リハビリ
いとうみこと
第1話
ここはどこだ?
白い天井。規則的な機械音。疼く痛み。
「あら、気が付きましたか?」
誰だ、俺の腕を触っているのは。目が霞んでうまく見えない。まるで霧の中にいるようだ。
「今、先生を呼んできますね。」
徐々に明るくなる視界の端に、女の顔が見えた。
看護師?
ああ、そうだ、思い出した。見る影もなく潰れた車内で、エアバッグにもたれて聞いた救急車の音。多分ここは病院だ。意識がはっきりするにつれて、痛みが増してきた。
「意識が戻りましたね。良かった。おめでとうございます。」
俺は声のする方を向こうとした。しかし、体の自由が全く効かなかった。
「まだ手術したばかりですから動けませんよ。何せ、命を取りとめたのが奇跡ですから。でも大丈夫です。リハビリを頑張ればきっと自由に動けるようになります。」
それから、恐らくは執刀医であろうその男が手術の説明をし始めた。
「何故助けた!何故死なせてくれなかった!」
俺は叫びたかった。しかし、俺の口はピクリとも動かなかった。
それからの日々は苦痛を極めた。24時間、微動だにできない毎日が1週間以上続いた。その間に俺ができたのは、これまでのくだらない人生を思い返すことだけだった。
1週間後、ダメージの少なかった左手が少し動いた。リハビリ担当のスタッフが握った手を、俺は弱々しい力で握り返した。
「吉田さん、動きましたよ。わかりますか?良かったですねえ。おめでとうございます。」
スタッフは俺の手を何度もさすりながら、我が事のように喜んだ。
それからの俺は、薄皮を剥ぐように回復していった。相変わらず強い鎮痛剤がなければ眠れない夜が続いたが、医師や看護師やリハビリスタッフは、こんな俺に明るく接してくれた。
「左手の握力が戻ってきましたね。おめでとうございます。」
「脚の神経がきちんと繋がったようですよ。おめでとうございます。」
「今日ギプスが外せますよ。おめでとうございます。」
毎日、たくさんのおめでとうの言葉に、体だけでなく、冷えきった心も少しずつ癒やされていった。
「俺の回復をこんなに喜んでくれる人がいる。こんな俺でも生きていていいのか。」
あんなに死にたいと思っていた俺が、いつしか懸命にリハビリに励むようになった。
そして、とうとう退院の日を迎えた。
「おめでとうございます。本当によく頑張りましたね。奇跡の回復力です。これからの人生、どんなことがあってもこれより辛いことはないでしょう。必ず乗り越えてくださいね。」
担当医の言葉に俺は涙が止まらなかった。
それから2年後の病院の休憩室。
「先程、2年前の歩行者天国暴走死傷事件の犯人に対する判決が出ました。求刑通り死刑です。尚、被告代理人からは予め控訴しないとの被告の意志が伝えられておりますので、このまま刑が確定するものと思われます。」
「あら、このニュースの少年Aってあの吉田君でしょ?」
「せっかくあんなに頑張ってリハビリしたのに死刑かあ。」
「彼の記事読んだけど、親からの虐待とか、悲惨な子ども時代だったみたいね。」
「ここにいる間は素直ないい子だったよね。」
「そうだね。」
リハビリ いとうみこと @Ito-Mikoto
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