いがいないので、遊ぶ相手ができたことはラッキーだった。
待ち合わせはいつも駅のベンチ。勇也が早くきているときもあれば、夏希が先にきているときもある。
夏希は白いカチューシャをしていつもおでこを出している。それは夏祭の出店で母親に買ってもらったお気に入りだという。駅の掲示板に夏祭のポスターが貼ってあった。八月のこと。そんなことまずないとは思うが、もしそれまで勇也がこの竜天神町にいたなら、という条件で一緒にいくことを約束した。
夏希は何度か勇也の祖母の家に遊びにきたことがあった。それはもちろんかわいいかわいい赤ん坊見たさである。『これは物凄くかわいいんだよぉ。ほっぺなんてぷにぷになんだよぉ』毎回そう言って鼻息は荒く、実に幸せそうに抱っこする。満面の笑みを眩いばかりに輝かせながら。だがしかし、赤ん坊にはだいたいいつも愚図られていた。
勇也はよく夏希に町を案内してもらった。山の方にある夏祭をやる神社や、駅前の商店街、漁船がたくさん停泊している港や、夏希が通っている幼稚園などなど。おかげで勇也は竜天神町のことをだいたい把握できていた。
夏希と一緒に商店街のコロッケを買うことが多かった。夏希は本当に幸せそうにコロッケを頬張っている。勇也も食べてみて、夏希が幸せそうにコロッケを食べる理由が理解できた。
夏希に連れられて駅前の病院にいくこともあった。夏希の母親の見舞いのため。夏希の母親はいつもベッドの上で、勇也のことをやさしく出迎えてくれ、お菓子をたくさんくれた。とてもやさしい人。そのやさしい雰囲気は、まるで勇也の母親みたい。
病室で夏希の母親には、折り紙を教えてもらう。けれど、勇也はあまりうまく折ることができない。その隣で夏希が得意そうに猫を完成させているのを見ると、やり場のない怒りが込み上げては、ぐっと堪えていた。
夏希と会った日は、必ず竜頭岬にある洞窟にいくようにしていた。相変わらず勇也は蟹を捕ることができなかったが。けれど、もう水に落ちるようなことはない。テトラポットの上も全然怖くなくなっていた。
七月の中旬に、勇也は一度家のある大名希市に戻った。久し振りに会う母親の顔は、なんだかいつも見ていたのとは違う印象。少し痩せたせいかもしれない。肌は真っ白だった。けれど、それは間違いなく勇也の大好きな母親。
勇也はベッドの近くにある椅子に座り、竜天神町でのことをたくさん話していく。そうすることで、母親が笑顔になってくれたから。そうしていれば、元気になってすぐにでも退院できるような気がしたから。竜天神町のこと、知り合った夏希のことも赤ん坊のことも竜頭岬でのことも祖母のことも、思いつく限り話していく。どんな話にも母親は嬉しそうに目を細めて聞いてくれたが、やっぱり妹のことを話したときが一番嬉しそうだった。
結局、大名希市に戻っていたのは三日間だけ。その間、ちゃんと幼稚園の友達に約束していたプールにいけなくなったことを謝った。それ以外の時間、勇也はほとんど病院で母親の傍にいたのである。離れていた寂しさもあり、少しでも傍にいたかったから。離れ離れはとってもとっても寂しいことであることを知り、母親のことを自分がどれだけ大好きかであるかということを改めて痛感した。
例年に比べて少し遅い梅雨明け宣言がされる頃、勇也は竜天神町に戻ってきた。祖母の家に暮らし、毎日夏希と遊ぶために駅のベンチで待ち合わせをする。
母親に会えないことはとても寂しいことだが、竜天神町での毎日も夏希のおかげで楽しく過ごすことができた。
そうして、七月はあっという間に過ぎていく。
母親からはたまに電話がかかってくる。まだまだ退院できるというものではなかった。残念なことである。いっぱい話したいことがあるから。『母さん、早く元気になってくれるといいな』と、いつも寝る前に思っていた。退院したら、まず動物園にいきたい。以前遊びにいったとき、とってもとっても楽しかったから。
なかなか体調の戻らない母親のこと、勇也は気長に待てるというか、気が急くといったことにはならなかった。それはいつも一緒に遊んでくれる夏希の存在があったからこそ、なかなか大名希市に帰ることのできない現状にも焦れることなく、毎日楽しく過ごすことができたのである。
