共 生依存

有田みかん好きマン。

プロローグ

共生:異種の生物が緊密な結び付きを保ちながら一緒に生活すること。

また、2種類の生物が、一方あるいは双方が利益を受けつつ、密接な関係をもって生活すること。



嗚呼、煩わしい。外を歩けば教徒に囲まれ、次の元帥だと持て囃される。

煩わしい、煩わしい、煩わしい、煩わしい。

人の声が耳の中で響く。

セラ様万歳、元帥閣下万歳、教祖様万歳。

耳の奥にこびり付いた声が如何しても離れない、どうでもいい人のどうでもいい声が耳鳴りの形を以て私に纒わり付く。

五月蝿い。五月蝿い。

五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!!!


「セラ。」

私を呼ぶ声と一緒に、硬い本が床に落ちる音がした。不味い。これはお父様の大事な歌の本なのに。

「申し訳ありません、お父様。直ぐに──」

「いいや、構わないさ。本も無事だ、気にする事はない。それに、──────────」


それに、とお父様が続けた筈の声は私の耳に届かなかった。

セラ様万歳、元帥閣下万歳。嗚呼、鳴り止まない。煩わしい耳鳴りの中、話し終えたのだろうお父様に、はい、と返した。



唐突だが、私には今でも鮮明に覚えている初恋の記憶がある。


あれはまだ私の両親が健在だった頃、此方の国に亡命して間も無い頃だった。

戦時中にも関わらず、この国、ルバイヤは当時から亡命者には丁寧な扱いをしていて、私の家族も漏れなくそうだった。寧ろ、私達が元いた国ネクサロスからの亡命者には特に手厚い保護があった、らしい。

国同士の争い自体、ネクサロスとルバイヤの争いだと言うのに。今考えてもおかしいのは明白ではあるけれど、そのおかげで今私が生きているのは言うまでもない。

あの頃のことはよく覚えていないから、あまり断定は出来ないけど。

この国に来て1年も経っていないだろう、私がちっぽけな子供だった頃。


私は迷子だった。


視界に映る知らない大人と、大きな建物の数々。私は、完全に孤独だった。

「おかあさん、おかあさん。」

「おとうさん、どこぉ…?」

ちっぽけな私は人が賑わう大通りをとぼとぼと歩いていた。誰かの荷物だったか、誰かの足だったか。何かに蹴躓いて、私は派手に転んだ。


「大丈夫?」

沢山の大人で暗かった視界が、ふっと明るくなった。沢山の人が入り交い雑音と化した声の中で、私に向けられた言葉があった。

顔を上げると、当時の父親とほぼ変わらない年代の男性だった。父親と違う、少し傷跡の残る手を差し伸べてくれた。しゃがみ込んで目線を合わせてくれた。

「…おとうさんと、おかあさんが、いないの。」

生まれて初めての孤独に圧迫され、思考が停止していたちっぽけな私が、異国の地で初めて涙を流せた瞬間だった。




「何考えてるのさ、ユカリ。」

聞き慣れた声に意識が現在へ戻される。眼前で不審げに少し唇を尖らせていた。

「御免なさい、エース。少し昔の事を考えてたの。」

手を伸ばす。血色のない冷たい頬に触れる。じんわりと自分の体温を奪われる。エースと溶け合い混じり合おうとするこの感覚は中々に好い。皮膚という境界線を越えて一つになるのも悪くない。

