少年達の作戦
だとすれば急がなくては。アイラスを引き止める彼女の目的は、後一つしかない。ペンダントが戻ってきたら、絵はすぐにでも完成する。あれを鍛冶屋に預けたのは何日前だったか。もうあまり時間はない。
——でも行くって、どうやって?
頭の中に世界地図が広がった。
アドルの言う隣国とは、東の大陸に広大な領地を持ち、シンと貿易も盛んだった帝国だろう。シンについて調べるなら、その国の東端で港にも近い首都に違いない。
近年即位したという皇帝は聡明で、治安も安定していると聞いた事がある。
でも。
——遠すぎる。
転移の魔法を使っても、簡単に行ける距離ではない。それなのにアドルの頼み方は、お使いを頼むくらいの気軽さだった。
怪訝に思っていると、苦笑する気配を感じた。こちらの考えなんか、お見通しと言われているようだった。
何か策があるとみて、あえて聞いてみた。
「どうやって行くの?」
「妖精の道を使うんだよ。ロムも三年前に通ったでしょ?」
想定外の返しに何も答えられなかった。三年前、シンが沈んだ直後から半年程は、全く記憶がない。
思い出したくなくて考えないようにしていた。でもあの長い距離を、大勢の普通の子供達が、どうやって移動してきたのか。想像した事もなかった。
そういえば、意識が戻ってから日数を逆算してみた事があった。滅亡から遅くとも一ヶ月後には、この街に居たように記憶している。
よくよく考えると不自然極まりない。
「……覚えてないの?」
「う、ん……その頃の事は、余り……」
「あー……そっか。ごめん。説明するね」
またアドルの解説が始まった。自分が覚えてないばかりに、申し訳ない気持ちになった。
妖精の道とは、魔法使いが遠距離の移動に使う転移のための道だそうだ。常世を利用していて時の流れが違い、通る者に迷いがあると数ヶ月、下手すると永久に出てこられなくなる事もあるらしい。
三年前、シンの滅亡により大勢の孤児が帝国に流れてきた。しかし到底面倒を見切れず、見かねた熟練の魔法使いによって、世界各地に送られたとの事だった。
自意識の無かった自分が、孤児に手厚いこの街に送られたのは、必然だったのかもしれない。
「思考が転移の邪魔になるからって、子供達は寝たままで転移させられたらしいよ。だからロムも覚えてるわけないよね。ごめん」
「いや、まあ……」
自分の場合、それ以外にも理由はあったのだけど。それを今、語る気にはなれなかった。
「妖精の道、オレ、使える」
「じゃあ、俺とザラムで行くの?」
「うん。言葉がわかるの、君達だけだもんね」
二人だけというのは、何だか心許ない。
具体的に帝国でやる事を考えてみた。シンに関する文献とシンからの入国履歴の調査と、実際の聞き込み。
ザラムは目が見えないから、できる事も少ない。もう少し手が欲しかった。
「ジョージさんは?」
「あの人はニーナ様の側を離れないと思うよ?」
「あっちの調査を手伝ってるのかな」
「それも、あるけど、まぁ……」
含みを持たせた言い方が引っかかったが、別の可能性を思い出した。つい最近、というか今日。東方の言葉を聞かなかったか。
「……あ! トールも多分、東方の言葉がわかるはずだよ……!」
「トールだって、アイラスから離れるわけないでしょ? アイラスを連れて行くわけにもいかないし……」
「いや、良い手」
「え? ……あ、そっか。その方がアイラスの行動を制限できるもんね」
アドルが指を鳴らした。その音は軽く楽しげで、希望に満ちている気がした。
「決まりだね。トールとアイラスと、君達の四人で行く事にしよう。彼らが承諾してくれたらだけど」
「理由、言う?」
「言っても大丈夫じゃないかな。アイラスは俺達のやる事に期待はしてないけど、邪魔をする気もないようだし」
「そうだね。どうせトールには説明しなきゃいけないし、そうしたらアイラスにも筒抜けだもんね」
「いつから?」
「必要な物は用意してあるよ。後は個人の手荷物が準備できたら、いつでも」
それならと思って立ち上がると、アドルがおかしそうに笑った。
「君だけ準備できても仕方ないでしょ? アイラスとトールは、もう寝てるんだよ?」
「今夜、休め。支度、明日から」
面白くなくて座って黙り込むと、ザラムから笑う気配を感じた。
「楽しみ」
「え? ……ああ、帝国に行くのが?」
「そう。……と、会った、ところ……」
「え? 何? ……誰と会ったの?」
「……何でも、ない」
少し寂しそうな気配がした。一瞬で消えてしまったそれを気のせいとは思えず、追求しようという気持ちは湧いてこなかった。
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