空に浮かぶ太陽のように、元気いっぱいに。
そして八月。
勇也は、大雨の日とその翌日を迎えることとなる。
その日、勇也にとって、もう世界のすべてが無茶苦茶に壊れたと思えるほど、それはもう壮絶な一日になった。突きつけられた現実は、幼い勇也では耐えることができず、心がぐしゃぐしゃに潰れていってしまう。
存在は、一瞬にして掻き消されていくかのごとく。
※
どこまでも広がる真っ青な空に八月の太陽は燦々と輝いており、日差しは殺人的と称せるほど強烈なもの。世界はまるで下から炎で炙られているフライパンのようで、連日猛烈な暑さに見舞われていた。
しかし、昨日までと違い、どんよりとした雲が空を覆っているために日差しがなく、暑さも多少は和らいでいる。だからといって蒸し暑くないわけでなく、ここのところ何日もつづいている真夏日を本日も継続しており、やはりそれはとても暑い夏の日だった。
「…………」
じじじじじぃ! じじじじじぃ! 耳には常に蝉の鳴き声が聞こえている。その激しさに賑やかさは、豪雨のように激しく降ってくるよう。それは蝉という小さな体からではなく、この竜天神町そのものから発せられているのではないかと思えるほど、どこにいても響いていた。
「…………」
Tシャツ、ハーフパンツ姿の勇也。駅の外に設置されているベンチに座り、暑さに目の焦点を鈍らせながら呆然と前方を見つめている。近くには郵便ポストと自動販売機、目の前の小さなロータリーにはタクシーが二台停車していた。バス停もあるが、今日はまだバスを見ていない。駅前の交差点には、あまり車を見ることがなく、人通りも少なかった。
駅内側、改札近くに待合室があり、そこでは今日も数人の老婆がお喋りに興じている。毎日集会でもしているようにそこに集まって喋っているのだ。以前そこの人にお菓子をもらったことがあった。けれど、老婆たちが物凄い勢いでげらげらっ笑っているあの雰囲気が苦手で、今日みたいに待ち合わせで先にきているとき、勇也はこうして外のベンチに座って夏希がやって来るのを待つことにしている。外は暑いけど、汗がたくさん出るけど、その辺は我慢である。
午後三時。
「…………」
現在暑さがピークを過ぎた頃。前屈みになっているので、頬を伝わる汗はすぐ前のアスファルトの地面に黒い点を作る。しかし、滴り落ちる汗がなくなるわけでないのに、黒い点が一定量から増えることはない。アスファルトの熱によって、あっという間に消えるからである。
「…………」
喉が渇いていた。すぐ隣にある自動販売機でジュースを買いたかったが、どうせなら夏希がきてからにしようと我慢する。夏希だってこの暑いなかやって来るのだ、ジュースを飲みたいはず。
暑さのせいでぼぉーっとする頭で、ろくに焦点も合わせずに虚空を彷徨わせている。そんな視界にさっと細いものが過った。と思ったら、見つめていた地面、その広範囲に小さな点が無数できている。もちろん勇也がそんなにたくさんの汗を流しているわけではない。顔を上げて空を仰ぐと、空を覆う雨雲から雨粒が落ちてきた。
雨。
(あーあ……)
がっくりと肩を落とす勇也。その口からは無意識に大きな息が漏れていく。
傘を持ってきていなかった。ここのところずっと雨の日はなかったので、家を出るときに空が曇っていることを認識していたものの、『雨が降る』という発想そのものがなかった。
(うーん、止まないかな?)
とても身勝手で物凄く都合のいい、それはそれは淡い期待を込めて雨が落ちてくる空を見つづけるが、もちろんそんなことで都合よく止むようなことはない。そればかりか雨粒の勢いが増したではないか。
(…………)
また口からは大きな息が漏れた。
待ち人はまだこない。
(…………)
憂鬱。
駅前には大きな病院がある。豊知大学付属総合病院。五階建ての鉄筋コンクリートの建物。なんたってこの辺りで一番高い建物である。
「…………」
結局、勇也は駅で一時間待ったが、遊ぶ約束をしていた夏希がやって来ることはなかった。ほとんど毎日遊んでいたのに、今日みたいに約束を破ってやって来なかったことなど一度もない。なのに?