「…昔の事、か。」

「ええ、昔の事。私と貴方が初めて会った時の事よ。」

「嗚呼成程、『それ』か。懐かしいなぁ。」

エースは安心した様な自慢げな様な、どっちつかずといった顔をして私の手から離れてしまった。

口角は上がった儘だったので満足はしたのだろう。


「ねえ、ユカリ。」

「なぁに、エース。」

かち合う目線、視界に映るのは中途半端な色。黒でも白でもない、どっちつかずのグレー、エースの色。


「あいしてるよ。」

「私も、あいしてるわ。」


息をする様に言葉を紡ぐ。私達の合言葉で、愛言葉で、

そして、空言葉あいことば


また私は、昔を思い出した。

アリスという、私の唯一の親友を。





ある男の話をしよう。

娘が生まれる前、いいや妻と出会う前の。

何処にでも居る男の話だ。


「やあ、久しぶり。」

「その声は、我が友、エースでは無いか。」


わざとらしい言葉と、わざとらしく振り向く友人に、僕はいつも笑っていた。

「また何か読んだな。」

「サンゲツキといったかな。中々面白かったぞ、君も読んでみるといい。何、君の父上なら用意してくれるだろうさ。」

「やめてくれよ、僕は父さんの脛をかじりたくないからこっちの国に来たんだぜ?」

「あぁそうだった!半年も前のことだからすっかり失念していた。失敬?」


言葉ほど申し訳なさそうな顔をしていない友人に、これもいつもの事だと言い流した。

「いいよ、今日は研究の進捗を聞きに来たんだからね。」



僕の友人は研究者で、クローン技術やデザイナーベビーの事を専門にしていた。だが彼はそれだけに飽き足らず、かつて存在していたという、『てんかん』という病気の治療法に興味を持ち始めていた。

僕には専門外の事だったし、これも誰かを救う為の事なんだと友人を信じて止まなかった。


「あと少しで出来そうなんだ、私が本当にやりたかった事はこれだ。」

僕が友人を最後に見たのは、彼が自身の妻や子供をベッドに括りつけていた姿だった。




僕の父親は国の大臣の1人だった。

小さい頃から父の言う通りに生きてきて、別段不満は無かったし父の言う通りにするのが当たり前だとも思っていた。だが、僕には政治家として求められる素質は無かった。

どうにも切り捨てるということが苦手だった。

政治家の息子として色々と期待されたが、僕はその道は選ばなかった。初めて父の言う事を拒否した。

父の反応が怖くて、僕は家を飛び出した。

そして、国の境界線を越えた。


この頃は未だ国同士の争いも無く、また、父の名は広く知れ渡っていたが為に、僕は何の不自由も無く隣国ネクサロスに足を踏み入れる事が出来てしまった。

父から逃げようとルバイヤを飛び出したものの、結局今の国で生活していられるのは父の名があったからこそだった。

父が大臣を努める国の隣で、僕は一人で過ごしていた。流石に国境付近は父の名が通り過ぎていると判断し、国の中央で働いた。


僕は漸く、何者でもない、一人の人間になれた気がした。



あの時のことは今でも強く覚えている。鮮烈に思い出せてしまうからこそ、

僕はこの記憶だけは、『僕自身』で留めておかなければならないんだ。



「エース。」

友人の声が響く。久しぶりに踏み入れた研究所は薄暗く、そして噎せ返る程に濃い鉄の匂いだったのは覚えている。

「…いるのかい?電気を付けるぞ。」

ぼんやりと見える人影に、友人だと判断した僕は入口付近で手を彷徨わせスイッチを入れた。

明るくなる部屋に思わず目を瞑った。

明るさに慣れてまともに目が開いてから、

真っ先に視界に映ったのは血溜まりだった。

その次に、血溜まりに浮く白い骨と薄く色付いた柔い内臓、のようなものが目に入った。

血は移動式のベッドから垂れ落ちていて、ベッドには女性が横たえられていた。正確には、女性だった「何か」。


顔の半分、否、頭部の半分を抉り取られたのだろう、露出させられた其処に、サイズの合わない小さな『もう半分の頭』を縫合されている最中だった。

視界の端にはもう一つベッドがあった。

頭の半分を抉り取られぽっかりと赤黒く変色した脳を露出されたままの、幼い少年だった。


「妻と息子は相性が悪かった様だ。妻は死んでしまったよ。だが奇跡的に息子はまだ生きている。故にこうするべきだろう?

