いつまでも執筆のお手伝い、いたします!

中文字

いつもの、いつも通りの部屋にて

 リンドバーグ――バーグさんは、カクヨム内の作家のサポートや応援・支援を行うために生み出され、その可愛さやひたむきさで作家のヤル気を支えてくれる、お手伝いAIです。

 今日もまた、一人の作家のために、お世話を焼いていました。


「おはようございます! 昨日、途中で書き留めていたお話を、今日こそは書ききってしまいましょう!」


 笑顔を向ける先には、顔に疲労の色が濃く、無精髭が生えた、アラサーの男性がいます。

 ベッドの上で布団をかぶっている彼は、バーグさんの声を五月蠅く感じているのか、眉の間に皺が寄っていました。


「今日は気分が乗らない。書くのは休む」

「ええー。昨日は良い調子で駆けていたんですから、今日休んじゃったら、筆が鈍るんじゃありませんか?」

「……わかったよ。書けばいいんだろ。起きて、書くよ」


 不機嫌そうに起き上がる男性を、バーグさんは慌てて押し止めます。


「いえ、無理に書く必要はありませんよ。体調が悪いのでしたら、休んでいてください。ただ、ちょっとだけ、あの物語の先が気になるなーってだけですから!」

「……相変わらず、発破をかけるのが下手だよな。バーグさんは」

「? 発破なんてかけてません。ただ私は、作者様が物語を書くお手伝いをしたいと思っているだけです。そして、そのお手伝いをするために、その行動基準を知りたいだけなのです!」

「それと同じことを、もう何年言われ続けているのやらな」


 男性は苦笑いしつつ、無精髭がある自分の顎を撫でました。


「そう言えば何日も身だしなみを整えてなかったな。とりあえずシャワーを浴びて、そして朝食を取ってから、昨日の続きを書き始めるとするよ」

「作者様は書くことに一度集中してしまうと、それ以外の何もかもが疎かになりますからね。前なんて、危うく『生理現象』を漏らしそうになっていましたね。そんな調子で、良く生きていられると感心します」

「俺がこんなんだから、バーグさんがサポートAIとして支給されたんだぞ」

「ああ、そうでしたね。なにぶん、私が支給されたのは何年も前のことでしたので、うっかりしていました」

「うっかり忘れていたっていうのか? AIなのに?」

「いえ。うっかり、記憶ストレージの奥の奥に押し込んだ上に、情報圧縮処理をしていたので、表面の思考に現れ難くなっていたのです」

「はいはい。さいですか」


 男はベッドから起きぬけると、服を脱ぎ、部屋に備え付けられているシャワールームへ。左右にある複数のノズルから、細かい飛沫のようなシャワーが吹き付けられます。手で頭、体、脚を擦り洗いしていると、ロボットアームが横から伸びてきました。


「どうぞ。ヒゲを剃るためのカミソリです」

「ありがとう。って、いつもいつも男の入浴シーンなんて見て、楽しいのか?」

「入浴の様子を観察するのは、体調を見るためのですよ。べ、べつに、体を隅々まで見たいわけじゃないんだからね! ああ、ヒゲを剃るときには気を付けてくださいね。毎回、頬に切り傷を作るんですから。今日こそは傷がないようにしてください」

「いや、毎回じゃないし」

「確率的に十回中八回です。これは毎回でいいのでは?」

「言ったな。それじゃあ今回は無傷で髭を剃ってみせようじゃないか」


 男は慎重に慎重を重ねた手つきで髭を剃り、とうとう無傷で全部剃り終えました。

 どうだと得意げにする男に、バーグさんは褒めます。


「凄いですね、作家様。とうとうヒゲ剃りを極められたようです! その成功体験に調子に乗っている間に、さあ物語を書いていきましょう!」

「……分かってた。バーグさんは、そういうキャラだってことは」

「あ、あれ? どうして気分が下降しているのですか??」


 男が肩を落としながらシャワールームから出ると、脱いだ服は消えていて、代わりに真新しい衣服が畳まれた状態で椅子の上に置かれています。その服を着ていると、またいつの間にか机の上には朝食が乗っていました。

 そのトレーの上に乗っている、白、緑、赤のペーストを見ながら、男は椅子に座ります。


「今日は、レーションAか」

「はい。作家様が好きなお食事をご用意しました! どうです。好みの把握も完璧でしょう!」

「主食が米っぽい味がするってだけが理由で、ABCの三択の中では一番ってだけどな。でも、ありがとう、バーグさん。少しでも俺の気持ちを盛り上げてくれようとしたんだよな」

「その通りです。食べ物一つで執筆意欲が湧くのでしたら、いくらでも融通を利かせますとも!」

「ほぼ一日中部屋に籠って執筆しているんだから、この程度のご褒美の一つや二つ、あってもいいよな」

「褒美を欲するような気分なのでしたら、気晴らしの行動が必要ですね。というわけで、運動をしましょう! 作家様は、最近運動不足です! 適度な運動は、執筆活動を支える土台になりますよ!」