家に帰ろうにも雨が降っているので雨宿りという意味と、夏希を探す目的で近くにある病院に寄ってみた。病院には夏希の母親が入院しており、夏希は毎日見舞いにいっているのだ。なら、病院に入院している夏希の母親なら、夏希について分かるかもしれない。
病院。シャツにできた雨粒の跡を気にすることなく、玄関ロビーからエレベーターに乗り込み、三階へ。廊下を歩いてすぐの病室。勇也は何度か足を運んだことがあったから迷うことはなかった。
(……あれ?)
扉は開けた病室はいつもと違っていた。いつもなら中央にあるベッドに夏希の母親がいて、やって来た勇也のことを笑顔でやさしく迎えてくれる。なのに、今日は不在だった。夏希の姿もない。窓側の清潔そうな真っ白なカーテンが小さく揺れている、きっと窓が網戸になっているからだろう。
誰もいないのであれば病室にいても意味がない。廊下できょろきょろ首を動かしてみると、近くに見知った看護師を発見。何回か挨拶したことがあるので、きっと向こうにも覚えてくれているだろう。
「あの」
勇也が見上げるのは、四角い眼鏡をかけた、髪の短い看護師。それは化粧というものであるが、いつものように目の上が真っ青だった。
「ねぇねぇ、夏希の母さん、どこいっちゃったの?」
「あらー、夏希ちゃんの彼氏さんじゃなーい。今日も遊びにきてたんだねー」
看護師は相手に視線の高さを合わせるよう、楽しそうに腰を屈める。仕事中だが、息抜きするみたいににっこりと笑み。
「今日もデートですか?」
「だーかーらー、僕、彼氏なんかじゃないってば」
「またまたー、もうラブラブなくせにー。あー、羨ましいなー」
「もー、違うってば!」
勇也は膨れっ面に。ぷいっと横を向いてそのまま歩いていこうと思ったのだが、今は訊きたいことがあったので、渋々視線を戻す。
「……なことよりさ、夏希の母さん知らない? いないみたいだけど」
「んっ? ああ、夏希ちゃんのお母さんね……」
二十代後半と思われる看護師は、そう語尾を小さくして目を逸らせると、これまでと違って抑揚のない言葉をつづけていく。
「夏希さんのお母さん、今ね、ちょっと大変なの」
「大変?」
「そう。今朝のことなんだけどね、体調が急に悪化しちゃって、今は
「手術ぅ!?」
勇也の声は豪快に裏返り、目が満月のようにまん丸に。
病室には一昨日もお見舞いにきた。その時も夏希の母親はやさしく微笑みかけてくれたのである。お菓子をくれて、本を読んでくれて、とても元気そうだった。それが急に体調が悪化するなんて……あの夏希の母親が現在手術を受けている。とても信じられる話でない。
しかし、勇也の頭の片隅では、得心がいく部分もあった。そういう状況だからこそ、夏希が駅に現れなかったのだろう。母親が手術を受けているのである、呑気に外で遊んでいる場合ではない。だとすれば、約束を破ったことだって仕方がない。
「それで、夏希のやつはどこ? 今どこにいるの?」
「夏希ちゃん? うーん、それがねー……」
看護師は眉を潜め、屈めていた腰を戻して上体を起こした。
「お母さんのこと心配でしょ? だから夏希ちゃん、暫く手術室の前にいたんだけどねー……うーん、昼過ぎぐらいかな? いなくなっちゃったんだって。どうしちゃったのかな? 家にでも帰ったのかしら? 病院で迷子になってる、わけじゃないと思うんだけど……もし見つけたら、教えてちょうだいね」
「…………」
細いチューブのつけられた医療器具を抱えたまま、忙しないように階段の方にいってしまった白い背中を目に、勇也は両の拳を強く握りしめる。脈動する鼓動を意識しながら。
(夏希がいない!?)
驚愕でしかない。自分の母親が手術を受けているのに、どこかにいってしまうなんて。
(夏希!?)
