カタリと七人の猟書家(ビブリオマニア)

名取

biblioMANIA≠PHILIA





 至高の一篇というものが、ある学園内に隠されている。





 ひょんなことから不思議な力を授かり「詠み人」となった僕、カタリィ・ノヴェルがそんな話を聞いたのは、一ヶ月前、配達の仕事をしている最中のことだった。詳しく調べてみると、その学園の名前はオレンジオウル・アカデミー……16〜18歳の少年少女が通う学校であり、部活動がとても盛んで、生徒の独自性を重視する校風であるそうだ。

 よしさっそく行って探してみよう! と思ったが、ここで問題が一つ。学生でも教師でもない僕が、どうやって学園の中に入ったらいいのか。部屋で一人うーんと悩んでいると、なんと開いていた窓から、あのトリが大量に入り込んできた。

「うわー! なんだお前らはー!」

 僕は悲鳴をあげた。しかし抵抗する間も無く、僕はトリたちに空を運ばれ、気づけば、当のオレンジオウル・アカデミーの校門前にやってきていたのであった。




「ここに、至高の一篇があるのかな……?」

 トリたちに無遠慮に地上に落とされた僕は、受け身を取り損ねて痛む体をさすりながら、目の前にそびえる学園の建物を見上げた。その時だった。

「た、助けてください!」

 背中に軽い衝撃があって振り返ると、メガネをかけたショートカットの女子がいた。彼女はここの制服であろうオレンジ色のブレザー姿で、なぜか傷だらけである。

「おい、そこの人。その女をこっちによこせ」

 するとまた、別の人から声をかけられた。見ると、学ランの男子生徒が二人立っている。耳につけたピアスの位置まで瓜二つだったが、髪の色が違う。一人は金色、一人は銀色だ。

「そこの人とは失礼な。君たちはなんなんだい? この子が一体何をしたの?」

 あっけらかんと銀髪ピアスが言った。

「だから、没収する。あと生徒指導だな」

「本を持ってた……? それだけ?」

「あんた、何にも知らないのか? 知らないなら教えてやるよ」

 今度は金髪ピアスの方が言った。

「そこの女子は文芸部なんだ。この学園じゃ、文芸部は本来、ことになってる。暗黙の了解ってやつだな。だからそこの女子は、学校全体から疎まれてるにもかかわらず、しょうもなく活動を続けてる変人ってわけだ」

「どうしてそんな……ひどいじゃないか! どうしてそんな差別をするんだ!」

 金髪と銀髪は顔を見合わせると、声を合わせてこう言った。

「そりゃお前。昔、色々あったんだよ」

 じりじりと近づいてくる二人を見て、女の子が叫んだ。

「気をつけてください! あの人たち、猟書家ビブリオマニアなんです」

「ビブリオマニア? 本が好きな人ってこと?」

「いえ、むしろその逆です。この学校における猟書家とは、生徒会長から特別な権限を与えられた上で、文芸部員および文芸部員になりそうな生徒を排除する役目を担っている7人のことです」

「は、排除?」

 穏やかでない単語に、思わず声がひっくり返る。

「はい。猟書家に捕まった生徒は、お気に入りの本を全て奪われてしまうんです」

「あ、よかった。命にはかかわらないんだ」

 もっと恐ろしいことを想像していた僕が、ついホッとしてそうこぼすと、女の子は呻くように言った。

「でも、好きな本を全て奪われるのは、命を奪われるのと同じくらい辛いです」

 その言葉に、ハッとした。確かにそうだ。僕は漫画やアニメの方が好きで、活字は苦手だけれど、なんであったとしても自分の好きなものを勝手に捨てられたら、傷つくに決まっている。

「そうだよね。ごめん」

 僕は女の子の前に出て、彼女をかばった。

「大丈夫。ここは僕がなんとかするよ」

 僕は詠目で彼女を見て、カバンから原稿用紙を取り出し、物語を書き綴った。そしてその束を、金髪と銀髪の学ランコンビに向けて差し出した。

「さあ、これが彼女の物語だよ。本への愛が込められたこの話を読めば、君たちも、本の良さを思い出すんじゃないかな」



 ・・・・・・。



 金髪と銀髪は、つかつかと無言でこちらに来ると、原稿用紙をひったくってポイと放り投げた。

「お前、ふざけてんのか?」

 凄みのある、怖い声。

 僕と文芸部女子は目を合わせ、頷きあうと、回れ右して全力ダッシュを始めた。

「あっ待てこら!」

 僕は追いかけてくる猟書家コンビに捕まるまいと走りながら、涙声で叫んだ。

「なんでだよー! 読めばちゃんとわかるのにー!」

「だから読まねえよ、本なんか!」

 ひいい、と泣きながらも僕は「ついてきて」というハンドサインを出す女の子に続いて、学校の中に入った。下駄箱の前にやってきた時、いきなり床が開き、中から男子生徒が出てきた。