私が息子の中に入るんだ。」




生々しい血の音と匂い。艶やかな脳味噌。

赤黒く染まった研究所に耐え切れず、僕は吐き気を覚えた。実際吐いたかもしれない。


そして、僕は彼の元を去った。


かつて友人と呼んでいた研究者を恐れて、元は父から逃げてこの国に来ていた筈なのに。僕は結局、生まれ育った国に戻っていた。父を拒否し、父の反応を怖がっていた筈なのに、自国に戻って真っ先に向かったのは、父の元だった。

突然自分の前から姿を消した息子が顔面蒼白で戻って来れば、流石に怒りも引っ込んだのだろう。父は僕を受け入れ家に入れてくれた。


僕は父に、自分が見た光景を伝えた。上手く言葉にならず支離滅裂な言葉も、父は全て黙って聞いてくれた。

「…ごめん、父さん。父さんの期待を、裏切ってしまった。」

話し終えてから落ち着いてきた頃、僕は父に謝罪した。父の言う事を拒否した事、父の前から突然姿を消した事を。


僕は再び父の元で、父の言う通りに生き始めた。結局、これが当時の僕には楽だった。

精神を安定させる為にと体を鍛える様な仕事に就き、父の声が掛った僕は軍に所属した。

当時は未だ通信機器も脆弱なものだったが、父は先を見越してか軍に新しい部を作った。僕は其処で、通信や諜報を行った。


生活が安定し始めた頃、ふと読んだ新聞の小さな一角に小さく見覚えのある名前が載っていた。

隣国で大事にされていた研究者のラボで変死体が出た、と。被害者は2名。研究者と、その妻。両方とも何故か『どちらかの脳が無い』状態で見つかった。

そして、最後の文章を読んで僕は戦慄した。


『幼い一人息子は未だ見つかっていない。』



父の声が掛かり、僕は世帯を持った。妻は大人しくも凛とした、髪の綺麗な女性だった。

僕のおぞましい記憶ごと、彼女は僕を包み込んでくれた。


そして、娘が生まれた。

アリスと名付け、溺愛した。あの父でさえ、アリスを甘やかしていた。


無残な光景は記憶の彼方へ飛んでいた。

仕事は仕事としてあるものの、このまま、家族3人で過ごせると思っていた。



そう、ありたかった。





月曜日。普通の服を着て、学校に行く。

火曜日。普通の服を着て、学校に行く。

水曜日。普通の服を着て、学校に行く。

木曜日。普通の服を着て、学校に行く。

金曜日。普通の服を着て、学校に行く。

土曜日。普通の服を着て、友達と遊ぶ。


日曜日。綺麗な服を着て、会場へ行く。



これが、わたしの毎日。



「行ってきまーす。」

久しぶりにお父さんが休みの日だった。今日は学校が無い、土曜日。最高の土曜日だ!

お母さんに挨拶して、お父さんと広場までかけっこした。広場に1番乗り。お父さんはいつも遅くて、広場に着いてから、アリスは足が早いなって褒めてくれる。


広い草原で、大きなボールを抱えてお父さんとキャッチボールした。わたしはボール投げが下手だから、変な方向に飛ばしてはお父さんが取りに行ってた。


お父さんが居るだけで、ボールを投げるのもこんなに楽しいんだ。帰り道も、今日の晩御飯は、とか、最近学校で何してる、とか、そんな話をするのが好きだった。

「今日は一緒にお風呂入ろうよ!」

「そうだな、一緒に歌も歌うか。」


楽しい予約をまた1つ。絶対にできる約束だと思ってた。


でも、絶対なんて言葉はこの世には存在しなかった。



「────はい、此方エース。」

お父さんが携帯を手に持って、誰かと話してた。お父さんの声は、聞いたことがないぐらい低くて冷たかった。

お父さんの顔が、怖い顔になった。電話を切って、お父さんはわたしを抱き上げて、ものすごい速さで走り始めた。


こんなにお父さんの足が早いなんて、知らなかった。だって、いつも広場までかけっこして、わたしが一番だったもん。

ボールが手から落ちた、けどお父さんは止まってくれない。

もう遊べないんだ。何となく分かった。





「何となく」は直ぐに的中した。

これは「僕」の想像でしかないけど、恐らく父は急を要する「仕事」を命じられた。不幸にも、その場所が、正にあの時遊んでいたあの広場だったのだろう。

幼い少女には酷な事だった。今でもこの記憶は、此処から先をよく思い出せていない。


覚えているのは、白い天井と白いシーツ。見覚えのない長い身体と、白くなった髪。

記憶から掛け離れて随分と老け込んだ爺さんが呟いた言葉。

「成功したか。さて、今のお前は何方だ。


アリスか、 エースか。」







「いい?これは命令よ。」

カツン、カツン。軽やかな金音が響き、大きく広げられたスカートが空を舞う。

紺の軍服に映える薄紅色の髪が揺れた。

「聞いてる!?エース!」

「ええ、えぇ。聞いてますよ、アイリス殿下。」

殿下、などと太鼓持ちをしたものの目の前の少女は殿下などとそんな大層な身分ではない。精々この刑務所の看守長程度だ。それでも十四歳の女の子が背負うには不相応にも程があるが。