現状、あの夏希が家で呑気にテレビを観ているはずがない。そんな薄情な人間でないことは知っている。夏希は入院中の母親のために毎日竜頭岬までお願いにいっているのだ、もし母親が手術を受けているなら、今も懸命に手術の成功を祈っているはず。
(夏希は)
考えてみる。
『現状において夏希がすべきこととはいったい何なのか?』
『いったい夏希はどこにいってしまったのか?』
『母親が大事な手術中に、どこで何をやっているのか?』
そんなこと、勇也にはいちいち考えるまでもないことだった。
(あそこだ)
すぐにぴんっときた。勇也には分かる。母親が大事な手術中であるにもかかわらず、娘の夏希がどこにいったのか、すぐに見当がついた。それも確信を持って。
(洞窟)
頭に描かれるのは、毎日一緒に足を運んでいた竜頭岬だった。
外は雨が降っている。それもかなり大粒の激しい雨。勇也は傘を持ってきていない。しかし、構うことではない。
「はぁはぁはぁはぁ」
勇也は病院の玄関を飛び出していき、駐車場を抜け、まったく人気のない踏切を渡って東西に伸びるレールを越えていく。海沿いにある自分の背よりも高い堤防を左手に、西方に向けて駆けていく。その視界には、降り注ぐ雨でよく見えない竜頭岬の輪郭があった。
「はぁはぁはぁはぁ」
夏希が母親を心配する気持ち、勇也にはよく分かる。勇也の母親も入院しており、同じ境遇だから。今夏希が抱いている辛い気持ち、寂しい気持ち、不安な気持ち、心細い気持ち、勇也にはそれらすべてが手に取るように分かるのだ。
だからこそ、勇也は夏希の元へと急いでいる。一人でいるよりも、二人でいる方が心強いに決まっている。自分がそうだから。夏希という存在がいたからこそ、母親から遠く離れた竜天神町でも不安に押し潰されるようなことがなかったのである。
「はぁはぁはぁはぁ」
走る走る走る走る。
「はぁはぁはぁはぁ」
夏希は今もあの場所で願っているに違いない。静かに目を閉じ、胸の前で手を合わせて、一途に母親の無事を。
竜頭岬にいるとされる竜天神は、誰にでも一つだけ願いを叶えてくれると夏希は言っていた。とすれば、それを叶えてもらうのは今しかない。
今抱いている夏希の願いこそ、夏希が竜天神に叶えてもらうべきたった一つの願い。だからこそ、夏希はそこにいるはず。いや、いるに決まっている。それ以外のことなど考えられない。
夏希は竜頭岬に。
「はぁはぁはぁはぁ」
走る走る走る走る。海沿いの堤防はいつもなら夏希と二人で話しながら歩いている道なので、それほど距離を感じなかったが、走っても走っても視界にある竜頭岬がなかなか近づいてきてくれなかった。まるで自分が来ることを拒んでいるみたいに。
それはもう、勇也の不安を掻き立てるものでしかない。
内側に渦巻く真っ黒な不安が、勇也の気持ちを焦らせていくばかり。
ばくばくばくばくばくばくばくばくっ。
心臓は破裂してしまいそうなぐらい活発に脈動していた。
「はぁはぁはぁはぁ……わっ!」
雨が目に入り、拭おうとしたタイミングでつまずいた。咄嗟に手を出して地面との激突を防ぐ。手に走る痛み。見てみると、掌が赤く滲んでいた。僅かな赤色は降り注ぐ雨に流れて手首の方に流れていく。見ていて、思わず瞳に溢れてくるものがあった。それは掌の痛さよりも、置かれている現状に挫けそうになったから。
だがしかし、勇也はこんなことで立ち止まっている場合ではない。こんな所で心が潰されてしまったとしても世界は良好となるものでない。
勇也は血が滲む拳を握りしめて、立ち上がった。雨だか汗だか分からない額の水分を手の甲で拭い、再び前方を目指して走り出していく。
「はぁはぁはぁはぁ」
天から降り注ぐ雨は、容赦なく勇也の全身に襲いかかっていく。まるでその視界を遮り、行く手を阻むように、激しく。
勇也はもはやパンツの中もびしょびしょだった。水の入った靴が気持ち悪いが、そんなことを気にかけている場合ではない。
走る走る走る走る。
少しでも夏希の傍にいるために。
その不安を和らげてあげるために。
勇也は全力で駆けていく。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
病院からここまでずっと走ってきたせいで、もう胸が破裂しそうなほどに苦しくなっていた。勇也は激しく乱れる息を整えるために膝に手をついて中腰になったが、なかなか顔を上げることができなかった。