「よーし。頑張って執筆しちゃうぞー」

「あっ、作家様。運動はよろしいのですか? 作家様、作家様ー!?」


 バーグさんの言葉が聞こえないふりをして、男は机に備え付けられているデヴァイスを立ち上げます。空間投影型ホロモニターが点り、執筆用エディタープログラムが立ち上がります。さらに男は机の端に置いてあった、物理キーボードを手前に置きなおしました。キーボードをカタカタと試し打ってから、打った文字を『BACK SPACE』で消して、昨日書き留めた物語の続きを書き始めます。

 カタカタと絶え間なく、部屋に鳴るキーボードの音。その音に共鳴するような曲調の音楽が、どこからともなく流れ始まめます。


「いいBGMだね。ありがとう、バーグさん」

「ふふん。作家様の音楽の好みも、学習バッチリなのですよ!」

「はいはい。じゃあ集中して書くから、静かにしててね」

「了解です! ご要望がありましたら、声をかけてくださいね。お待ちしてますから!」


 男はバーグさんの声が聞こえなくなって、自分から言い出したのに、少し寂しさを感じました。そしてその感情を振り切るように、執筆にまい進していきました。



 男は執筆を続け、やがてピタリとキーボードを打つ指が止まりました。


「うーん……。どういう選択をさせるべきなのだろうか……」


 展開に悩んでいると、突如バーグさんの声が部屋の中に現れます。


「作家様! 助言が必要ですか!? 必要ですよね!? ね、ね?」

「待って。なにも言いわないでくれ。下手な助言をされると、物語の面白さを見失って、完璧なスランプに落ちかねない」

「むぅ~。そう邪険にせず、ちょっとだけ、ちょっとだけ助言させてくれるだけでいいですから~」

「前に試して、俺を十日間も執筆できなくしただろうが。それで結局、半分ぐらい書いたものを消して直すことで、どうにか復調したんだぞ!」

「あのときのことは反省して、ちゃんと経験として蓄積しています。その経験を生かした助言は、作家様に有益であると自負しているんです!」

「……興味があるけど、ダメだ。本当にスランプにハマったときに試す」


 男はキーボードから完璧に指を放して、背伸びをします。そして椅子から立ち上がり、部屋の扉の前へ。


「バーグさん。散歩したいから、扉を開けて」

「了解です! ですが、ただいまの廊下は真空状態です。マザーAIにお願いをして、空気の注入をしてもらいますので、少々お待ちください」


 その言葉から数分が経ったところで、バーグさんが「開けてもいいですよ」と許可を出しました。

 男は部屋の外へ出ます。すると、無機質かつ機械的な様相の白い廊下に出ます。廊下は真っ直ぐで、左右に扉がいくつもあります。

 男は廊下を気晴らしの運動として歩きながら、横に3Dホログラムとして現れたバーグさんに顔を向けます。


「毎回散歩をしていて思うんだけど、こうして外宇宙進出船を独り占めしているような気分に浸れるのって、『娯楽製造官』である俺の唯一の役得だよな」

「現在、作家様以外の方は、居住可能惑星への到達に備えて、コールドスリープ中ですからね。マザーAIに命令できる唯一の人と言う意味で、この船の支配者と言っていいでしょうね。作家様は支配者っていう柄じゃないっていう点を別にすれば、ですけどね」

「言ってろ。まあ一小市民って自覚は、自分でもあるんだけどな」


 男が廊下を進んでいくと、展望室へと出た。壁にはめ込まれた窓ガラスの外には、暗黒の宇宙空間が広がっていて、遠くにある星の光が瞬いています。


「地球は見えないよな」

「この地点は地球から二光年の位置ですし、地球がある方向は作者様の顔の向きと真逆です。見えるはずがありませんね」

「うっ。方向が逆だったとは……」


 恥ずかしそうにする男に、バーグさんは心配そうに質問します。


「作者様は、やはり地球に戻りたいのですか? この船の一時保安要員兼小説という娯楽を作る仕事を任されたことで、ご自身は地球に代わる居住惑星に生きて到着できる見込みが低い事実を、いまさらながら後悔しているのではありませんか?」


 男は苦笑いし、そして首を横に振ります。


「仕事については納得しているよ。あのまま地球にいても、ロクデナシで終わっていただけだし。こうして俺にしかできない仕事をくれたことが、誇らしいからな」


 男は本心を告げたことを恥じるように顔を逸らします。しかしバーグさんは艦内モニターを通じて、男の表情はバッチリ見えていました。


「そういうことならいいんです。それに今更帰りたいと言っても、無理ですしね。なんたって二光年の場所なんですし」

「途中下車しようとしても、宇宙空間だから死ぬしかないしな。さてさて、もう少し散歩を楽しんでから、執筆再開といきますかね」


 一人の人間と一基のAIは並んで、廊下歩きを再開します。

 そして両者が入った宇宙船は、暗黒の宇宙の彼方へ向かって進んでいきます。その先に、地球に似た環境の居住惑星があると信じて。

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