目を大きく見開いたアイリスは一度鼻を鳴らし、手元の資料に再び目を落とした。後頭部に括られた大きな山吹色のリボンが見えた。


「…ユカリ、元気にしてんのかな。」

後頭部のリボンから、シルエットを思い出した。ユカリも以前は長い髪をリボンの様に見立てて括っていたっけ。

「今じゃ、リボンじゃなくて斧みたいだ。」

リボンの片房を落とさせたのは、僕がそうさせた。僕がユカリに背負わせた罪がそうさせた。際限のない、罪の泥に深く深く沈んでいく。


「お待たせしました。」

思わず頭を上げた。後ろを振り向く。風に揺れる深い紫の髪、片羽を落とした蝶。


「…ユカリ。」

「あら、驚いた顔。アイリス看守長、お伝えにならなかったんです?」

「さっき言った。…もう、またアタシの話を聞いてなかった…これは罰だから。」

「げ…ちょ、いや嘘嘘、聞いてたっつあッ!」

バチ、と首元で痛みが破裂する。本当に辞めて欲しい。罪人が言えるわけないので、口を閉じざるを得ないけど。

「…痛そう。」

「凄く痛い。助けてユカリ、アイリスに殺される。」

「呼び捨てにした罰も追加する?」

「ノー、サー。勘弁してくれ。」

両手を上げ肩を竦める。冷たい金物が、肩に触れた。

僕の首に付いてるチョーカーには、アイリスからの監視として、GPSが付けられている。それだけでなく、先程の様に何か規則違反をすると、罰として電流を流される装置も付けられてる特別製だ。因みに僕が外そうとすればアイリスの元に信号が入り、即電流。迷惑この上ない。誰か外してくれ。


「さて。話を聞いてなかった馬鹿の為もう一度最初から話さないといけないわけね。」

「申し訳ございませんでしたアイリス閣下。」

「貴方の事だもの。どうせ、またどうでもいい思考に落ちてたんでしょう?」

「どうでもいい事はないさ、ユカリの事考えてたんだから。」

「あら嬉しい、会いたくて会いたくて震えてたの?」

「もう!アタシの話を聞いて!かなり時間が押してるんだから!」



作戦内容は極めてシンプルだった。

数日前にインターネット界隈で顔を覗かせていた炎上の種が、先程爆発した。ルバイヤを治めている大臣の一人、ヴィット・ドーリッシュの資金調達先と、その用途の報告書が複数のSNSにばら蒔かれた。