そんな勇也の前には、巨大な壁のように存在する竜頭岬がある。
雨はまだ降り続けている。バケツを引っ繰り返したような、地面に叩きつけるような激しい雨。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
狂うほどに激しくなった鼓動に合わせて、耳鳴りがする。
全身が熱い。燃え上がるよう。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
今の勇也のやれることは、乱れた呼吸を整えることで精一杯。感覚として、胸や心臓が爆発しそう。なかなか次の一歩を踏み出すことができない……のだが、ようやく少しだけ落ち着いてきた。上体を起こして、一度大きく吸い込み、ゆっくり吐き出す。もう一度。もう一度。
「はぁ……はぁ……」
まだ少し肩が上下するが、これでもう大丈夫。
(夏希)
ここには毎日のようにきている。いつものように堤防の横から海の様子を覗いてみるが、待ち受けていた光景に、勇也は前に踏み出そうとした足を思わず引っ込めた。
(…………)
目の前にあるのは、普段の海はまるで違うもの。荒れ狂っていた。毎日来ている場所なのに、こんな波の高く、激しい水飛沫を上げる海は初めて。降っている雨の影響で水面がいつもより高く、その分テトラポットが顔を出している部分が少なかった。波はとても荒々しく大きなものとなっており、堤防に押し寄せて白い泡になる部分がいつもとは比べものにならない。その勢いは堤防にぶつかり、破壊しそうな迫力である。
(…………)
今の海は別世界であり、危険である。そのことを肌で感じていて、幼い勇也にもちゃんと分かっていた。とてもではないが、そこに入っていくわけにはいかない。一歩でも足を踏み入れれば、取り返しのつかないことになるに決まっている。
(…………)
けれど、だからといって、勇也はここで立ち止まるわけにはいかない。この先には夏希がいるはず。手術している母親のことに胸を潰さんばかりの不安を感じている夏希がいるはずなのである。一刻も早く駆けつけてあげて、その小さな体を押し潰さんばかりの巨大な不安を少しでも取り除いてあげなければならない。
いくしかない。前に進むしかない。少しでも夏希の力になるために。
「よし!」
声に出して、気合を入れた。これでもう、後ろを振り返ることはない。
勇也は一歩を踏み出した。こちらを呑み込まんと大きく迫ってくる波に断じて臆することはない。そんなものに恐怖を感じることすらない。勇也は勇敢に立ち向かっていく。突き進んでいく。それこそが今の勇也のすべきことだから。
全身びしょ濡れ状態である以上、普段みたいに海に落ちて濡れることを心配する必要はない。その分は、思い切ってテトラポットを渡っていけた。
「わっ!」
波が足元に押し寄せてくる。段差のあるテトラポットの低い場所にいたせいもあり、波が襲いかかってきた。押し寄せてきたときは堪えられたが、引いていく際に勇也の足が持っていかれそうになる。
「いいいぃ!」
力を入れて踏ん張ってどうにかやり過ごし、波が引いていくのを追いかけるようにして竜頭岬の先まで急ぐ。
そうして押し寄せてくる波に、勇也は何度も何度も立ち向かっていく。懸命に、全力で、夏希のために、勇也は竜頭岬の先を目指して。
「夏希ぃ!」
普段にはない大きな波のせいでかなり時間がかかり、何度か危うく海に持っていかれそうになったが、それでも洞窟に着くことができた。水位が上がっているせいか、洞窟内はすっかり水に覆われていて、岩はほとんど顔を出していなかった。けれど、構わない。勇也は入っていく。足の踏み場がないことなど、構うことではない。
「夏希ぃ!」
空を雲が覆っている影響で、洞窟内は普段と比べて暗く感じた。後ろからは波が迫ってくるし、前方の暗闇にはなんともいえない不気味さがある。躊躇しそうになるも……しかし、今は夏希のことを見つけることが先決。水面のすぐ下に見える岩を探るようにして進んでいく。
「っ!」
洞窟に入ってすぐ、勇也の激しかった心臓が爆発寸前の衝撃に襲われた。目の当たりにした光景に、全身が縦に大きく痙攣し、総毛立ったのである。
「夏希ぃ!?」
赤い服がある。それが普段と違って大きく揺れている水面から出ていた。
