物語の続きは、君と

第1話 物語の続きは、君と

 辛くて、しんどくて。辞めたくなる日もあるけど。それでも続けていられるのは、そこに「笑顔」があるからなんだ……。


「ねぇ、ねぇ。まだ目的地に着かないの?フク」

「その呼び方はやめろと言っているだろう?カタリ」

 僕は、カタリ・ノヴェル。人々の心に封印されている物語を見つけ出し、小説にして、その物語を必要としている人に届ける「詠み人」が僕の仕事。このフクロウのような生き物は「フク」。詠み人として僕を選んだ、言わば相棒。


「なんかさ、こう……ちゃちゃ~っと。目的の人物見つけてさ、バシュッと瞬間移動とかできないの?」

「まだ半人前のお前には、無理だな」

「うぇ~」

「気の抜ける声を出すな」

「ふふぁ~い」

「……」

 鞄から地図を取り出してみる。

「う~ん?どっちが北で、どっち南……?分かんないなぁ」

 ぐるぐる、ぐるぐると地図を回してみる。

「典型的な方向音痴だな。逆だぞ?」

「え?そうなの?」

「……。お前に地図を預けた私が馬鹿だった」


 それからしばらく歩いて森を抜けると、小さな町が見えてきた。

「うわ~い!着いた、着いた!」

「……やっと着いたな。なぜ、歩いて30分の道のりが、2時間かかるんだ……」

 こじんまりとした町だけど。風車が風に揺られて回っていて、牛などの家畜、植えられた農作物など、和やかな田舎といった感じで、なんだか懐かしい感じがした。


「まずは、今日泊まる宿でも探そう!」

「……そうだな。誰かさんのせいで、空も茜色だ」

「悪かったって!」


「失礼しまーす!えっと。僕と……ペット?で泊まりたいんですが、空きはありますか?」

「ペッ……」

 反論しようとしたフクの口を塞ぎ、尋ねる。いかにも優しそうなおじさんが「いらっしゃい。空いてるよ。長旅、疲れただろう。夕飯かお風呂か……」と言ってくれたので迷わず「ご飯!!」と言う。おじさんは、ふっと笑って「今持ってくるから、待っててくれるかい?」と厨房の方へ消えた。


「ふぃ~。満腹、満腹!お風呂入ったら、ますます眠くなってきた……」

「おい!目的を忘れるなよ?私達は……」

「へい、へ~い!」

「……」

「あ……」


 ふっと、女の子とすれ違う。銀色の腰あたりまであるロングヘア。ウェーブがかかっていて、歩く度ふわふわと揺れる。濃い海色の瞳は、僕を見ることなく地面ばかりをうつしていた。パタン、と彼女が部屋に行くまで。まるで時が止まったかのように、息が止まる。……彼女の心には、ぽっかりと黒い穴があいていた。


「あの子、詠み人の小説の受取人……だな」

 僕がフクから授かった能力の一つ。小説を受け取る予定の者の心を「詠目 よめ」で見ると、黒い穴が見える。小説を渡して、受取人の心が満たされると、その小説の色で穴が埋まるようになっている。

「……」

「おい、カタリ。聞いているのか?」

「へ?ああ、うん。ごめん。ぼうっとしてた」

「……。今日はもう休むか。明日また小説を探しに行こう」

「うん。おやすみ、フク」

「ああ、おやすみ」


「……ねぇ。なんか目印とかないの?小説の持ち主に。ここですよ的な」

「昨日も似たような質問をされた気がするが。もう一度言うと、お前が未熟だからそういうスキルはまだ無い」

「……ふぁ~い」

抜けた返事をするな!もっと誇り高き詠み人として振る舞え!」

「了解ですぅ!フクロウ隊長!」

「私はフクロウではないと、何度言ったら!……はぁ、もういい。一度宿へ戻るか」


「灯台もと暗し、とはこの事だな」

 小説の持ち主は、胸元に本の形が浮かび上がって見える。宿屋のあの優しそうなおじさんが、持ち主だったんだ。ぼんやりと、青色の本が浮かんで見えた。僕の力はまだ不安定で、詠目も見えたり見えなかったりする。受取人に遭遇したら見えるようになるってこともある。

