第4話

新学期になって体育で柔道の授業が始まった。その前ふりは梅雨の頃にママからあって「私達クリスチャンは暴力を学ぶことはないわ、巧妙な悪魔の罠にどう対処すべきか一緒に勉強しましょう」とか言いながら教師に柔道の授業は受けないとどう伝えたらいいかをレクチャーされた。神様は見てるといいながら、柔道着の購入を拒否して俺の逃げ場はない。見ているのはママだよクソったれ。柔道を拒否することしか俺にはできない。職員室で体育の嶋田のところへ行き、「宗教上のの信条で格闘技を学べません。すいません」と言うと、嶋田は面倒くさげな目をして小さく「わかった」と言い「筋トレならできるか?」と予定調和の返事をした。俺は「はい。お願いします」と答えて聞いていた通りの流れに安堵しながらも心のどこかがいやな音を立ててきしんだ。


その夜、あんずの部屋に図書館の本を持ち込んでゴロゴロ読みながら勉強をするあんずの後頭部を鑑賞した。ポニーテールにするあんちゃんは後ろ姿だけでもほんとに可愛くて薄い肩とか抱きしめたくて仕方ない。好きよ好きよあんちゃん大好き。よくそんな細い首で頭を支えられるねあんちゃん。女子は柔道の授業がなくバスケらしく、ずるいよなあんずはとうらめしく見つめた。そもそも、俺達は大学には行かせてもらえない。たまに集会に来る偉いさんが壇上で「この世の学習には意味がない。子供は大学に行かせるべきでなくその時間を神への奉仕に捧げるべき」と言っていた。去年はママに塾に行かせてくれとお願いしたがこの世の子との交わりを増やすのは良くないから家で勉強なさいと却下された。大学へ進学できないのに、勉強する意味なんてないのに、あんずは毎日ちゃんと勉強しててえらい。たまに組み直される脚が細いのに柔らかそうであんちゃんの脚に俺の首を挟んでもらう妄想をしながら、兄妹がセックスに至る純小説を斜めに読む。「あんちゃん明日は柔道の日なんだよ」声を掛けると、あんずの手が止まりひと呼吸空いてから振り向いた。「きょうちゃん、がんばれ」あんずの目は暗く沈み、なんの頑張る気を与えるつもりがない表情だった。立ち上がったあんずは黙って俺に覆いかぶさると頭を両手で抱えて胸に押し付けてきた。あんちゃんの胸はまだ小さいから骨に当たって少し痛いしそんなに力を入れなくても俺は大丈夫なんだよあんちゃん。心配してくれてるのが伝わってきてあんちゃん大好きだよ、と思いながら背中に手を回して抱きしめた。

風呂上がりの石鹸の匂いと、あんちゃんの甘い体臭が鼻から脳の直通回路を経て瞬間に下半身を巡って勃起した。下心なんてないのに。バレないように下半身を少しずらしてあんずの腕の中で憂鬱な気分で明日のことを考えた。


柔道の授業の準備で着替え始めた同級生の中で俺だけ柔道着がなく、一人だけ普段の体操着に着替えた。隣の席の小林がこっちを見て不審気な顔をしたので「色々あるんだよ」とだけ答えて武道館へ移動する。着くと嶋田先生に「清原はこっちこい」と隅にあるトレーニング器具があるスペースに連れられメニューを書いた紙を渡された。「授業中はこのメニューでトレーニングしてくれ」とだけ言うと、その後は俺を見ることなく授業をスタートさせた。生徒全員が三角座りをしているのを見ながら淡々と筋トレをする。たまに座ってる生徒と目が合うからその度に口を大げさに開けて「し・ね」と言って世を呪う。

俺も柔道したい。好奇の目にさらされて見世物になりながら、普通を許されない俺の人生を呪う。あんちゃん、あんちゃんに会いたい。今すぐにあんちゃんに会ってその鈍く光る茶色の目で大丈夫だよきょうちゃん私がいるよと言ってほしい。心が折れそうだよあんちゃん。しんでしまいたい。ほんとは信心なんて無いのに教師には信仰のためと嘘をつき、親には断って見学してるよと伝える。


晩御飯の時の祈りの時間に俺が信仰により柔道を断っている強い心を支えてくださいとかママが祈ってて、俺は今すぐ死にたくなる。アーメンだよ。人生にアーメンさせてくれよ。隣のあんずが横目でちらっと俺を見て、テーブルの下でつま先だけで俺の足の甲を擦る。あんちゃんが心配してくれてるだけでいいかと思いながら、あんちゃんの細い腰を見て、野菜炒めを箸で口に運ぶあんちゃんは美しくて大好きだよあんちゃんと声に出さずに口を動かした。

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