「沢渡‼︎ 大丈夫か!?」

「わっ!?」

 僕は驚いて女の子の方を伺ったが、どうやら知り合いらしく、感激した顔をしている。彼女は沢渡というらしい。

「大葉先輩、助けに来てくれたんですね!」

「当たり前だ、有能な後輩を見殺しにはできないからな。ところでそっちの可愛いマスコットキャラ的な男子は?」

「え? あ、僕カタリって言います。よろしく」

「彼は私たちの味方っぽいです。とにかく今は逃げましょう!」

 それから、僕らは校舎内を走り抜けた。部活が盛んで独自性を重んじるとはいえ、まず授業を行なっている教室が少なすぎて、先生も我関せずと言った顔だ。どうやら授業と部活の比重が逆になっているらしい。一人まいたと思えばまた新たな一人が現れ、なかなか息をつくことができない。

 気づいた時には、僕らは壁際に追い詰められ、七人も勢揃いしてしまっていた。

「君たち何なの!? さっきから思ってたけど何もかも校則違反でしょ!?」

 目の前にいたのは例の金髪銀髪ピアスの二人に、色違いの超ミニ丈の改造ブレザーを着た三人の女子。あからさまにスケバン風の子や、電子機器を身にまとった寝間着の人までいる。

「ね、ねえ、どうしてそんなに本を嫌うの?」

「全ては、生徒会長のご意志。私たちは、それに従うだけよ」

 すると廊下の奥から、カツンカツンと靴音がした。きちんとブレザーを着て現れた彼女は、長い髪をなびかせていた。おそらく彼女が生徒会長だろう。

「罠にかかったわね。これで、最後の二人も排除することができるわ」

「くそっ……すまない、沢渡、カタリ!」

「特にあなたには苦労させられたわ、大葉部長。あなたはゴキブリそのものよ」

「ごき……!」

 精神的にやられて黙る大葉部長をよそに、沢渡さんが言った。

「私たちの代で文芸部は終わります。だからせめて最後に、これだけ聞かせてください。どうして、文芸部だけをそんなに目の敵にするんですか?」

 生徒会長はため息をついて言った。

「昔、文芸部がまだこの学園にあった頃……私はまだこの学園にいなかったけれど、先輩方から話を聞いていたわ。インターネットが普及し、本以外の娯楽も充実して、誰も文学にちゃんと向き合おうとしなくなったって。当時の文芸部員にしても、執筆する自分に酔って自慢話するばかりで、人の気持ちを考えないナルシストや、表では褒め合って、裏ではぼろくそに貶し合う、向上心のない人たちばかり。活動を禁じれば、やすやすとやめて別のところへ移ってしまうであろう人たちしかいなかった。私にはそれが許せなかった。そんなくだらないことのための場所にされるくらいなら、いっそ部活ごと消えた方が、本のためだと思ったのよ……」

 こちらを見る彼女は、どこか悲しげだった。僕は静かに言った。

「生徒会長さん。あなたはきっと誰よりも、書いたり読んだりすることが好きなんだね」

 僕は詠目を使って、生徒会長を見た。封印を解かれ、浮かびあがってきた彼女の物語は、悲しみと痛みに満ちていた。

「ねえ。確かにあなたの言った通りかもしれないよ。でも、書かなければ、読まなければ、きっと何も始まらないよ。初めは誰だって素人で、間違うことも沢山ある。だから、真剣に本を愛するあなたような人にこそ、僕は書いて欲しいと思う。誰かのために、そしてあなた自身のためにも」

 その時、開いていた窓からまた、あの大量のトリたちが入ってきた。しかし前と違い、トリたちはみな、原稿用紙をくわえていた。

「あれは……!」

 あれは校門前で放り捨てられた、沢渡さんの物語! 

 トリたちに原稿を渡された生徒会長は、それを読むと、静かに呟いた。

「猟書家たち。この二人を解放しなさい」

 え? という顔をする猟書家たちに、生徒会長は再び言った。 

「この二人を排除するのは、先延ばしにするということです。が、真剣に活動を行っていないと発覚した場合、即刻排除させますからね」

「あ、ありがとうございます!」

 嬉しそうな二人を見て安堵してから、僕は会長に「あと一ついいかな」と声をかける。



「ここよ」

 至高の一篇の隠し場所に心当たりがないかと尋ねると、理由もなくセキュリティが厳重にされている場所があることを、生徒会長は知っていた。そのセキュリティを猟書家の一人がやすやすと突破し、僕らはその地下室へと入っていった。そこには、何やら物々しい箱があった。

「もしかして、これが……」

 僕は走り寄って、恐る恐る、それを開けた。そこには封筒がたくさん詰められていた。調べてみたが、これはどう見ても、ついぞ出すことはなかったと思われる、どこかの女性へ当てた校長のラブレターの山だった。思わず放心していると、みんながわらわら集まってきて、手紙を読み始めた。

「わー。校長先生、厳重なセキュリティの奥にこんなものを……」

「没収だ没収」

「ぜひクラウド化して、みんなでいつでも見られるようにしましょう」

「おお、そりゃ鬼畜だな! あっはっは!」

「人様の恋を笑うなんて、か、感心しませんわよ……ふっ、ふふ」

「僕はなんのためにここまで……」

 へなへなとなっていた僕だったが、仲良くおしゃべりをする文芸部員と猟書家たち、そして生徒会長を見て、少し笑った。でもまあ、いいとするか。


 至高の一篇探しは、まだまだ続きそうだ。

 

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カタリと七人の猟書家(ビブリオマニア) 名取 @sweepblack3

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