「あ……あの子」

 部屋から出てきたと思えば、すぐにバタンと扉を閉めてしまった。

「うちの娘がどうかしたかい?カタリ君」

「え?娘?」

「ああ。正確には義理の娘、だけどね」


 なんでも、身寄りの無かった少女を引き取ったのが、このおじさんだそうだ。名前をルナちゃんと言うらしい。

「部屋から全く出てこようとしなくて。学校にも行きたがらないんだ。理由を聞くにも、義理の父親が聞いて良い話か、迷ってしまってね……ただ」

「ただ?」

「せっかく家族になったんだ。せめて食事だけでも一緒にしたいんだけれどね」

 とおじさんは寂しそうに笑った。

「あのっ……!僕、詠み人なんです。おじさんの小説、僕に預けてくれませんか?」


 僕達が泊まってる部屋におじさんを呼び、僕の目の前に立ってもらう。

「詠み人カタリィ・ノヴェルの名において命ずる……」

 僕の詠目が淡い水色に光る。

「封印されし物語よ、その姿を我の前に示せ……!」

 僕の足元に魔法陣が浮かび上がる。下から吹き上げる風に僕の髪がそよいで、しばらくしたら止む。

 ぱぁっと辺りを眩い光が覆い、やがて光が収まる頃、僕の手元には濃い青色の一篇の小説が現れた。まるで、ルナちゃんの瞳の色みたいな、綺麗な青色だ。

「おじさんの気持ち、絶対届けるから。待っていてください!」


 ルナちゃんの部屋のドアをコンコン、とノックする。……返事はない。

「やっぱり、いきなりは無理だよなぁ……」

 はぁ、とため息をこぼす。

「ねぇ、僕は詠み人のカタリィ・ノヴェル。こっちは相棒のフク。君に小説を届けに来たんだ。このドア、開けてくれないかな?」

「……要らない」

 ルナちゃんの声を初めて聞いた。と思ったら、拒絶の言葉だった。ちくり、と胸が痛むけど、おじさんと約束したし。これくらいじゃ、諦めないからね!

「る~なぁ~ちゃ~ん♪あ~け~てぇ~?」

 さっきより強めにドンドンとドアをノックする。

「静かにして!」

「ここを開けてくれたらね?」

 はぁ、というため息の後ルナちゃんがドアをカチャリと開けてくれる。

「詠み人って、貴方みたいに強引な人ばかりなの?」


「……僕ね、実はさ。この仕事、何度も辞めたいって思ったんだ」

「……」

「ワープ使えないし、歩きまくって疲れるし。フクは人使い荒いし」

「おい!」

 むぎゅっと、後ろにフクを追いやる。

「でもね。受取人の笑顔で、それが一気に吹き飛ぶんだ。誰かの物語が、誰かを幸せにする。素敵なお手伝いができる、そんな仕事なんだ」

 歯を出してにかっと笑うと、彼女がそっぽを向いてしまう。

「所詮、物語は物語だわ。フィクション。現実の問題が解決するわけでも、助けてくれるわけでもないじゃない」

「うん、そうだね」

 すぐに同意すると、そっぽ向いた彼女が驚いて僕を見る。

「でもね。物語は元気を、勇気をくれるんだ。現実で嫌なことがあって挫けそうでも。夢の世界を旅して充電したら『よし、しかたない。また頑張るか!』って思えるんだよ」

「……」

 彼女の手を握る。

「全部を頑張らなくても良い。たまには物語に逃げたって良い。それでも、全部から目を逸らしちゃいけないんだ。それが『生きる』ってことなんだよ」

 彼女に、おじさんから預かった本を渡す。

「おじさん、君のこと心配してた。『学校に無理やり行かなくていいから、まずは一緒にご飯が食べたいんだ』って笑ってた」

 にっと笑いながら、僕はこう言う。

「読んであげてくれないかな?読めば、きっと分かるからさ?」


「……」

 彼女は、ペラッと本をめくった。物語のあらすじはこうだ。色々あって、外が怖くなったお姫様を、王子様が連れ出す。海、山、森……と色んな所を二人で冒険する。お姫様は初めて見る綺麗な世界を見てこう言った。「こんなに綺麗なものがあるなんて、知らなかった。目をつぶって、耳を塞いで、知ろうともしなかった。貴方のおかげで、知ることができました。ありがとう」そして、二人の旅はまだまだ続く……という所で終わっていた。


 ぽろぽろと、大粒の涙を流しながら彼女が泣く。雪が春のあたたかさで次第に溶けていくように、ゆっくりと。無表情だった彼女に、表情が戻っていくのを僕はただ見ていた。

「ありがとう。私、少しずつだけど頑張ってみるわ。……まずは、食事ね?」

 って、キラキラと涙を輝かせながら、彼女は太陽みたいに笑った。彼女の心の穴は、彼女の瞳の色みたいに綺麗な海色で染まっていた。


「……はぁ~。ルナちゃん可愛かったなぁ」

「残念だったな。詠み人は少ないからな。のんびりしている暇はない。次に向かうぞ」

「へい、へ~い」

「返事は一回!あと、『はい!』だ」

「へいっ!親分っ!」

「……」


「ま、待ってください!」

「ル、ルナちゃん!?」

 はぁ、はぁと息を整える彼女。

「あの!私も一緒に連れて行ってくれませんか?」

「へ?」

「あの物語みたいに、私に素敵な世界いっぱい見せてください!」


 見上げると、どこまでも続く青。僕達の旅はまだまだ続く。物語を待っている人達がいる限り、ずっと……。

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