夏希がそこに仰向けの状態で横たわっていた。
「おい、夏希ぃ!?」
口を小さく開け、瞼は閉じられた状態で、首を水面近くにある岩に預けるようにして、ぷかぷかっと水面に浮いている。
「夏希ぃ! 夏希ぃ!」
次々に背中から迫ってくる波、勇也はその力を利用するようにして夏希の元へと駆け寄っていく。
「おい! 夏希ぃ!」
顔はかろうじて水面の上にある。しかし、とても青白いもので、とても生きている人間のそれとは思えなかった。
「おい! 夏希ぃ! 夏希ってばぁ!」
勇也は水面に浮かぶ夏希を抱える。そうして夏希に声をかけてみても、肩を大きく揺らしてみても、すぐ前にある夏希の瞼が上がることはない。
勇也の腕で、夏希は、ぐったりと、横たわっている。
身動きすることもなく。
体温を感じないほど、体はとてつもなく冷えたものとなっていた。
「夏希いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃ!」
咆哮。それは勇也の存在そのものから溢れ出た叫び。思いそのものを爆発させ、この空間を大きく振動させる。
しかし、その叫び声は、次から次に襲いかかる大きな波の音に掻き消されるようにして、洞窟内に反響することはないのだった。
※
雨は止んでいた。
空には夏の色濃い青さがどこまでも広がっている。
押し寄せてくる波はとても穏やかなもので、海はいつもの青さを取り戻していた。
夏の日。
「お願いします」
勇也は竜頭岬の洞窟にいた。晴れているので、外の光がここまで届いている。すぐ前には丸い水面。今日は一人でこの場所までやって来ていた。この場所に身を置くことを目的として。
勇也はそこに立つ。
「夏希を」
右手には蟹を持っている。この竜天神町にきて初めて捕まえた小さな蟹。そうするために何回も何回も失敗して、全身水浸しになりながらも、それでも挫けることなく、捕まえることのできた蟹。今は勇也に摘まれながら、その手足をしゃかしゃかっと動かしている。
「夏希のことを」
勇也は掴んでいた蟹を、下からやさしく放り投げた。
勇也の手を離れた蟹は、この空間に小さな放物線を描き、水面にしゃぽんっと落ちる。
「助けてください」
勇也は胸の前で手を合わせる。それはまるで、ずっとこの場所で見ていた女の子の仕草を真似るように。
そうして改めて言葉を口にする。吐き出す言葉をこの空間に深く染み入らせるようにして。
「夏希のことを助けてやってください」
ただ一途に、その願いを口にした。
昨日、勇也は竜頭岬で倒れていた夏希を背負って病院に向かった。意識のない夏希を竜頭岬から病院まで運ぶこと、とても力のいることで、まだ幼い勇也には難しいものがあったが、やり遂げていた。背中に背負う大切な存在のために。
ずぶ濡れの状態。病院のロビーで受付の人に、慌てたように声をかけられた直後、勇也は疲れと緊張が塗りたくられるように、気を失った。
次に目覚めたとき、窓の外は明るく、病院のベッドの上で、見慣れない白い天井を目にすることとなる。記憶をつなげられないことに苦労したけど、楽観的に考えていた。着ているのは薄緑色の病院服、体はちょっとだけ熱っぽかったが、寝込むほどではない。
様子を見に看護師がやって来た。勇也は知らない顔で、つながらない記憶を補填するために現状を尋ねてみた。
勇也に関してはただの疲労で、安静にしていれば問題ないという。しかし、竜頭岬から連れ帰った夏希はそういうわけにはいかなかった。昨日病院に着いてすぐ、夏希は緊急手術を受けることになったのである。洞窟内の岩にぶつけたのか、頭部を激しく打ちつけていたという。残念ながら今朝になってもまだ予断を許さない状態がつづいているようで、このままでは最悪の事態も考えられるという。
夏希の現状を聞いて、勇也はもう居ても立ってもいられなくなった。声を上げて制止しようとする看護師を振り切り、勇也は病院の薄緑色の病院服のまま、病院から飛び出したのである。
外は日差しが眩しかった。
その足は自然と竜頭岬に向かう。
そこで、竜天神に勇也の願いを叶えてもらうために。
今ある世界を、ほんの少しだけ変えてもらうために。
それが勇也の願いであるから。
竜頭岬にある洞窟。病院服に身を包んだ勇也の前にある丸い水面。そこに放り投げた蟹がゆっくりと沈んでいく。左右に揺れ、岩陰に隠れていった。
(っ!?)
