カタリと少女の物語
水鳥ざくろ
第1話カタリと少女の物語
「あれ? ここ、どこ?」
いつもの配達の途中で、カタリィ・ノヴェルことカタリは迷子になっていた。
方向音痴のせいで、よく配達先を間違えるのだがなんとか今日までやってこれた。しかし、今回迷い込んだ場所は、厄介そうだ。
「……人が居ない」
第一村人でも居れば、今居る場所が把握できるのに、目の前には田んぼ、畑だけが広がっている。その中に農作業をしている人の姿は見えない。
上空を白い鳥がチチチと通り過ぎるだけで他には何の音もしない。カタリは溜息を吐いて傍にあった大きな石の上に座り込んだ。
「……どうしよう。右から来たんだっけ。左から来たんだっけ」
鞄の中の地図は見方が分からないので使えない。そもそも自分の居場所が分かっていないのだから意味が無い。カタリは途方に暮れた。
「あーあ……配達が遅れちゃうなあ」
「……お兄ちゃん、何してるの?」
「へっ? う、うわあ!」
カタリは急な声の主に驚いて、思わず石の上から転げ落ちて尻餅をついた。
声の主は、そんなカタリをじいっ、と見下ろしている。
「こ、こんにちは。お嬢ちゃん……」
痛む腰をさすりながらカタリは立ち上がる。
カタリの目の前には、五歳か六歳くらいの小さな少女が立っていた。
「お嬢ちゃんは、この辺に住んでいるの?」
「……」
少女は答えない。じいっ、と青い瞳でカタリのことを見続けている。
対応に困ったカタリは頬を掻いて言った。
「……あんまり見られると、お兄ちゃん、照れちゃうな」
「……お兄ちゃんは、ここで何をしているの?」
また少女は同じ質問をしてきた。
カタリからの質問には答える気は無いらしいが、カタリ自身については興味があるらしい。
――さて、何て言おう……。
こんな小さな少女に「迷子になりました」なんて恥ずかしくて言えやしない。迷った挙句、カタリはゆっくりと口を開いた。
「……お仕事だよ」
「お仕事? 何の?」
「物語を届けるんだ。物語って分かる? お話しだよ」
「物語……お姫様や王子様が出てくるやつね!」
「まあ、そうゆうものもあるかな」
警戒を解いたのか、少女は初めて笑ってみせた。金色の髪が太陽に照らされて眩しい。まるで天使みたいだ、とカタリは思った。
「それで、誰に物語を届けに来たの?」
「それは……」
「この村の人に?」
「いや、違うんだけど……」
「えっ? じゃあ、どうしてこの村に来たの?」
カタリは観念して本当のことを言った。
「実は……迷子になっちゃって、困ってるんだ。ここはいったいどこなのかな?」
「ここ? ここはロンブス村だよ?」
聞いたことが無い。
しかし、自分の居場所が分かって良かった。カタリは少女に訊いた。
「この村を出たいんだ。出口はどっち?」
「あっちだよ」
少女は東の方を指差して言った。
カタリは思い出す。そうだ、たしか向こうから走ってこの村に入ったんだった、と。
「ありがとうお嬢ちゃん。おかげで助かったよ」
「良いよ。困った時はお互い様だって、お母さんが言っているもの」
「そういえば、大人の姿が見えないね。皆、どこに居るの?」
「お野菜やお米を売りに行っているの。外の街まで」
少女は少し寂しそうに言った。
「皆、朝から夜まで帰って来ないの。だから、退屈」
「そっか。それじゃあ、本を読むのはどうかな? 退屈しのぎには丁度いいんじゃない?」
「うーん。家の本はほとんど読んじゃったし……」
「そっか……」
二人は悩んだ。
しかし、しばらくしてカタリが「あ!」と手を叩く。
「じゃあ、物語を書いてみるのはどう?」
「物語を、書く?」
「そう。お嬢ちゃんだけの物語を完成させるんだ。きっと楽しいよ!」
少女は難しそうに眉を一度顰めたが、すぐに明るい顔をして言った。
「それって、王子様が何人居ても良いの?」
「もちろん。自由な物語なんだから!」
「それじゃあ……いろんな王子様が出てくる物語を書くわ! そして、ひとりのお姫様を皆が取り合うの!」
「そ、そっか……面白そうだね」
カタリは苦笑して言った。なかなか修羅場になりそうな物語だな、と思いながら。
「それじゃ、もう行かないと」
「うん。お兄ちゃん、バイバイ」
「バイバイ。ありがとう!」
カタリは少女に手を振って、村の出口まで走り出した。
鞄の中の物語を届ける為に、ひたすら走る。
いつか、あの少女が作った物語が、誰かの心に届くと良いな。
そう思いながら、仕事を全うする為に真の目的地まで風のように、彼は駆けて行った。
どこまでも、どこまでも、駆け抜けていった。
カタリと少女の物語 水鳥ざくろ @za-c0
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