幕間Ⅱ 1.

 魔物がどのような進化の末、ああいった姿形を会得したのかは、実際のところはまるで分かっていない。

 リシュウト国は、建国からまだ百年ほどの若い国家だ。その建国に際し、独立戦争の相手こそ北の大国だったが、その後の主な外敵は、森に巣くう魔物であった。

 魔物は強靱な肉体と、精霊魔法とはまったく異なる原理の魔法を操り、そして何よりも困ったことに、人間に対して強い敵対心を抱いているらしいのだ。理由は分からない。魔物と言っても生物ではあるらしく、腹が減れば森に棲む獣を狩り殺して食べているようだが、それとはまったく異なった理由で、人間を殺そうとしているようなのだ。

 そのため、人間は森には入らない。特に雪に覆われ、足下が悪くなる冬には。

 だがどうやら、行方不明となった貴族の娘はその森に入ったらしいのだ。確証があってのことではないが、旅装束一式と軽い片手剣、そしていくらかの食料と金貨が持ち出されているという話を聞くに、何か思うところあって森へ入って行ったということだろう。町中ではなく、人目に付かない森を抜けて、一体どこへ行こうと言うのか。

 娘は、魔物の森にさえ入ってしまえば、追っ手が掛からないとでも思ったのだろうか。そしてその目論見は、あながち間違ってはいなかった。

 人間とて、ただ魔物に殺されるのを震えて暮らしているわけではない。対魔物用に新たな武器や、そして新たな魔法の開発に余念がなく、事実、最精鋭の魔法騎士団ともなれば、十人ほどの隊で魔物を討伐することが可能である。もちろん、相応の訓練と相応の装備を持った、一握りの人間によって構成された騎士団であることは、言うまでもないが。

 とはいえ、行方不明になったのがたとえ貴族の娘であっても、たった一人を探すために魔法騎士団を派遣したりはしない。と言うより、できない。その隙を突いて、魔物が国の中へ攻め入ってきたらどうするのか、という問題もあるし、それにそもそも、最精鋭の魔法騎士団は王の管轄下にあるからだ。

 もちろん、王の所有物というわけではない。しかし、潤沢な資金がなければ維持できない最精鋭の隊である以上、国家直属の戦力とすることは当然である。王の命令があった場合のみ、国外へのその派遣が許されるのである。

 なのだが。

 この娘が行方不明になっただけの事件で、なんと国王は、魔法騎士団の派遣を許可したというのである。これは前代未聞のことだ。何せ、騎士団の主たる任務は魔物の討伐ではない。自国の防衛なのだ。

 例外を覆すには、いくつかの要素がある。その中で最大の要素は戦争で、次に王家に関わる問題である。

 そしてその娘は、王家との繋がりを持つ重要人物であったというのだから――特例が認められたことは、想像に難くない。国民はこの決定に驚き、そして同時に、違和感をも抱いていた。


 ――ひょっとして、あの王子が国王を口説き落としたというのだろうか?


 真相は、分からない。ただ決定したこと、それは、娘の居場所がはっきりし次第、魔法騎士団がその救出に向かうということである。


          ●

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る