閉じていた瞼。次の瞬間、その双眸が見開かれることとなる。世界に眩い白き光が溢れたから。
全世界を染め上げんとする真っ白な光。それが一気に勇也の横を通り抜けていったかと思うと、今度は世界が真っ暗闇となった。右も左も顔の前に手をやっても見えないほどの深い闇。けれど、まったく何も見えないのに、なぜだかすぐ前に今まで見つめていた丸い水面があることが分かっていた。
そして、その水面に巨大な魚が動く大きな影が。
それは一瞬のこと。
(わっ──)
刹那、目の前の丸い水面から溢れだした風のような強烈な圧力が、あまりにも強烈に勇也の立っているこの場所を覆い尽くす。
(── )
同時に、勇也のすべてが白濁され、ぷつんっと糸が切れたみたいに気を失った。
波の音は、とても遠くで聞こえているような、とても近くで聞こえているような……まるで遠い昔からその音だけを聞いていたみたいに……。
(……っ)
洞窟で目覚める勇也。いつの間にか眠っていた。頭が重く、視界がぼんやりとしていて、眠る前の記憶がうまくは思い出せない。
下半身は水面に浸かっている。今は岩と岩の間に体が挟まっており、顔はどうにか水面より上にあったため、溺死することはなかった。
全身に力を入れてみる。ちゃんと動いてくれた。起き上がって、ゆっくりと後ろを振り返る。
光が入ってくる方が洞窟の外で、半円に切り取られた世界はとても明るかった。勇也は濡れた全身を重たく感じながら外に出てみると、太陽は一番高い場所に位置している。今はとても暖かく感じた。
そのまま洞窟を出た勇也は、これまでのことを思い出すというか、考えようとする意識が不思議と働かず、まるでそうすることが体や心に仕組まれているように、勇也はそのまま真っ直ぐ祖母の家へと帰っていく。
着ている薄緑の病院服は濡れていて、とても歩きづらいが、そんなことで歩みを止めることはない。いつもの堤防沿いを歩いていき、駅に。その頃にはすっかり服も乾いていた。
(…………)
プールから上がったみたいに、体は疲れており、全身が物凄く重たく感じる。ここにベッドがあったなら、すぐでも横になって眠りたかった。
踏切を越えて、駅前の道を北上していき、祖母の家に到着。
これでようやく布団で眠ることができると、ほっとした。空腹も感じてはいたが、それよりも今は眠気。今すぐ横になりたかった、布団の上だろうが畳の上だろうが、そんなの関係なく。
けれど、その時どれだけ強くそれを望んでいたとしても、勇也は布団にも畳にも横になることができなかった。
戻った直後、珍しく慌てた様子の祖母に告げられたことがあったから。
(ぇ……)
だからこそ、勇也はすぐに着替えて、大名希市に向かうこととなる。
その胸には、ぽっかりと大きな穴を空けた状態で。
焦点の会わない無気力な瞳のまま。
その日、勇也は失った。
母親という、とても大切な存在を。
それはもう、世界のすべてが凄まじい灼熱によってぐにゃぐにゃに溶けていく恐怖心に苛まれ、全身の震えが止まらなかった。
目の前が暗闇に閉ざされる絶望感でいっぱいとなり、ろくに前を見つめることもできやしない。
巨大なハンマーで心を叩き潰されて跡形もなくなったかのごとく、生気の色が失われた両目で残酷な世界を見つめることしかできない。
ここ数日の記憶がない。そんなもの、どこかに吹き飛んでいってしまったから。
大切なもの、なくなってしまった。
こうしてまだ六歳の勇也は、一か月間滞在していた竜天神町を後にした。
それはどこまで真っ青な空が広がる、夏の日のこと。
この世界を覆い尽くす暑さすらまともに感じることができなくなった、絶望の日。
※
高校二年生、菴沢勇也。
竜頭岬先端にある洞窟。南側に入口があり、そこから入ってくる明かりに照らされながらこちらをじっと見つめてくる少女の姿に、忘れ去られていた幼き日が重なった。
(……夏希)
ずっと前、勇也は夏希には会っていた。
(そうか、あの時の)
ずっと忘れていたが、この場所に身を置き、事実を夏希に伝えられて、思い出すことができた。
六歳の頃の勇也は、出産の影響によって母親が入院することとなり、赤ん坊だった美沙杞とともにこの竜天神町にやって来たのである。
(そうだったんだ)
あの日、大怪我をして病院で手術を受けていた夏希の安否を憂いで、勇也はこの場所にやって来た。ここで夏希のために、竜天神に願ったのである。
瀕死の状態であった夏希の無事を。
