第三章 6.

 一年ほど、僕らの関係は続いた。そして一年が経った頃に、あの事件が起こった。魔法使いが、やってきた。戦争が起こる、だから力を貸せ、とその魔法使いは言った。何の戦争で、どうして戦争にまで発展したのか、僕には分からない。興味もない。だから、一緒に戦えという言葉にも耳を貸さなかった。戦う必要なんてない。僕には、ミキがいたから。彼女の笑顔さえ守ることができれば、それでよかったのだ。

「……ある戦いに、参加するように言われたんだ」

 僕は言った。その頃僕は、彼女に生活のほとんどを話して聞かせていた。僕が魔法使いであり、そして魔法使いが人間とは、違うと言うことを。しかしそれでも、ミキは僕のことを恐れたりしなかった。むしろ、ただの人間ではないということにこそ、彼女にとって興味の対象だったのかも知れない。

「でも、断った。争いなんて嫌いだし、それにミキは……僕が傷付いたり、あるいは誰かを傷付けたりするのが、悲しいでしょ?」

 ミキは笑って、僕の頭を撫でた。痩せた手で、僕の頭を撫でた。出会った頃よりも痩せた手で、懸命に僕の頭を撫でたのだ。

「うん、いい子だね。お姉さんは嬉しいよ」

 僕より一ヶ月早く生まれたから、彼女はお姉さんらしかった。弟が欲しかったらしい。そして僕は一人っ子だったから、仮初めでも、年上の兄姉が欲しかったのかも知れない。


          ●


 トウヤは何も、饒舌に語ったわけではない。しかしティセには見えたのだ、彼の心の中が。精霊たちが教えてくれるのだ、彼の心の中を。

「……それから、どうなったんですか?」

 トウヤの言葉が途切れ、ティセは尋ねた。聞きたくないような気はしたが、だがここで聞いておかねば、一生、彼の口からこの話は出てこないだろうと悟ってもいた。

 トウヤは、虚空に向けていた視線をティセへと戻す。今までにないほど、穏やかな視線だった。

「起きてたんだ。長い話だから、眠っちゃったかと思ってたよ」

「……続きが気になるんです。眠れそうにありません」

 冗談ぽく、ティセは小さな舌を覗かせた。トウヤも少し笑ったので、うまく笑えたはずだと思う。トウヤは細長い息を吐いてから、続ける。

「……翌日、僕が彼女の家に行くと、前日の魔法使いが家の前で待ち構えていた。直感的に分かったよ、彼女が危ないって。僕は夢中で、剣を召喚していた。初めてのことだったけど、うまくいったよ。それまでは、ちょっとコップを呼び出したりするくらいで、怖くなって使わないようにしていた力だったから……剣ってね、重いんだ。片手で振り回せるわけはないとすぐに分かった。両手でなんとか支えて、それでも本当に、付け焼き刃だと思った。剣術なんて教わってないから、扱えるはずもない。相手の魔法使いだって、それを見越していたんだろうね」

 暖炉の中で、薪が崩れた。火が弱まり、部屋の中が僅かに暗くなった。

「魔法使いは言った。十数える間に答えを出せ、と。自分たちの仲間となって、人類に戦争をふっかけるか、あるいはここで少女を見殺しにするか。答えは決まっていた。目の前の魔法使いを、殺す。剣は重かったけれど、それと同じくらい、自信を与えてくれてもいたんだ。突き刺したり、振り下ろすだけでも重傷を負わせられると思ってたんだ。…………でも、違った」

「魔法使いは、十も数えなかった。僕が斬りかかろうとした瞬間に、魔法を使った。ミキの家は吹き飛んで、周りの家もまとめて、粉々になった。どういう魔法なのかは、分からない。でも確実なのは、ミキが、あいつの魔法で……」

「……気が付くと僕は、この森にいた。多分、召喚魔法を反転して使ったんだろう。見知らぬこの世界に、僕は逃げてきたんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る