第二章 14.

 魔物との戦闘で喪った精霊の分をすでに新しい『友達』として受け入れているティセは、少し惜しい気はしたが、その新しい精霊と契約するつもりはなかった。

 それを汲んでか、精霊は宙に浮かぶ。一人でも平気だと言いたげな様子に、ティセはまた笑みを浮かべ、精霊はふと、トウヤの小屋をじっと見詰め始めた。

「どうしたの? ここには人が住んでいるだけよ? 中に入りたいのかしら?」

 人懐っこい性格をしたらしい精霊だ、小屋の中にいる人間と契約したいとでも思っているのかも知れない。

(トウヤさんと、契約するのかしら……?)

 少し、違和感がある。トウヤは、たとえ精霊と言えど、自分の精神に触れられることを拒みそうだから。

 それに、精霊と契約して自然を一時的に書き換える精霊魔法を習得せずとも、あの《魔法》がある。自然をねじ伏せ、屈服させるような、まさに《力》である、魔法。理屈の分からないその魔法を持っているのに、どうして今さら、細々した精霊魔法などを修得しようと思うだろうか。

(そうよね、あの人には、そんな姿は似合わないわ……)

 急に心が冷たくなっていく。形ないはずの心が、この冬の外気に触れてしまったように冷たい。そして、その心の変化に追随するように、周囲を元気よく飛び回っていた精霊が、急にしゅんと力をなくしてしまった。

「いけない、いけない。笑顔、笑顔……」

 自分の気持ちを向上させるための、作り笑いを顔に浮かべる。これが中々意味があり、つくづく、肉体と精神は繋がっているのだと実感するのであるが、そんな笑顔を浮かべていた折、小屋の扉が開いた。トウヤ。

「誰か訪ねて来たの? 話し声が聞こえたけど」

「あ、いえ……」

 なんだか責められているように聞こえてしまう。ティセは笑顔を引っ込めて、窓の辺りに目を凝らす――精神を向ける。

 しかし、そこにはもう、あの人懐っこい精霊の姿はなかった。どこかへ行ってしまったのだろう。すでに、ティセが感知できる範囲には、あの精霊はいないようだった。

「……ただの、独り言です。なんでもありません」

「そう、ならいいんだけど。もうすぐ食事ができるよ。中に入るといい」

 そういうと、トウヤは小屋の中に引っ込んでしまう。彼の姿が見えなくなって、ほっとしている自分に気が付くと、ティセは俯いて、声もなく涙を流し始めた。

 精霊たちも落ち込み、肩や、顔を覆った手に降りてくる。冷たい。頬を冷やすのは、森の冷気なのか、はたまた自分の涙なのか。

 何もかもが分からないまま、ティセは泣き続ける。どうして自分が泣いているのかすら、分からないままで。

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