炎上の種というのが、先日この大臣に横領の疑いが掛かっていた。今回のデータ流出でこの疑いは完全なクロとなり、ドーリッシュの元に今多くのカメラが向かっている、と。


ここからが本題だった。

では、このデータを流したのは誰だったのか。この正体は、一人の少年だった。

偏差値はそこそこ、ごく一般の高校の、ごく普通の一生徒だった。

名前を、アーク・シュナイヴィッチ。


「要はこの少年の保護をしろ、か。」

頭の中で構築していく。高校の位置、政治家の居場所。そして、今僕達がいるこの刑務所からの、双方へのルート。

「そう。極めて単純…とも言えないの。まだ彼が流したと世間には知れ渡ってない。でも、既にあの政治家が知ってしまっていたら…。」

「確実に、少年を捕まえに来るわ。殺すか生かすかは定かでないにせよ、この子はまともに生活出来なさそうね。」

アイリスとユカリが物騒な話をしている。とはいえドーリッシュからすれば、この少年を捕まえておかなければ他にどんな悪事を暴かれるか、といったところか。


「いい?彼はアナタに必要な人間なの!絶対、五体満足で、無事に保護しなさい!」

「サー、イエス、サー。…にしても、必要なって、どういう事さ。」

降って湧いた疑問を投げかければ、アイリスはにんまりとほくそ笑んだ。あ、こいつ僕が知らないからってそんな顔しやがって。

「いいこと?彼は、無実ではないのよ?ハッキングして、勝手に人のプライベート情報を垂れ流した。これは完全なる黒よ。」

「そりゃ、勿論。」

「つまり、彼はこの刑務所に来る必要がある。」

「それは論理が飛躍してないか?」


「…まさか。」

人間が黒だからといって直ぐに刑務所に投獄されるわけじゃない。が、ユカリはアイリスが言わんとしている事を察した様だ。

「そうよ、彼…アークを、エースの「手」にするの。」


アイリスが言葉を続けようした時、僕の後ろにあった扉が大きく開かれた。

「看守長、大変です!例の少年が高校を飛び出したと報告が!」







友達に、揶揄われた。できるものならやってみろ、って。だからやった。

そうしたら、出来てしまった。大臣のホームページなのに。びっくりするぐらい脆弱だったんだ。嘘じゃない!

ほんの20分で、ぼくのパソコンの画面には沢山のデータが現れたんだ。

「これ…お金、だよね?こんな額見たことないや…。」

ぼくは目の前のデータと、ぼくがハッキングしたって証拠を並べて写真に撮った。それから、ぼくを揶揄ったヤツらに送り付けた。

どうだ、やってやったぞ、って。


ぼくは、それだけで良かったんだ。

代わり映えのない日常、ほんの少しのトリックと、ほんの少しのトリート。これだけで良かったんだ。

「………なんだ…これ…。」

晩御飯を食べてからお風呂に入った。髪をタオルで適当に拭いてから、端末を手に取った。SNSを開いてみれば、沢山のメッセージが来てた。送り主は、一人の友達だった。ぼくが写真を送り付けた内の一人。


その友達のアカウントが、炎上してた。

ぼくが送り付けた写真を勝手にSNSに投稿したんだ。写真付きの投稿が、どんどん拡散されている。沢山の人が友達にコメントしていた。

「うわっ…って、コイツ。」

炎上中の友達のページを見ていたら、画面が急に切り替わった。電話だ。しかも、相手は炎上真っ只中の、ぼくの写真を勝手に使ったヤツ。


『お前ガチでやったのかよ!?冗談だろ!?』

通話ボタンを押した途端、泣きそうな声が聞こえた。

「本当に出来たのかはわからないけど…ぼくの写真を勝手にSNSに上げたのはそっちじゃないか。」

『ただのお巫山戯に決まってるだろ!?何とかしてくれよ今も端末が震えて震えて止まないんだよ!』

「僕に責任を取れって?」

『当たり前だろお前がやったんだから!』

確かにハッキングしたのはぼくだけど、勝手にインターネットに上げたコイツもコイツじゃないのか。

「とにかく投稿消して、鍵かけて大人しくしてれば炎上も収まるでしょ。」

電話口からまだ聞こえる悲痛な声を無視して、ぼくは電話を切った。アイツにも責任はあるんだから、それなりにちゃんとしてほしい。


パソコンのページを消して、一応履歴も消した。またあんなテンションで電話がかかってこないとも限らない。ぼくは端末の電源を落として、ベッドに潜り込んだ。



朝起きて、いつもの通りに顔を洗って髪を整えた。いつもの通りに朝御飯を食べて、いつもの通りに家を出た。

いつもの通りに学校に着いて、いつもの通りに授業が始まる。

と、思ってた。

「アーク・シュナイヴィッチ君だね。少し話を聞かせて貰おうか。」

教室に知らない人がやって来てぼくの名前を呼んだ。クラス中の視線がぼくに集まった。でもその中に、昨日炎上してたアイツはいなかった。アイツの席は、空っぽだった。


「昨日、君がハッキングして入手したデータについて聞かせて欲しい。」

男の人がこっちに来る。

ぼくがハッキングしたってバレたんだ。

ヤバい、ヤバい、ヤバい。

いつもの通りの日常が、崩れる。



気が付いた時には、ぼくは学校から飛び出してた。

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