第2話

隣のあんずは賛美歌を歌っている。鼻歌のように軽く、その口は艷やかに光っている。賛美歌の時間が終わると集会の最後は兄弟によるお祈りが始まる。髪が薄くなり始めた初老の男が演説台に登り、猫なで声で神への賛美を捧げ始める。いつも集会にいる時は俺の意識はここにない。目は開けながら、信者の誰かとのセックスをひたすら想像する。今日は斜め前の席の二十二歳の歯科衛生士を犯しまくった。そもそもこの宗教ではオナニーすら禁止されている。小学時代から何も知らずにオナニーしまくってた俺はオナニーの意味を知ってずっと禁止されてたことをやっていたのかと驚いた。ハゲのお祈りはまだ終わらない。歯科衛生士のひざ下まであるスカートをめくりあげて後ろから挿入する。誰にも気づかれないレイプは脳内で加速する。バックに飽きたから体位を変えようとした時にあんずに頭をはたかれた。「きょうちゃん、アーメンぐらい言いなよ」


お祈りが終わった集会場は一気に人の声で溢れる。もう一瞬もこんな場所にいたくない。「あんちゃん、俺もう帰るけど一緒帰る?」「帰るね。でも寄付入れてくるからちょっと待ってて」あんずは集会場の隅にある寄付箱にお小遣いの半分を入れている。小走りでもどってきたあんずと会場を出て俺の自転車に二人分の荷物を入れて歩き出す。集会場が見えなくなると俺が漕ぐ係であんずは後ろのステップに立って二人乗りで帰る。ちょうど夕方の時間で、人通りの少ない川沿いを通るのがお約束だ。川沿いの道に来るとあんずは気分があがるのかいつも鼻歌を歌っている。運転している俺には見えないがたぶんおそらくその時のあんちゃんは世界で一番可愛い。背中まである黒髪に夕日があたってキラキラキラ、くっきりした二重の奥にある茶色の瞳もキラキラキラ。可愛い可愛いよあんずとがむしゃらに自転車を漕いでいたら家についたのでガレージに自転車を雑に止めて自分の部屋に駆け込んだ。ネクタイを投げ捨て白シャツとスラックスを押入れに放り込み、Tシャツと短パンになってあんずの部屋のベッドに傾れ込む。「きょうちゃん、お腹減ったねえ」あんずは今から着替えるところで、俺がいても気にせず服を脱ぐ。膝下十センチはあるスカートを脱いでハンガーに吊るすと、シャツとキャミソールも脱いで下着姿になった。恥じらうことなく俺の方を向くと、「見て見て、おっぱいがまた成長したのよ」と谷間を見せてくる。俺は谷間より屈託のないあんずの笑顔を見つめると胸にざわざわと暗い影がさす。俺は男として見られてない。一番近くて長く一緒にいるのは俺なのに。ママからは学校の友達と遊んじゃいけません、と小学生の頃に教育され、中二の今では癖となって俺もあんずも外で遊ぶ友達がいない。この世のお友達はTVや漫画で悪魔の影響を受けているから遊んじゃいけません。俺の世界にはあんずと親と宗教の人しかいない。親と教団は、「信者になるのは君の意志だ」と言いながら信者になりたくないと言うと「それは君の勉強がまだ足りないからだ。もっと神に祈って聖書を学ぼう」と言ってくる。俺に許されているのは聖書の勉強と信者同士の健全なレクレーションだ。信者の同世代なんて誰も信用できない。俺にはあんずしかいない。世界は俺とあんずだけだ。でもあんずは宗教を受け入れている。賛美歌を歌い、寄付をして、聖書の勉強をしている。あんずは本気で信じているんだろうか?ハルマゲドンで世界が滅ぶとかお前信じてるのか?と目で問いかけるが声に出そうとすると喉が詰まって言葉が出ない。曖昧に顔をしかめてあんずの胸に手を伸ばすと、すっと逃げてサイズの大きなTシャツを頭からかぶった。「ipad取ってきてよ」と言いながらあんずは髪をひとつにくくった。あんちゃん可愛いよ切れ長二重の目がはっきりしてつんとした鼻からのふっくらとした上唇のラインが最高に綺麗だよと横顔を見ながら俺は思う。あんちゃん愛してる。世界から切り離されて宗教に染められて誰も信用できない俺たちの世界の中であんちゃんは俺の分身だ。あんちゃんはきっと俺のあばら骨から細胞分裂した俺のためのイヴだ。キリストに人生なんて捧げさせない。今の世界で俺たちは居場所を作るんだ。誓うよあんちゃん。いつか生まれてよかった、生き延びて良かったとあんちゃんが思える日を手に入れよう。いつの間にかあんずは手にiPadを持っていてベッドに寝転ぶ俺の上に勢いをつけて座ってきた。「しね、役立たずめ」と笑うあんずに「あんちゃん一緒に死のうぜ」と返すと眉毛を大げさに歪ませて「きょうちゃんとならいいよ。いつでも」と言った。あんずに否定されなかった安心感は喜びとなって指先まで染み渡り、からっぽの心が満ちる。あんちゃんが側にいてくれるから俺は生きられる。あぁしにたいねえあんちゃん。なんで俺たちはこの世で生きられないんだろうねえ。来世で永遠の命なんていらないから、プレステで遊んでみたいねえ。映画館に行ってみたいねえ。漫画を読んで徹夜したいねえ。何も許されない閉塞感のなかであんずの尻の感触が心地よくて勃起した。好きよ、あんちゃん、でも大切すぎて触れないけど。寝転びながら夕日から闇になりつつある空を見上げてとりあえず今日も死ねなかったと思いながら寝たふりをした。

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