ヘイ! バーグさん!

山本航

はじめましてバーグさん!

 私が小説を書こうと思ったきっかけは些細なものだった。

 小説投稿サイト『カクヨム』にてサービスされているお手伝いAIのことを知ったからだ。

「アカウント登録ありがとうございます! 作者様! 初めまして! お手伝いAIのリンドバーグです! 皆さんはバーグさんと呼んでくださいます!」

 画面の中で可愛らしい女の子が良い笑顔で丁寧にお辞儀する。衣装はメイド服のようだが、少しスカートが短いのが気になる。

 とりあえず『作者』という名前で登録したけど、まさか滑らかに名前を呼んでくれるなんて、人工音声も進化してるんだね。

 それにしても何と便利な時代になったことだろう。このお手伝いAIにかかれば誤字脱字や書式、文法のチェックなどの校正や、内容の矛盾や事実関係の誤りをチェックする校閲に留まらず、作家の目指す理想的な文章を学習し、様々な類語や別表現の提案まで行ってくれるという。

 またこのように画面上にキャラクターが表示され、様々な形で作家のやる気向上のためにサポートしてくれるのだという。応援してくれたり、相談してくれたり、寝落ちした時には最高の目覚めを約束してくれるという。

 もちろん作者が望まなければON・OFFを切り替えることもできる。『お前を消す方法』を検索する必要もない。

「あ、はい。初めまして。バーグさん」と私は律義に挨拶を返す。

 私の言葉に反応してリンドバーグは微笑みを返した。よくよく見ると常に私の方に目線を向けている。PCのカメラやマイクと連動しているらしい。

「作者様は女性なのですね。私てっきり、やっぱりあれですか? 百合的な? シチュエーションラブコメ的な?」

 リンドバーグは頬を染め、顔を隠すように縮こまる。

「そういうのではないけど」

「そうですか」と言ってリンドバーグはエレガントな立ち姿勢に戻る。「現在カクヨム三周年を記念して様々なサービスを展開しております」

「変わり身の早さ」

「例えば私の新衣装や無料10連ガチャ、さらには……」

「それは後にするよ」

「登録作品がありませんね。作者様は初心者様でしょうか? 初心者様には以下のサービスを提案しています」

「へえ、手厚いサポートだね」

「1、基礎文章力チェック。2、作家性診断。3、カウンセリング。4、人生相談。5、ワナビの窓口」

「まだそこまで追い詰められてないよ」

「世界中の誰が見離しても私だけは作者様の味方ですからね!」

「AIしか味方がいないならもう味方はいないも同然だよ」

 リンドバーグはすこし寂しそうな表情を作るが、それも一瞬のことだった。またニコニコと満面の笑みを見せてくれる。

「さて。冗談はさておきましょう。作者様、どうなさいますか?」

「どこから冗談なのか分からない。とりあえず、書いてみようかな。何か足りないところがあればその時に相談するよ」

「了解いたしました。紙とペンはご用意されましたか?」

「……必要ないよね?」

「現在アナログモードに設定されています。紙にペンで書いたものを取り込むサービスです」

「デジタルモードで」

「校正校閲レベルを設定してください」

「え? レベルとかあるの? 出来てるか出来てないか、正しいか間違っているかでしょう?」

「例えばレベル1では一切口出ししません。全ては作者様の自由であり、また全ての責任も作者様にあります。覚悟が出来たならこちらを選んでください」

「言い方が怖い。というかバーグさんのいる意味がなくなる。とりあえず初心者だし、文章に自信があるわけでもなし、まずは最大レベル3でやってみようかな」

 私は執筆画面を開く。リンドバーグが可愛らしい所作で執筆画面を引っ張り出してくる。

「ストップです! ストーップ! 作者様! ストーーーーーップ!」

「まだ何もしてないって」

「姿勢を正してください。長時間のデスクワークは腰に負担がかかります。良い姿勢で臨みましょう。それがデスクワークに己を捧げる者のルールというものです。あとキーボードのホームポジションが……」

「レベル2で」

 リンドバーグは黙った。にこにこと笑みは絶やさず画面端に置いた椅子に座っている。良い姿勢だ。

 しかし、いざ書こうとしても何も出てこない。

「うーん。いきなり書こうとしても出てこないものだね」

「ご相談ですか?」

「え?」

 リンドバーグが椅子から立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。

「ご相談を承りましょうか? どうせお話が思いつかないとかでは?」

「初めから期待してなかったみたいな言い方するな。そうだよ。お話が思いつかない」

「当然といえば当然です。作者様は初心者様ですから、まずは練習をするつもりで書くべきでしょう」

「練習ねえ。どういうことをすればいいの?」

「まずは短編を書くことですね。短い作品を書き、完結させることが大事です」そう言ってリンドバーグはにやりとした笑みを浮かべる。「ご存知ですか? 小説は書き始めるより書き終える方が難しいんですよ!」

 リンドバーグはどや顔でどこかから引用してきたような言葉を告げて胸を張っている。

「いや、そもそも書き始められないという話なんだけど」

「そうですね。では、まずお題を基に執筆されるというのはどうでしょうか?」

「お題? そっちの方が難しそうだけど」

「そんなことありません。何もかもを手探りでやる自由度の高いゲームよりも、ルールがあるゲームの方が遊びやすいのと同じです。一つの指針となるのです」

「うーん。言われてみるとそうかもしれない。お題ってどういうのがあるのかな」

「おおっと、丁度『カクヨム3周年記念選手権~Kakuyomu 3rd Anniversary Championship~』を開催しているところです。これに参加するというのはどうでしょうか?」

「わざとらしいにも程がある。えーっと、キャラクターが指定されているのか。って片方はバーグさんじゃん。じゃあ、このカタリィ・ノヴェル君にしようかな」

「2番目の男ですね」

「いや、並び的にはバーグさんが2番目のようだけど」

 リンドバーグは無言で椅子に戻って座り、頬杖を突いた。酷い不貞腐れようだ。


 やってみれば筆は乗り、最後の三分間は最高速度のタイピングで書き上げていく。そして人生初の短編小説をとうとう書きあげる。

「最後は切り札のフクロウ・トリとカタリィ・ノヴェルのコンビネーションで勝利っと。バーグさん。出来たよ」

 いつの間に引っ張り出してきたのかリンドバーグは炬燵に入ってミカンを食べている。

「おめざあっす」

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