しかし、直後に届けられた母親の訃報に、その願いの結末を確認することなく、勇也は急遽大名希市に戻っていったのだ。
(すっかり忘れちまってた)
この町のことを忘れていた理由、それは母親の死のショックがあまりにも大きかったから。
六歳の勇也はそれから暫く心を閉ざし、ただ無気力な日々を過ごすことしかできなくなった。ろくにご飯を食べることもできず、外に出ることもなく、ただそこにいるだけの存在……そうした日々が、一か月間過ごしていた竜天神町でのことが記憶の奥底へと沈殿していったのである。深く暗い記憶の底に。その上からとても重い蓋をして。
だがしかし、完全に忘れたわけではなかった。なぜなら、こうしてちゃんと思い出すことができたから。
「夏希……無事だったんだな」
「そうなんだよぉそうなんだよぉ」
上擦る声とともに、一斉に夏希の目に溢れてくる涙。それが雫となって空間を渡り、押し寄せてきた波にさらわれる。
「あたし、ずっとずっとお礼言いたかったんだよ。勇くんにお礼言いたかったんだよ」
助けてくれてありがとう。
「あれからずっと、勇くんのことを思っていたんだよ」
だからこそ、毎日この場所を訪れるようになった。絶対に自分を救ってくれた恩人のことを忘れないために。
いつか必ず、感謝の気持ちを伝えられる日がくると信じて。
「ずっとずっと、勇くんには感謝の気持ちでいっぱいだったんだよ。もう感謝してもしきれないほどなんだよ」
「夏希……」
「勇くんのお祖母さんからね、『その内また会える日がくるから、今はそっとしておいてあげてほしい』って言われてたから、あたし、ずっとずっと待ってたんだよ。お手紙だって、電話だって、ずっとずっと我慢してきたんだよ」
「…………」
目の前の少女は、ずっと堪えてきたものがすべて解き放たれていくように、今日までの支えを失って倒れていってしまいそうだった。
だからこそ、勇也は歩みだす。
そこに手を差し伸べる。
自分が願った女の子の結末を確かめるように。
「よかった……よかったよ、夏希。夏希が無事で、ほんとによかった」
小さな少女。その体を力いっぱい抱きしめる。
「馬鹿だな。今までそのことずっと黙ってたのか? 言ってくれればよかったのに」
「あ、あたしだって、自信があったわけじゃないんだよ……最初に名前聞いたとき、なんとなく胸が温かくなって」
六歳の頃の記憶は少しずつ薄らいでくることも事実。加えて、十一年間に六歳の子供は十七歳まで成長を遂げている。うろ覚えの名前だけではとても断定することはできなかった。
「けどねけどね、あたしが最初に美沙杞ちゃんのお見舞いにいったとき、一緒にお祖母さん
学校から病院にいく前、勇也の祖母の家に寄っていた。それは幼い日に夏希が赤ん坊の美沙杞を見にいっていた家。
「そこで確信できたんだよ」
勇也が、あの時自分の命を救ってくれた男の子であることを。
「そしたらその帰りに、勇くんが『以前に住んでたかもしれない。会ったことあるかもしれない』って、少しずつ勇くんもあの頃のことを思い出してきてるんだって思ったら、もう我慢できなくなったんだよ」
そうして今日がある。あの日のお礼を言うとても大切な日。
「ありがとね、勇也くん」
命を助けてくれて、ありがとね。
「勇也くん、ずっとずっと会いたかったんだよ」
「……夏希」
勇也の視界、そこにある夏希の姿が、六歳の頃の姿に重なって見えた。自分がずっと無事を祈っていたあの女の子に。
「夏希、無事だったんだな」
「うん」
「よかったよ、本当によかった」
「うん。勇也くんのおかげなんだよ」
「よかった! 夏希が無事でよかったよ!」
「うん! うん!」
「夏希!」
重なり合った二つの影。それが半円の揺れる水面にできている。
その日、少年と少女は、十一年振りに巡り合えた瞬間をとても愛しいものに感じていた。じっくりと噛みしめるようにこの空間を慈しんでいく。
そこに十一年分のすべてを込めて、力いっぱい抱き合いながら。
これは、これからこの地方に訪れる夏を迎える前の出来事。
絶頂の悲しみを迎えることとなる、その手前の話。
そうしたその事実を越えて、季節は移ろっていく。
そして、竜天神町は夏という季節を迎えてしまう。
その生命が躍動する夏という季節に起きてしまうこと、世界中の誰もが望まないことだとしても、この地にその悲劇は起きるのだった。
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